切り裂きジャックは更生できない

雷川木蓮

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「ほわ~…………」

 目をキラキラ光らせて街を見渡す。
 街、と言ってもスラム街なのだがジャックにとって新鮮な光景なのは確かである。
 ポツンと家があるのではなく、掘っ建て小屋のようなものがたくさん並び、人々が行き来している光景すら見たことがなかったのだ。
 一体どれだけ箱入り息子なのか、両親の保護が過ぎる。

「まだこんなところで目を光らせるなんてまだまだですね~」

「ま、人付き合いつったらピエルとアルトと…………あと何人かだけだもんな。これくらいでもジャックにとっちゃたくさんだろうよ」

「あそこはなにやってるの?」

「あれは粗悪品を売っているから駄目です~」

 屈強な男と幼女が二人と犯罪臭がするし、視線も彼らに集まっている。
 まあ、犯罪者なのは間違いないのだが簡単に喧嘩を売れるような相手でもないことは賢くなくっても分かる。
 だが、姉のような幼女は普通だが妹のように見える幼女、つまりジャックのことだがフリフリで少し高そうな服をしている。
 スラム街に来る者は価値のある物をつけてはいけないという言葉がある。
 金品になるものをつけていると襲われやすくなる。
 それが見た目幼女がいればなおさらだ。

「おい、おっさん。あんたなにしてんだ?」

「んあ?家族でお出かけの邪魔すんじゃねえクソッタレ」

「誘拐なんじゃねえのかよぉ?そいつら置いてったら何も言わねえからよ」

 ニタニタと笑いながら三人を囲む命知らず共が現れた!
 まあ、ゲイルが誘拐したと見られてもおかしくはないが本当に家族だし、渡したら何をされるのやら。

「邪魔だ、3秒以内にどいたら殴らないでやる」

「ハア?テメエ立場分かっていっ」

 何か言おうとしていたらしいが、丁度3秒でゲイルのアッパーを食らい空高く消えていった。
 ジャックが言うにはまるでロケットみたいですぐ見えなくなった、と。
 大の大人がアッパーだけで空に消えるなんて聞いたことがない。

「で、邪魔だからさっさとどけ。今から息子と買い物なんだよ」

「へ、はっ、ひいぃっ!?」

「逃げろ!化け物が現れたぞぉ!」

「助けてぇ!」

 最後の忠告と最後に付け加えてもおかしくない台詞によぅやく自体を飲み込めた男達は蜘蛛の子を散らしたように逃げ始めた。

「あれ~?今日は優しいんですね~」

「まだ早えだろ。アレを見せるにはもう少し先だ」

「ふ~ん。随分丸くなりましたね~」

「うっせえ」

「アレってなに?」

「ふふふ~、大人になってから知りましょうね~」

 ジャックが聞いてもはぐらかしているがあれとは何か知っている。
 青腕力からゲイルはかなりの怪力だということは明白だ。
 それにあそこまで投げられて生きている可能性なんてない。
 つまり、死体ということになる。
 ぶっちゃけしたいなんて今更であり、薄々と気づき始めている。
 うちの両親は結構やばい奴じゃないのか、と。

「あ、そういやここ最近街の取り締まりがきつくなってたな」

「…………そういうことは早く言ってくれませんか~」

「つーことで街は無理だったわ」

「……………………?」

 楽しみにしていた街は無理というだけでは何言っているか理解できなかった、いや、理解したくなかった。
 無理、ということはイコール行けないという事。
 本当なら街に行く予定がおじゃんになったのと同意義ということに気が付いてしまった。
 理解してしまったジャックの目に涙が溜まっていく。
 感情が抑えきれなくなりそうなのを必死に我慢しているのがとっっっっても分かる。

「す、すまん!質は悪いかもしれんがここで何でも買ってやるから!」

「帰ったら綺麗な毒蝶を見せますから~、ね~?」

「だからそれから離れろっつってんだろ!いい加減にしろよお前!」

「大事なことを言わなかったからこうなったんです~」

 泣きそうになるジャックをどうにかしようとした2人だったが喧嘩に発展しそうになっている。
 遠巻きに見ていた者はびくびくしているだけで何の役に立たないため論外。
 このままだと間違いなくジャックが泣いてしまう、2人はそう思っていた。

「…………いいもん、またつぎにしたらいいもん」

 だが予想よりもジャックは強かった。
 涙を貯めつつ小刻みに震えているが何とかこらえている。
 鼻をすする音が聞こえるが、泣くことを我慢しているのだ!

「ジャック…………強くなったな」

「ぐすっ、うん」

「よしよし~、お父さんが何か買ってくれますからね~」

 ゲイルは自分が全面的に悪いため小遣いがピンチだと言えずに頷くしかない。
 我が子が泣くのを我慢したのだ、ご褒美くらいの出費が何のその。
 何かを買う予定なんてまだ決めていないが何をねだるかは少し気になっていたこともあった。

「それじゃあ~、ジャックは何が欲しいの~」

「んとね、んと、あっ!あれがいい!」

 サディはふと目に入って突発的に指をさしたんじゃないかと思いつつも見ると絵が描かれた木製のコップだった。
 描かれてあるの種類は分からないが綺麗な花のようだ。

「なかなか見る目があるね~。ほら、あれ10個買ってきて~」

「10個!?いくら何でも多いだろ!せいぜい3個で十分だろ!?」

「いいから~、買え」

 一瞬だけだがサディの間延びした声ではなかった。
 恐らく本気の脅しとして使ってるのではないかと思われる。
 ジャックも間延びしなかった台詞に少しおびえた。
 こんなに起こってる母親を見たことがなかったのだ、当たり前である。

 ゲイルは舌打ちしながら渋々とコップを露店で売っている店主のもとに行った。
 店主はパニックに陥る寸前になっており呂律も回らない状態だったが、何とか剣戦の計算はできたようだ。
 木箱にちょうど10個の木製コップを慌てながら入れてゲイルに渡す。
 ちゃんと代金を置き、戻ってきた。

「ほら、買ってきたぞ」

「それでいいんです~。ジャック、良かったですね~」

「うん!」

 にこにこと笑っているが、ジャックの心は『やっぱりお母さんって怖いんだな』ということが占めていた。
 前世でまともな母親というものをろくに知らないためこれが普通と思っていること自体危ないと思うが、そんなことはこの時のジャックが知る由もない。

 その一方で表面には出していないもののかなり焦っていたのがサディである。
 悪女毒婦と呼ばれ続けた見た目幼女だが、今までどんな人物が泣きわめこうと心は動かなかった。
 しかし、今目の前にいる夫(仮)のゲイルと我が子ジャックは別だった。

 ゲイルがやらかしたときは素直にイラつきが出るなどおかしいほど素直になったり、まさか体を許すまでになるとは思っていなかった。
 もっとも、その時にできた子のせいでさらに感情的になってしまったと自己分析している。
 ジャックが喜べば自分も嬉しくなり、彼が泣けば今までなかった罪悪感が心を締め付ける。
 そう、彼女はここで確信した。

『我が子は人々を魅了できる悪女になれる!』

 一応、愛を理解しているがそこまでとは思っていない、と本人は言う。
 この気持ちにしてしまうのはジャックがかわいいうえに人を自然に誑かす才能を持っていると思い込んでいるのだ。
 思い込みであってただの親バカと言ってはいけない。

「それじゃあ帰りましょうね~」

「まちはまたこんどね!」

「約束です~、ね~?」

「お、おう」

 サディはにこやかに笑っているはずなのに今まで受けた冷たい視線の中でトップクラスに刺さる視線がゲイルを襲う。
 反論してはいけない、自分の失態がこの状況を生み出したのだから。

 彼らが去った数分後、高所からとある男が天から全力で叩きつけられように落下して人間だった物体に成り果てたが誰がやったなどの事は誰も喋らなかった。
 知っていても、あの男を思い出すだけで震えてしまうようになってしまったのだがら。
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