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ダルクの胃痛
しおりを挟むシュリ・ハロウドは根っからのお人好しだ。
例えば、捨てられた動物を放っておけないだとか、頼まれごとは文句を言いながらも結局引き受けてしまうところだとか、
あとは、まあ…………手のつけようのない猛獣を構わずにはおけないところだとか。
「…おいっアスラル、なんでお前がついてくるんだよっ!俺だけで行くからお前部屋帰ってて…!」
「いやだ。またあの男と喋る気なんだろう。俺がいないところで何を話す気だ」
「なんでアスラルに言わなきゃいけないんだ」
「……俺に言えないような話をするつもりなのか」
「めんどくさい奴だな…!お前のせいでペナルティ貰ったんだから少しくらい俺の言うこと聞いてくれてもいいだろっ」
「それとこれとは話がちがう。シュリのことを労われというんだったら何も文句はないが」
「労わるのは当たり前だろ誰のせいでこんなヘロヘロになってると思ってんだ…!!」
俺の部屋の扉の前で小声で交わされている会話がおんぼろな寮の薄い扉では全て筒抜けだ。
部屋の中にいる俺ともう一人のルームメイトは額に玉のような汗を浮かべながら声の主たちが入ってくるのを今か今かと落ち着かない様子でお互いのベッドに腰掛けていた。
昨夜はシュリと街で飲んだあと、あの恐ろしい猛獣……いや、英雄の息子アスラル・リーフェンシュタインに睨まれてからというもの一気に酔いが覚めて、外泊届けを提出したにも関わらず逃げ帰るように寮に戻った。
一晩中あの人一人殺しそうな形相で睨んでくる顔が頭から離れず夢にまで出てくる始末だ。
「俺……殺されるのかな…」
「落ち着けダルク。シュリが見てる限りあいつは手を出せないはずだ。……多分………」
絶望感に苛まれながら頭を抱えて項垂れていると、ようやく俺に判決が下ったのか、部屋の扉がコンコンと鳴らされて軋んだ音を立てながら開いた。
「ダルク、ちょっと話があるんだけど」
そう言って顔を覗かせたのは気まずそうな顔をしたシュリで、その背後にはどこまでも禍々しいオーラを纏っている狂犬が張り付いてこちらを睨んできている。
あ……俺やっぱ殺されるのか……。
そう思いながらシュリに向かってかろうじて頷くと、薄情者のルームメイトは「ダルクに話があるんなら俺抜けまーす…」なんて言ってそそくさと部屋を出て行ってしまった。
「…ダルク、あのな、昨日のことなんだけど…ごめんな、俺が奢るって言って連れ出したのに途中でどっかいっちゃったりして…」
「あ、…ああ…それは別に……」
「これ、昨日の分の代金。ほんとごめんな」
そう言って渡された小袋を受け取って再び二人の方を見やると、本当に申し訳なさそうな表情をしたシュリの後ろで俺のことを親の仇でも見るような目で見てくる男に顔を引き攣らせる。
それに気がついたシュリがバッと振り返ると、シュリの顔を見た瞬間剣呑な雰囲気が一気に柔らかくなり、心なしか少しだけ表情も明るくなった。
………あからさますぎるだろ…!
側から見ているだけで十分すぎるほどにこの男のシュリへの執着心は見て取れるのに、向けられた当の本人は呑気なものだ。「睨んだだろ今」とかなんとか言いながら怒ってはいるものの、その声には本気で叱ろうという気概は感じられない。
それに、気づいていないのかわからないが、シュリの腰に回されている手……。
今朝寮に抱えられて帰って来たシュリの様子を見て、「よかった死んでない」とホッとしたものの、友人の昨夜からの赤裸々な事実を大方察しまって、もうなんというか………、うん…、明らかに……事後だなこれ………。
目の前の光景への居た堪れなさに顔をぎゅむっと梅干しのように顰めていると、シュリに再び名前を呼ばれてハッと我に帰った。
「ダルク、今日はもう一個あって…、えっと……ダルクには色々迷惑かけちゃったから諸々謝ろうかなって思って来たんだ」
「諸々?」
諸々ってなんだ…?
色々謝られるべきことは浮かぶが、俺の想像ではそれを今背後にその男がいる状態で謝られるとすごーくまずい気がする…!
嫌な予感に固まっていると、残念なことに俺の予感は見事に的中した。
「……俺がアスラル避けてたとき、巡回のペア変わってもらったり、空き教室教えてくれたり、二人で部屋で相談に乗ってもらったり……」
「待て!シュリ、待て!!」
「むぐっ!」
それ以上言ったら俺は本当に殺されるっ!!!!
ベッドから立ち上がって怒涛のようにピンポイントで背後の奴を怒らせる内容を羅列していくシュリの口を咄嗟に手で塞いだ後、俺は自分がしでかしてしまったことに気づいてギクリと固まり額からダラダラと汗を垂らしながら頭上を見上げると、そこには「ほう……」とこちらを絶対零度の視線で見下ろしてくる恐ろしいシュリの番犬がいた。
「ひっ………」
殺されるっ…!!
目が合った途端にあの模擬試合での恐怖を思い出し身体を震え上がらせて、俺のすこし下からもごもごと口を覆う俺の手を剥がしながら呻くシュリの声にも気づかず動けないでいると、
バシィッ!
目にも止まらぬ速さで俺の手が視界から弾き飛ばされた。
「っぶは……。っ、……おい、ダルク!何するんだ!」
「は、はへ…」
「……ダルク?…腕どうかしたの…?」
「……よ……」
よかったぁああ…!!!!
俺の腕、取れてない!!!!!
弾き飛ばされた自分の腕を片手でさすりながら自分の体にちゃんとくっついているのを確認し、心底安堵する。
涙目になりながらシュリの方に向き直ると、様子のおかしな俺にシュリが近寄ろうとしてきた。
「…っ、寄るな!触るな!俺に、近づくなあっ!!!!」
咄嗟に距離を取って壁ギリギリまで後退っていくと、不服そうな顔をしたシュリがさらに距離を詰めてこようとする。
「おい!なんでそんなこと言うんだよ!そりゃ色々迷惑は掛けたけど、だから謝ろうとしてるんだろ!…あっ、こら!逃げるな!」
「いや!もう謝らなくていい!謝らなくていいからさっさとその後ろのヤツ連れて部屋から出てけっ!俺はまだ死にたくないんだっ……!!!」
「はぁ?!」
「もう巡回のペアも戻していいよな?!俺後で教官に言っとくから!な?!だからはやくそいつどっかに連れてって!!」
泣きながら喚いて逃げ回っていると、俺を追い回していたシュリの腹を棍棒のような腕が掬い上げ、まるで赤子でも扱うかのようにその体が宙に浮いた。
「おえっ!」と間抜けな声を上げながら抱え上げられたシュリはしなやかな身体をジタバタさせてなんとか腕のなかから出ようともがいている。
……そして俺は見てしまった。
もがいてはだけたシュリのシャツの隙間から覗く白い首に刻まれて、真っ赤に腫れた大きな噛み跡を。
「…シュリ、部屋に戻ったら話がある」
「へっ…?!」
自分を抱える男から発せられた地を這うような声に、シュリは顔をサァッと青くさせてこちらを見る。
「たす、助けて…」
「…………」
「ダルクっ!おい!こっち向け!」
「……」
「助けてってばぁ……!!」
どすどすと重い音を立てて部屋を出ていく男の小脇に抱えられて泣きそうな顔をしている友人に、俺は諦めたように微笑みこう言った。
「俺には無理だ…!グッドラック、シュリ…!」
「いやだぁぁぁぁぁあぁぁーーーーーーー!!!…………………」
バタン。
「………っ、うぷっ……。………はぁ……胃薬飲も……」
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みんなの感想(7件)
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ぬい様
コメントありがとうございます😊
きっとこれからはもっと清々しいヤンデレになること間違いなしです!
ダルクに合掌……🙏
たま
ダルク〜よく効く胃薬を差し入れしてあげたい😅
Madame gray-01様
コメントありがとうございます😊
苦労人ダルク…差し入れしてあげてください…。
個人的なおすすめは太田胃散です👍
たま
別作品もそうですが、執着系の書き方がドツボすぎてすごく好きです。
主人公が頑張って逃げようとしても逃げ切れずに攻め続けられて、なんだかんだでラブラブになってく様子が推せます!好物です(ジュルリ)
続きも楽しみです♪
これからも応援しております!
もこ様
コメントありがとうございます!
私が言語化できなかったことを言ってくださってる…!✨
そうなんですよ!逃げれない受けが私も大好物なんです…🤤
応援ありがとうございますがんばれます💪
たま