現代科学と魔法の記憶媒体―ストレージメディア―

戸次まもす

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第一章

第一話

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 案外、世界は何も代わり映えしないものだと、小さな頃から薄々勘づいていたが。ここまで素っ気ないものだと涙が溢れるのはご承知の上で、俺はこの世の中という世知辛い酸いも甘いも噛み分けながら毎日を生きている。大好きなマンガ、ゲーム、ライトノベル、プログラミングはどこか遠い世界の話なのか、学校にいる周りのバカ共とは趣味が分かり合えず孤立している。まぁ、気にしないが。そんなわけで、転校生は急に現れず、こうやって学校へ向かう途中に超絶プリティな美少女がパン加えてタックルしてくることもなく、天から可愛い女の子は落ちて来ないし、気がついたら異世界にいて苦労しながらも結局はキュートなガールとハーレム三昧なんてあるはずもない。きっと俺は生まれる次元を間違えたに違いない。きっとそうだ。
 野暮で無骨なことを考えながら、電車に揺られ歩いているとあっという間に学校という名の牢獄にたどり着いた。なんの変哲もない昇降口で使い古した二年目の上履きを手に取り、革靴を脱ぎ、履き替える。その後ろでいちゃつきながらやって来たカップルに多少イラつきながら、俺は教室へと向かった。廊下ですれ違うキャピキャピした女子高生が眩しい。ああ、彼女と楽しいスクールライフを送りたい青春であった。
 前から三人女子が歩いてくる。すれ違い様に会話が聞こえ、
 
 「ねぇ、聞いた? 今日、四組に転校生来るんだって。うらやましいなぁ」
 
 俺の思考が停止する。転校生?

 「そうなの? いいなぁ、カナ、四組でしょ。イケメンだったらどうする?」
 「いや、いいよ。別に。まだ男か女かも分からないんだし」
 「もう、カナ。いいじゃん、夢見ようよ。目の保養、毎日拝めるなら何でもするよ」
 
 彼女達の会話を聞き、俺は全速力で教室まで歩いた。いわゆる早歩きというやつだ。競歩選手も口をあんぐり開くほどに違いない。長く疎ましい階段も今日はいとおしく感じられる。こんなにも女性らしい丸みを帯びた手すりだったんだな、階段。教室の扉を開け、そして丁寧に閉め、クラスで幅を利かせている女ボスに交換させられた左端後ろの席に座った。最初はメスゴリラふざけるな、二度と口を開くんじゃねえと思っていたが、よくよく考えればこの席は主人公ポジションだ。これも伏線だったのか。見事に回収してみせよう。ありがとうな、メスゴリラ。
 俺は転校生と永遠の愛を結ぶため冷静にかつ沈着に作戦を練ることにした。どう見ても一般的な俺の顔では一目惚れされることはない。ちなみに俺には幼なじみといったカテゴリーの人間を持ち合わせていないため、久しぶりの再会で少し大人びた俺にときめく女子も、小さい頃に助けられ、淡くほのかな恋心を抱いたのであろう女子もいない。顔を考慮せず好きになってもらうためには相当な努力が必要だろう。
 相手が俺の顔面を忘れるためにもまず、対話が必要だ。しかし、それを可能にする高いコミュ力が皆無なのは言わずもがな自明なのは皮肉なことだ。このクラスでの立場が全てを物語っている。もう少し、俺の顔がイケイケだったら、口数の少ないクールなガイという認識で済んだのに。やはり世の中は不平等だ。社交性さえあれば、女の子もきっと俺の魅力にメロメロになる。間違いなく。初めての会話は何が適切なのか。無難にはじめましてか。いや、でも対してかっこよくないクラスのモブ男に言われたら嗚咽と吐き気ものだよな。どうしたものか。
 
 「おはよう。朝のホームルームを始めようか。欠席者はいないな。」
 
 気がつくと担任のヤッジーが教卓に立っていた。思考していたせいで気づかなかったが、周りのクラスメイトは転校生はどんなやつなのかという会話で盛り上がっている様子だ。
 
 「おい、静かにしろ。お前ら落ち着きがないぞ」
 
 ヤッジーの言葉が届くはずもなく、教室は期待感で溢れ、様々な声が行き交っていた。もはや誰も制止できない。今にも動物園と化し、暴れ出しそうな雰囲気だ。
 
 「せんせぇ、転校生が来るんですよねぇ。早く呼んでくださぁい」
 
 メスゴリラが大きな声でこの場にいる全員の心を代弁した。そうだそうだと同調する言葉が次々と出てくる。
 
 「……はぁ、分かった。しょうがないな、片桐入ってこい」
 
 刹那、静寂が狭い空間を射止めた。時は足をゆっくりと進め、青空を舞うカラスはまるで宙に浮いている。どうしようもない焦燥感が気持ちを急かす。ああ早く、顔を見たい。どうか、俺好みの清楚でしかし活発ないかにも優等生タイプの美少女でありますように。体中から汗が吹き出るのが分かった。緊張しているんだな俺。ゴクリと唾液を飲み込んだ一瞬、ドアを開いたのは
 
 「どうも、片桐 俊郎です。隣の県から来ました。趣味はラノベ読むことです。よろしく」
 
 「野郎じゃねえか」
 
 思わず、立ち上がってツッコミを入れてしまった。視線が俺に集まる。
 
 「……っあ、すみませんすみません。何でもないです」
 
 力なく座った。恥ずかしい。死にたい。いや、死ねる。
 そして教室はこの明らかに陰気そうな男を目の前に各々が儚く描いた理想の転校生像を砕かれ、限りなく虚無に似た絶望にうちひしがれていた。無慈悲極まりない現実に裏切られ、だがしかしこの世界がただ常識をなぞっていくことを全員が改めて痛感した。かくいう俺も、同じだ。
 
 ――――――→
 
 結局隣同士の席になった転校生とはラノベの話で盛り上がり、それなりに仲良くなった。片桐は悪いやつではなさそうだ。正直、美少女でない片桐には存在価値など無だと始めこそ思ったが、ボッチの俺にとっては趣味の合う友人という最大級の収穫を得ることができた。ある意味非日常かもな。
 自室の電気を消し、ベッドに入った。だんだん微睡みへと体が落ちていくのを感じる。意識も遠くなり、いよいよ眠りそうだった俺の脳に突如閃光が走った。そして同時に大きな耳鳴りが俺に襲い掛かった。あまりの苦しみに悶絶した。じたばたと足を動かし、転げ回っていると目の前にうっすらと人の足が見えた。暗闇でよく分からないが、女性の足のようだ。
 
 「あれ、ここはどこ……。私なんでここにいるの」
 
 透明で可愛らしい少し幼い声が聞こえる。耳鳴りも徐々に収まった。ゆっくりと体を起こし電気をつけると、そこにはマンガやライトノベルの挿し絵で見たようなファンタジー要素の強い服を着た俺好みの清楚な美少女が立っていた。
 
 「……あなたは誰ですか」
 
 無意識に当然である質問を俺は投げ掛けた。すると美少女は呆然とした顔でこちらを向き、唇を開いた。
 
 「私はファルス・アムルティナ。カファバ大陸から来たの。……ねぇ、変なこと聞くけれどもしかしてここは異世界?」
 
 俺はあまりのことに絶句した。
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