逃亡者ゲーム

宇梶 純生

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省略

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………
…根本を捜して
どうするんだ?

まして
根本本人が
居るはずもない
場所を探した所で
どうなるんだ?

………
……


手帳を閉じ
テーブルに
置く

テレビの
リモコンを
押し

巨大なスクリーンに
画像が薄くぼやけた
深夜のニュースが
映り込む

チャンネルを
回すと
一局だけ
喫茶店経営者殺人を
取り上げていた

ボリュームを
上げると
聡美が 
部屋の明かりを
消した

スクリーンに
映り込んだ画面が
鮮明な画像に
変わる

淡々と原稿を
読み上げる
キャスター

映像が 代わり
殺害現場で
状況を伝える
レポーター

そして
警察署前に
切り替わり
進展を伝える
レポーターの声を
バックに

《容疑者》の
写真が
映り出した

《容疑者》
多村雅一 35歳 会社員

フリップの下に
表示された文字

『なお
容疑者の
行方について
捜索範囲を
全国規模に広げ……』


聡美が 真顔で
スクリーンを
指差し

「容疑者って多村さん?」

意外と冷静な
質問に

「そうらしい」

相槌を打つと
聡美は
不満そうに
首を捻り

「殺人を犯せる程
器用な人には
見えないわね」

……
………
どう言う意味だ


ソファーの
背もたれに
腕を乗せ
腰を捻り
背後にある画面を
眺めていた聡美が
振り返る

「…根本って誰?」

セカンドバックから
根本が 写る
写真を 差し出す

受け取る聡美が
何も疑問を持たずに
写真を 眺めた

「古い写真ね」

「古い?」

「今時 白縁写真は
ないんじゃない?」

確かに 
余白の縁は
最近 見掛けないかも
知れない

「横の女性は 誰?」

聡美の興味は
根本と並んで写る
女性に 向けられたようだ

男性を振り切って
走って来た
聡美

笑顔を 
振り撒く訳でもなく
怯えて 縋り付く
訳でもなく

『乗せて』

小声で はっきり
意思を 伝えた聡美

初対面の
ましてや
容疑者として
報道された男の前で
平然と写真を
眺める冷静さは
どこで
身につけたのだろうか

写真を眺める
聡美の横顔が
あまりにも
真剣で

つい余計な
言葉を
口に出した

「似てるだろ?」

写真から 
顔を上げた聡美が
俺の顔を 覗き
また 写真を見る

「根本と…多村さんが
似てるって事?」

眉を寄せて
不満そうに
唇を尖らせた

「…取り替え…殺人?」


セカンドバックから
黄色い封筒を
取り出し
聡美に差し出す

二枚の紙
《ルール》
《条件》

一通り
目を通した聡美が
もう一度
読み返している

煙草をくわえ
リモコンで
テレビの
ボリュームを
下げ

「身代わり犯人」

「たった三日間だけ?」

「……そうらしい」

二枚の紙を
裏返し
テレビの光に
透かし眺めていた

親指の爪を
噛んだ聡美が
小刻みに足を
揺らし

「今 何日目?」

「……今日が 初日」

「あと二日か…
何とかなるんじゃない」

溜息をついて
煙草を灰皿に
押し潰す

聡美の言葉に
答える気さえ
失った

「協力したら
報酬の一割くれる?」

何にでも
興味を持ち
面白がる
若者らしい言葉

現実は 
そう甘くは
ない


スーツの
上着を脱いで
ハンガーに
掛ける

浴槽に湯を
落とし
備え付けの
バスタオルを
肩に掛けた

冷蔵庫を開け
中を覗くと
携帯用の
ミニボトルが
あった

「……飲むか?」

聡美が 
根本の写真を
眺めながら
返事だけを
返す

「ビール」

購入口に
金を入れ
ミニボトルと
ビール

そして
ツマミを買った 

「風呂入るけど
お前先に 入るか?」

ビールを
テーブルに
置くと
すかさず
ビールを取り
栓を開け

「聡美」

「ん?」

「お前じゃなくて
聡美って呼んで」

「……聡美」

「呼び捨てなんだ」

ふて腐れながらも
口元が 微かに
笑っている

「風呂は?」

「一緒に入る?」

浴槽から
水が溢れ落ちる
音が聞こえる


聡美の頭を
撫で
浴槽に向かうと
聡美が 舌を出した
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