切り裂きジャックは更生できない

雷川木蓮

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「ふふ~ん」

「すっかりそのコップがお気に入りだね~」

「うん!」

 コップを買ってから2ヶ月も経過したがジャックが暇つぶしにコップを眺めている。
 絵柄は似たようなものばかりだが小さな違いを見つけるのが楽しいのだ。

「毎日毎日よく飽きないね~」

「これみながらおえかきたのしいもん」

 そう、最近ジャックは絵を描くことにハマっていた。
 このコップを見てからというものの書くものをねだる傾向があり、書くための炭や木の板をもらうことで花らしい絵を描きまくっている。
 もちろん、その絵は捨てられずに大事に保管されていたりする。
 稚拙ながら上手くできたものは壁に飾ってあるくらいだ。

「みてみて、このコップのはな!」

「まあ~、上手に描けたね~。これは飾りましょうか~」

「えへへ~」

 自分でも満足できる形で描けた上に母親に褒めれられたことでジャックの機嫌はうなぎ登りだ。
 この笑顔、その趣味の男を簡単に堕とすことができるだろう。
 簡単にひもを取り付けて壁の釘らしものに引っ掛ける。
 少しずれてしまっているが問題はない。
 そこにあるだけでいいのだから。

「おかーさん、だれかくるよ」

「…………あら~?お客さんかな~?」

 この時からジャックの気配察知が鋭く、サディが来訪者の気配を感じてすぐにジャック言った。
 自分とあの人の血を継いでいるからの才能が開花し始めているのではないかと疑っている。
 別に嘆くようなことではなく喜ばしいと思っているあたり悪の道に進ませる気満々なのだろう。
 もちろん、ジャックもそのような考えをしているのではないかと薄々気づいている。
 彼としては普通の子供として生きたかったが、これはもう無理かなと諦め始めている。

 ドアをガンガンと叩く音が聞こえる。
 乱暴に叩いているあたりろくでもない人間だろう。
 ガサツなゲイルでももう少し丁寧に叩くぞとジャックは心の中で思う。
 そのゲイルも何度も扉を壊したことがあるのは知らない話だ。

「はいはい~、どなたですか~」

「『獄炎調達者インフェルノメーカー』と言えば分かるか?後こっちは俺の部下の『発火人間パイロキネシサー』だ」

「あら~、貴方なんで部下まで連れてこんなところに~?」

「最近あんたの旦那がやりすぎてんだよ。話があるから中に入れろ、燃やすぞ」

「毒を拡散させて死んでもいいなら燃やしてどうぞ~」

「かーッ!やっぱりあんたらしい脅し文句だ!分かった、大人しくするから中に入れてくれ。一応、手土産も持ってきてるからさ話だけでも聞いてくれ」

「本当ですか~?それじゃあ誓約書かいてください~」

「ったく、用心深いのも相変わらずか」

 ドア越しに知り合いらしい人と話して下の隙間から紙を外に出した。
 その誓約書とやらにきちんとサインしたらしく、隙間から戻ってきた誓約書を見てサディはようやく扉を開けた。

「へいへい、邪魔するぜ。って何だこのかわいこちゃんは!まさかついに誘拐したのか?」

「ついにって何ですか~?私の娘です~」

「マジか、やっぱあの噂は本当だったのか!この手土産にしてよかったぜ」

 何故か話題になってしまったのでジャックは母親の後ろに隠れた。
 なんせ『獄炎調達者インフェルノメーカー』は仮面をつけており、見える皮膚は焼けただれた痕でジャックから見ると初めて見る怪物だったのだから。
 机の上に手土産とやらを置きつつ、本当に驚いた様子でジャックをじろじろと見つめる『獄炎調達者インフェルノメーカー』は何かを思い出したかのように言う。

「んん?息子だったって聞いたような、まあどうでもいいか」

「はいはい~、それで話はなんです~?」

「おう、あんたの旦那がさ、闇ギルドの依頼を受けすぎてんだよ。おかげで仕事が回ってわ文句を言いに行った奴らが帰ってこないわ暗殺が虐殺になってるわで大迷惑なんだよ」

「あらら~、ここ帰るのが遅いと思ってたらそういう事だったんですね~」

「そうだ!おかげで我々の一派の献上金が少なくなって大迷惑だ!」

「お前は少し黙れ、こいつは俺と話してるんだ」

「…………申し訳ありません」

 上司が話しているのに部下が怒りだすのはどうかとジャックですら思う。
 咎められて少し大人しくなったものの常に睨み続けている。
 ジャックにとって大したことはないし、その睨みより『獄炎調達者インフェルノメーカー』の素顔を想像するだけで怖いと思っている。

「もっとも、なんであいつは暗殺まで請け負ってんだ?金は十分にたまってるはずだろう」

「さあ~?これから何か企んでるんじゃないんですか~?」

「あんたも一枚かんでそうだが、俺たちの名に傷がつかなけりゃいいんだ。ただよ、暗殺依頼だけはやめろって言ってくれねえか?いくらなんでもあれは酷い」

「言うだけ言ってみます~」

「言うだけではない!命令して抑えろ!」

 部下が怒声を果たした瞬間にボッ!と言う発火する音が鳴ると共に熱気と煙の焦げ臭い匂いが充満していく。
 これこそ『発火人間パイロキネシサー』たる所以、感情によるものが多いがモーションも無しに発火させる能力。
獄炎調達者インフェルノメーカー』の明らかな下位互換ではあるものの見た目だけでは誰がやったか判断がつかない暗殺にうってつけの能力である。

「躾がなってないようですね~。ちゃんとしていないと因縁つけられますよ~?」

「だから黙れつってんだろうが!無駄に怒らせるようなことをするな、あいつの子供もいるんだぞ!」

「しかしこんな毒しか取り柄のない女なんぞにへり下る理由はありません!舐められてるのですよ!」

「あいつにはそれくらいの力があるってことだ。もしかしたら俺たちは死んでるかもしれないんだぞ」

「それはどう言う意味ですか?側に私はこうして喋って」

「空気中に毒が巻かれていないなんて誰が決めつけた?」

「っ!?」

「死んだことに気づかせない毒なんてありますよ~」

 目の前で常ににこにこと笑っている幼女の危険性にようやく気付く。
 この女は数々の人間を誑かし気づかれないうちに殺したトップクラスの暗殺者、殺される心配なんてしていなかった。
 それは主人の『獄炎調達者インフェルノメーカー』がいるから強気にでていただけで、まさか本人が殺されるかもしれないと言ってしまったのだ。
 ようやく現実が見えた、今ここにいるのは対等の存在じゃない、喰うか喰われるかの存在だったのだ。

「それよりも~、何うちのものを燃やしちゃってんですか?」

 最後の方は間延びしていなかった。
 つまり切れているということだが質問をしているあたり殺すことはしないようだ。

「ぐ、そ、それは」

「主人を大事にするのは良いですけど~、それが自分の首を絞めてることになっていることに築いてないんですか~?頭が弱いんですね~」

「悪かったな、こいつの暴走を止められなくて」

「あ、貴方が謝る必要なんて…………ほあ?」

 自分のせいで『獄炎調達者インフェルノメーカー』が謝るとは思っていなかったのだろう。
 必死に何かを言おうとしていたが、それは間抜けな声を出して止まった。

 頭にナイフが刺さったら、どんなに饒舌だろうともおしゃべりは止まり後ろに倒れる。。

 飛んできた方向はサディの後ろ。
 たとえ頭に血が上っていても彼女が侵入者に後れを取ることはまずない。
 では一体誰がこんなに綺麗に投げたナイフで殺した?

「……………………」

「…………ジャック?」

「………………もん」

「へ?」

「ぼくのえ、もやしたもん。あいつ、ぼくのえもやしたもん!」

 泣きそうになる男の娘の叫びが静かになった部屋に響いた。
 そう、『発火人間パイロキネシサー』が燃やしたのはジャックが描いた絵だったのだ。
 似たようなものがたくさんあるのでサディはあえて放置した(後から〆る予定だったとのちに語る)が、まさかジャックが手下人だとは思いもしなかった。
 そもそも殺人の瞬間に何も感じなかったのだ。
 殺人のプロがここに三人いたのにもかかわらず、3歳児、この前に4歳になったので4歳児がプロの一人を殺したのだ。

「うわーん!」

「ああ、よしよし、ほら泣き止んで?」

 号泣する男の娘とそれを必死にあやす『毒花蝶バタフライ・ヴェノム』、この光景は生きている間に見れるものではなかった。
獄炎調達者インフェルノメーカー』これ以上いたらマズイと思い『発火人間パイロキネシサー』の遺体を担ぎ静かに出ていく。
 蛙の子は蛙という言葉があるが、それなら毒蝶と破壊者の子はいったいなんなのか?
獄炎調達者インフェルノメーカー』は部下が1人死んだが収穫としては十分だった。

「(こいつが殺られるのは想定内としても、まさか子供に殺られるとは情けない。しかし、ジャックという名前だった筈だ。なんなんだあいつは)」

 頭の中でジャックについて考える。
 最後に見たときは鼻を垂らしながら大泣きしていたが、それでも殺しができるような年齢でも性格でもなさそうに見えた。
 ジャック自身も感情の爆発が抑えられなかったから衝動的に殺してしまったが、その腕もプロから見て明らかに異常だった。

「(間違いなく次世代の殺し屋になるな。そういや4年前か3年前か忘れたが聖剣使いの生まれ変わりが生まれたと予言されてたっけか。もしかしたら、いや、そんな事はないか)」

 この事は胸にしまい、『発火人間パイロキネシサー』は襲われた相手に殺された事として今回の事を伏せた。
 この真実を知るのは3人のみ、否、ゲイルもサディから話を聞いたので4人だ。

 ジャック・ザ・リッパーの伝説はここから始まるとは誰も思いはしなかった。

「びえーん!」

「ああ、もうどうしたら…………そうだ!手土産のものは、えいっ!」

「んむっ!ちゅぱちゅぱ」

 泣き止んだのはいいものの、手土産というのは『おしゃぶり』だった。
 いや、何故あの男は4歳児の手土産におしゃぶりをチョイスしたのか…………
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