辺境の賢者バルルーフ

sho

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【1章】

【第八話】新居

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迫りくる火球に成すすべなく立っていたが、助かった。
あと数センチで丸焦げになっていたところを、バルルーフが転位呪文を唱えた。
私はひと安心した一方で、自分の無力さを痛感した。

転位した場所は、前いたところと変わらない自然の中で、辺りを山に囲まれた緑豊かな地だった。
「ここは?」
私はバルルーフに問いかけた。
「新しい住処すみかだ。」
「さっきのところには戻らないのか?」
「そこはもう焼野原だろうよ」
カルティアが答えた。
「毎回こうして逃げているのか?」
「失礼だぞ、カナタ。」
「申し訳ない。」
カルティアに叱られた私は不躾ぶしつけな質問をしたことを謝った。
「いや、いいんだ。」
バルルーフは貴重な書物や、私達と共に大切に育てた作物を根こそぎ焼かれたにもかかわらず、いつものごとく私に微笑みながら答えた。
「あのような人災もまた自然の力同様、避けられないことがある。そうであるならば、その土地を離れるまで。」
「愛着はないのか?」
私は失礼を承知で尋ねた。
「当然ある。なので私は天秤てんびんにかけて決断した。」
「どういうことだ?」
私は具体的な説明を求めた。
「住み慣れた土地での快適な暮らしを捨てることにはなるが、常に何かにかされる危険性と心的負担ストレスを減らすことを選んだのだ。」
バルルーフは左手人さし指を顔の横に持っていき、天に向けながら言った。
そこにマルコが現れた。
「先生!ご無事ですか!?」
「ああ、マルコ。ここがわかるとはさすがだな。」
「先生に対する執着しゅうちゃくが強すぎて恐ろしいわい。」
カルティアが小言を言った。
「死に損ないは黙ってな。」
マルコはカルティアを軽くあしらった。
「まあまあ。みんな無事なのであればよいではないか。」
バルルーフはほっと一息ついた。
「しかし、また一からだな。」
カルティアはため息をついた。
「何、すぐに元通りさ。早速だがマルコよ、使いを頼まれてはくれないか?」
「是非とも!なんでしょうか先生?」
バルルーフの頼みにマルコは目を輝かせた。
「新しく畑を開墾かいこんするのに、堆肥たいひを用意してほしいのだが…。」
バルルーフは申し訳なさそうに言った。
「糞みたいな使いだな。」
マルコが返事をする前に、カルティアが余計な一言を言った。
「承知しました、先生。貴重な品ですが持ち帰り次第、そこの老人にも投げ分けてやりましょう。乾いた肌と心がうるおやもしれません。」
マルコはカルティアをにらみつけながら出立した。

それから私とカルティアは一から畑を耕した。
その間、バルルーフは新しい家を魔法で建てた。
新築にもかかわらず、年季ねんきの入った外観がいかんで以前住んでいた小屋と似ていた。
「それだけ魔法が使えるのであれば、城を築けばよいのに。」
私は思ったことを口にしてみた。
「高い山があれば人はそれに挑む。同じように、強固な城があれば敵はそれを破壊したくなる。」
「おお、賢者っぽい回答!」
「そうだろ?」
バルルーフは得意顔をした。

夕刻、隣村から大量の牛のフンをもらってきたマルコが帰ってきた。
ありがたいものだが、そうはいっても匂うので、先にマルコ風呂に入れさせた。
バルルーフがマルコに説得したお陰で、カルティアが急いで風呂に入る必要はなくなった。
そしてそれぞれの仕事が終わったので、みんなで古めかしい新築に腰を下ろした。
「では新築祝いにとっておきを出そうかな。」
バルルーフはそう言って、どこからともなくたるを取り出した。
「ほほーぉ酒か!?」
カルティアはたるからただよかおりぐと、すぐに中身を見抜き、飲む前からテンションを上げた。
「飲まれるなよ。」
バルルーフは笑いながら忠告ちゅうこくした。
その晩は、そのまま4人で酒をわし一夜を明かした。
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