採集スキルしかない冒険者

kitatu

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「嘘、だろ……?」

 レクトは震える喉から現実を疑う言葉を吐いた。

 目の前に浮かべられた幻想的な青い炎のような光の文字には

 ************
 レクト=リアス
<所持スキル>
 採集Lv1
 ************

 としか書いてなかったのである。

 普通の人ならば2つ以上スキルを持つことが普通で、幼い頃から教育を受けて来た人間や貴族の血を引く人間は3つ4つ得られるはずなのである。

 それなのに俺が得られたスキルはたったの一つ。

 その上、採集スキルは、採取した素材の品質が向上したり、素材を集めやすくなるといった有用なスキルなのではあるが、世の中で採集スキルを持っている人はごまんといる。

 しかもそのレベルは最低の一。

 スキルは、一から十レベルまであり、レベルを上げるにつれ、技能を得る。
 例えば、火属性魔法のスキルならば、1レベルでファイヤーボール、2レベルでファィヤーアローなど、鍛治スキルならば、レベル1で鍛治上達、レベル2で生成付与(小)などである。

 しかし、採集スキルは現在確認されているレベル1から5までは採集上達といった、採集以外では役に立たないスキルしか得られない。

 さらに、現在最も高いレベルは、騎士団長の剣術スキルレベル6が最高であり、レベルを上げるのには弛まぬ努力と才能が必要で、非常に困難である。

 リアス伯爵家の長男として、幼い頃から教育を受けて来た俺は期待されて、町外れの教会の暗い小部屋で行われる鑑定の儀に送り出されたのである。

 だから、誰も予想だにしないこの結果を受け入れることなど到底出来なかった。

 その時、暗く閉ざされた木の扉が空気の乾いた音を出して開かれた。光が無遠慮に差し込んで来て俺を照らす。

「レクト様! どうでしたか~!?」

 光とともに、棉のようにふわふわとした白い髪を揺らせて、メイドのアイリが嬉しそうに駆け寄ってきた。

 扉から差し込まれた光なのかアイリの期待の眼差しかどちらが眩しいのかはわからなかったが、つい目を背けてしまった。

「あ……」

 駆け寄ってきた騒がしい足音も止んで、アイリの気遣うような声が短くこぼれ出た。

 おそらく俺が目をそらしたのを見て、うまくいかなかったことを悟ったのだろう。

 アイリに心配される日が来るなんてと自嘲し、酷く情けなくなる。

 元々、アイリはハーフエルフで孤児ということもあって、家の領内の村で虐げられていた。ある日、偶々立ち寄った際、虐げられている光景を目の当たりにし、アイリを不憫に思った俺は村から救い出し、父に頼んでメイドとして雇って保護したのだった。

 それから、アイリは俺の後をずっとついてくる妹のような存在になった。そんなアイリに情けない姿は見せたくなかった。

「何、暗い顔してんだよ! 次はアイリの番だろ? 鑑定受けてこいよ!」

 アイリは同い年で、鑑定の儀を俺の次にアイリが受ける手筈となっていた。俺は明るく振る舞うのにも限界が来ることがわかっていたので、アイリを急かしたのだった。

「は、はい」

 アイリが心配げに俺の方を見つめて来るも何も聞かずに暗い部屋の奥へと進んでいく。
 そんなアイリと入れ替わりに俺は部屋の外へ出た。そこでは、正面に銀髪で綺麗にヒゲを整えた貫禄のある男、俺の父が立っていた。

「レクト、結果はどうだったか?」

 父が険しい顔をして尋ねて来た。いつも以上にしわが深く、銀色の眉はつり上っているように見える。

 さっきのアイリとのやりとりから良くない結果が出たのを察しているのだろう。

 ふと周りを見れば、幼い頃から俺に期待してくれていた使用人や家庭教師が皆暗い顔をして、重苦しい雰囲気を醸し出している。

 この状況を俺が作り出していることを悟り、強い罪悪感に襲われる。

「わかっていると思うが我がリアス家の長男であるお前が、戦うスキルを得られなかったとしら、リアス家の名を捨ててもらう」

 父は中々口を開かない俺に残酷な事実を突きつけた。

 なぜ、こんな理不尽な思いをせねばならないのかと内心怒り狂う。しかし、どうにもならない現実をただ受け入れるしかなかった。

「私は採集スキルしか得られることができませんでした……」

「そうか。なら、家名を捨てて即刻出て行け」

 そう冷たく言い放って父は小袋を俺に向けて雑に放り投げた。
 小袋はジャラジャラと音を鳴らせて目の前に落ちる。

 俺は袋を拾い上げ、口を縛られた紐をほどいて中身を見る。そこには、なけなしの銀貨が入っていた。

「これは?」

「これだけ持ってさっさと失せろ」

 父はわなわなと震えてレクトを急かした。どうやら最後の餞別のようだ。

「……はい」

 俺は周囲の憐れみや侮蔑するような視線に晒されながら、とぼとぼと歩いて教会から出た。

 行くあてもなしに、全てから逃げるよう何もない草原をひたすら歩く。ふと、空を見上げるとたった一つ流れる大きな雲は自由に青い大海をゆっくりと泳いでいた。

 これから、どうしようか。当分のお金はあるが、何を目的に生きればいいか分からなくなった。

「待ってください! レクト様!」

 今後を憂い、物想いに耽っていると、青い鳥の声の様な澄んだ美しくも可愛らしい声が聞こえ、足を止めて振り返る。

 俺が歩いて来た道から手を振って駆け寄ってくるアイリが見えた。

「アイリ……か?」

「はぁはぁ……」

 アイリは目の前で立ち止まった。

 息を切らせて膝に手を当てながらも上目遣いで、エメラルドのような美しい大きな瞳で見つめてくる。

「どうしたんだよ一体?」

 俺にはアイリがそこまで急いで俺の元へ来た理由が分からなかった。

「私を置いていくなんて酷いじゃないですか!」

 もしかして、俺について来る為に走って来たのか?
 事情を知らないのだろうか?

「すまない、アイリ。帰る訳では無いんだ。俺は家を追放され、もう二度と帰ることは許されない」

「お話は既に聞いて来ました。本当に嘆かわしい事です」

 アイリが不満を隠そうとせず、口を尖らせてそう零した。

 事情は既に知っているようだ。なら、なぜ?

「じゃあ一体、俺にどうしてついて来たんだ?」

「私、レクト様から離れたく無いんです! それに、レクト様に恩返しをさせて頂けると思いまして!」

「恩返し?」

「はい! 聖女スキルのレベル三と上級光属性魔法レベル一のスキルを得たんですよ!」

「え……?」

 余りの事に驚き過ぎて情けない声が溢れでた。
 上級魔法は宮廷魔道士くらいしか持っていないスキルで、それだけでも凄いというのに聖女だと……?

 聖女スキルは100年前に持った人間がいるが、最上級の治療魔法が使えるようになるスキルである。

 アイリは嘘の言わない奴だと知っている。だから、こんな馬鹿げた話も絶対に嘘ではないのだと理解した。事実と理解すると、暗い感情が芽生える。

「そんな凄いスキルがあるなら、採集スキルしかない俺なんかについてくるなよ。宮廷魔道士にだって、教会の大司教にだって、はたまた英雄にだってなれるかもしれないんだぜ? だから、俺について来て、惨めな人生を送ることなんかねえよ」

 そんな事を言いたい訳では無いのに、口から勝手に嫌味ったらしい声が出た。

 しかし、そんな事も意に介さず、アイリは慈愛に満ちた表情で口を開く。

「私はどんなに富や名声を得ようとも、私を守ってくれたレクト様に尽くせない人生なんて、酷く惨めで無価値な人生です。だから、どうか私に尽くす機会を貰えませんか?」

 なんでだよ。俺がそのスキルを得たのならば絶対に名誉を追うのに、スキルを持ってる奴が自ら捨てる馬鹿な選択をするなと嫉妬する。

 だけど……色んな栄光ある未来が切り拓けるというのに、何一つなくなった俺と共に生きてくれる事を選んでくれた事が堪らなく嬉しかった。

「……そうか。じゃあ食わなきゃ生きて行けないし、冒険者ギルドに登録しに行くぞ」

「あ、待ってくださいよ~」

 ぶっきらぼうにそう言って、俺はアイリに背を向け、すぐに歩き始めた。
 泣き顔を見られるのが恥ずかしかった。そして、感謝を伝える事がどうしようもなく照れ臭かったのだ。
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