逃亡者ゲーム

宇梶 純生

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談話

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風呂から上がり
ホテルのパジャマに
バスローブを
羽織り
腰にバスタオルを
巻く

「変な格好」

呆れた口調で
告げる聡美に

「シャツの丈が 短い
……パンツ買い忘れた」

これでも
俺なりに
気を使った方だ

「下着は いつも
奥様が 用意するものね」

「……そうだな」

家庭の事情など
話ても仕方ないだろう

「奥様どんな方?」

ミニボトルの
蓋を開け
バーボンを
口に含み

テーブルに
置いたままの
手帳から
家族写真を
取り出し
聡美に渡す

「……綺麗な女性ね」

「昔はな」

「酷い……
お子さんが
二人いるのね」

「可愛いだろ?」

「可愛い…奥様似ね」

「はは…そうか」

他愛ない会話が
随分前に 
歳の離れた従姉妹と
会話した記憶が
重なる

結婚してから
妻が俺の実家を嫌がり
遠縁に
なってしまっていた


「聡美は?」

「え?」

「一緒に居た男は彼氏?」

聡美は 少し
つまらなそうに
俯き

「……違うわ」

「そうか」

若い男女の
恋愛ごっこには
興味ない

まして
男から
逃げ出して来た
聡美に 恋愛感情は
なかっただろう

「奥様とは恋愛結婚?」

ふと 飲みかけた
ボトルの手が
止まる


………恋愛…結婚と
言えるのだろうか


妻の真由美と
知り合ったのは
友人の紹介だった

意気投合したと
言えば
そうかもしれないが

友人の薦める女性を
無下にも出来ず
何度か 友人に
背中を押され
食事に誘い

そして 
そのまま
真由美を抱いた

決して
嫌いな女性では
なかったが
綺麗な女性過ぎて

〔何故 俺なんかと?〕

そんな疑問を
抱えていた事も
確かだった


数カ月後
真由美から
妊娠を告げられ
断る理由も
見つからず

親に相談もなしに
入籍を済ませた

それが
引き金となり
俺の親から
猛烈な激が飛び
勘当同然に
された事は
間違いない

子供が 生まれ
何度か実家に
連れていったが
あまり喜ばれず

それ以来
妻は 俺の実家を
避ける様になった 


それでも
結婚7年目

二人目の子供も
授かり
何不自由なく
円満な家庭を
築いてきた


妻を紹介した
俺の友人が
共同出資で
会社を設立する
話が 出るまでは


正直…
乗り気では
なかった

妻の賛成もあり
渋々 
連帯保証人に
承諾し

軌道に乗る前に
倒産

多額の負債を抱え

……そして
友人が行方を
くらました

筋書き通り
全負債を抱える
羽目になったのだ 


今更 
悔やんでも
仕方がない


妻や妻の家族の
協力を得て
今 現在
暮らしている

何ひとつ
責めもせず
仕送りすら
満足に出来ない俺を

信じて待つ妻が
いてくれるだけ
感謝しなければ
ならないだろう

いつか
家族と一緒に
暮らせるまで


……あと二日
逃げ切る事さえ
出来れば

この地獄から
這い上がれる

今は それだけを
考えるしか
ないだろう


「…多村さん?」

聡美の声で
我に返る

「ん?」

「奥様 思い出した?
……きっと 
心配してるものね
ごめんなさい
気遣えなくて」

聡美が 少し
申し訳なさそうに
頭を 下げた

「……そろそろ
横になろうか」

「あの!」

聡美の顔が
上がる

「多村さんの事
信頼してるんで
ベッドも広いし
一緒に寝ませんか?」

酔いが回った
虚ろな目で
しっかり
見据えていた聡美に
寂しさを感じた

ミニボトルを
飲み干し
テーブルに
置く

「……助かる
実は クタクタで
ベッドに寝られるのは
非常に ありがたい」

「…軽い女だと
思いますか?」

「いや 信頼されて
嬉しいのは 俺の方だ」

聡美の顔に
少しだけ
笑顔が戻る

「あ…ひとつだけ
言っておくよ」

「何?」

「俺のイビキは
うるさいらしい」

聡美が
顔を隠しながら
笑い声をあげた


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