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しおりを挟む「ありがとうございました!」
古布を巻いた女の商人が歯を見せて俺に感謝を告げた。
俺はテントが立ち並ぶ商店街を去り、アイリの待つ安宿への人通りの少ない路地を歩く。そして、露天で買い上げた小さくも美しい青色の宝石のネックレスを見て、絶対に落とさないようにポケットにしまった。
アイリ喜んでくれるかな?
———あれから一年が経った。
最初の方は戸惑ったが、アイリとの冒険者生活は順調で楽しい日々であった。
朝から冒険者ギルドで良さそうな依頼を見つけフィールドに繰り出し、俺がモンスターを引きつけ、アイリが魔法でモンスターを倒す。冒険者ギルドで報酬を受け取り、その日貯めたお金を少し使って、くだらない話をしながら温かい食事を食べ、早く寝る。
そんな毎日を続けていると、いつしか俺はアイリに惹かれていった。多分アイリも自分のことを想ってくれていることも感じていた。
しかし、こんなにも生きる環境が変わったというのに、未だに二人の距離だけはあの時から止まっていた。
その理由はわかっている。アイリに俺についてきてくれたことへの感謝を告げることが出来ず、感謝の想いを告げられぬまま関係を進めることは誠意がないと思っているからだ。
早くありがとうと言えばいいじゃないかと思う。だが、恩が大きくなればなるほど、そして時間がたてばたつほど感謝を述べることが難しく、未だに感謝の気持ちを伝えられずにいた。
けれども、そんな日々は明日で終わりだ。明日はアイリの誕生日である。だから、俺はアイリのためにプレゼントを買って、一緒に感謝の気持ちを伝えようとしたのである。
「……レクト様」
不意にかけられたいるはずのないアイリの声に驚き、俺は手を回してとっさに買い上げたネックレスを背中に隠す。
「ア、アイリか。どうしてここに?」
俺は慌てながらも平静を装って尋ねたが、返事は返ってこない。
どうしたのかとアイリの表情を伺うと酷く暗い顔をしていた。
何があったのだろうか。途轍もなく嫌な予感がする。
「すみませんレクト様。私、貴方と一緒にいられません」
一体何を言っているのであろうか?
アイリの言葉の意味が飲み込めず、息が詰まって苦しくなる。
そんな俺にかまわず、アイリは俺に何かが詰まった袋を俺に差し出して言う。
「これで別れてください」
わけもわからず、受け取ると、ずっしりとした重さを感じ、中から金属の擦れ合う音が聞こえる。
袋の中の音は、一年前のあの時と同じ音だった。
「な、なんの冗談だよ?」
「すみません」
俺が明るい調子で問うと、何かを諦めたような目でアイリは謝罪した。
冗談ではないことを理解する。いや、元々冗談ではないと理解していた。冗談であって欲しかったから、否定して欲しかったからわずかな望みを託して問うたのだった。
「なんでだよ!?」
「私にはもうレクト様と一緒にいられません」
如何にもならないことを悟り不満をぶつけたが、激昂する俺のことを気にもくれず、冷徹にそう言い放ち、アイリは去ろうとした。
「ま、待ってくれ」
追いかけようとすると透明な壁に阻まれる。モンスターとの戦いで何度も世話になってきたアイリの得意なバリアの魔法だった。
俺はバリアを破ろうと殴る。拳から血が出るほど何度も殴る。
出血量は酷く骨は折れてるかもしれないが、痛みは感じなかった。しかし、破れる気配はなく、どうしようもなくなって、その場にヘタレこむ。
「ヒール」
アイリは立ち止まり、そんな俺を哀れむような目で見つめ、俺に回復魔法をかけた。みるみる腕が治っていく。全て治ったのを確認するとアイリは口を開く。
「やっぱり、私はレクト様と一緒には居られません……」
そして、また俺に背を向け歩き始める。理不尽に裏切られ、孤独にされる憤りに犯される。
なんで、なんでだよ。なんでこうなってしまったんだよ。お前だけは、お前だけは、そばにいてくれると信じていたのに……
「お前も俺を捨てるのかよ……」
俺が無意識に零した言葉にアイリは振り返るもすぐに前を向いて歩き去っていった。わずかに見えたその顔は、酷く悲しそうで今にも泣きそうであった。
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