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第一章
第二話
しおりを挟む神様、前言撤回だ。世間が世知辛いなんて嘘をついてごめんな。
精巧な人形か、と疑ってしまうくらい整った顔。絹のように白い肌、薄紅色に染まった小さな唇、今にも折れてしまいそうな細い腕。俺は美少女を目の前にして、現実味のない状況を呑み込むことができなかった。
「ええと。あなたはファルスさんですか、いや、ファルスさんなんですね。あぁえっと、あの見た感じ、この世界の住人ではなさそうですね」
俺のコミュ力の低さがこんなところで役立つとは、今にも死にたい。もう少し鍛えておけばよかった。しかし、鍛える機会なんて今日話した片桐くらいの時しかなかったぞ。心の中で考えていると、美少女は俺に手を差し出した。
「え? どういうことですか」
無言のまま見つめられ、どうしたら良いのか分からず、沈黙が場に流れた。どうしようもない静けさに耐えられそうにない。大体、この差し出された手はなんだ。繋げばいいのか、そうするべきなのか。そして、俺は少女の小さな手に恐る恐る自身の手を重ね……
「触らないで変態!」
その瞬間頭部に激痛感じ、俺は意識を失った。
――――――→
朦朧とした意識で俺は目覚めた。硬い床に横たわっていたせいか、頬にかすかな痛みを感じる。肘を着き、起き上がると、例の美少女は消えていた。女性の愛に飢えた俺の幻覚だったのかもな。
学校へ登校するため、身支度をした。寝癖がひどいが、俺がどういう格好をしているか気にする人なんていないだろう。玄関で革靴を履き、忘れ物がないかもう一度確かめ、家を出た。
今日は綺麗な晴天だ。雲一つ見あたらない。この閑静な住宅街にぴったりな背景だ。学校に行けば、片桐がいる。分かり合える親友になれるかもしれない。そう思っただけでも足が軽くなった。早く学校へ行きたいと思ったのは初めてだ。嬉しい気持ちを抑えられず、俺は恥ずかしながら走った。
この角を右に曲がると交差点、まっすぐ行って右に曲がると駅。電車を降りれば学舎までは直進三分だ。
俺はかつてないコーナリングで角を曲がろうとした。瞬間、曲がった先に人がいることが分かった。避けられない。そう判断した俺はスピードを落とそうとするが、かなりの速さで走っていたため、足を止められない。誤算だったが、相手側もかなりの速さで走っているようだ。ぶつかる――
「いってて、すみません。怪我はありませんか」
派手にぶつかり、俺は相手の上に倒れた。体を起こすと、昨日俺の部屋にいた美少女が横になっている。
「あ、はい。大丈夫です……って昨日の変態!」
そう言うと美少女は俺の頬を平手打ちした。見事なほど綺麗な乾いた音が響き、俺はじんじんと痛む頬を撫でながら、立ち上がりひたすら平謝りした。そうしないと、また殴られそうな雰囲気だったからな。美少女はなんとか起き上がって地面に座りこみ、かすかに震えていた。……俺、そんなに悪いことしたかな。美少女を放っておくこともできないので、とりあえず場所を移して話を聞くことにした。学校は腹痛を理由に休もう。
近くの神社の下にある公園に来た。小さい頃、よくセミの脱け殻を集めに来たなぁ。丸太で作られた椅子に座り、話を切り出そうか悩んでいた。
「そ、その……。昨日はすみません、男の人に触れられたのは初めてだったので、暴言を吐いてしまいました」
先にファルスさんが口を開いた。
「わ、私……。異世界から来ました、昨日の夜、初めて。見た通り服装である程度分かると思いますが。変な話ですよね。信じられなければ、信じなくても問題ありません。話半分で聞いてください。……その異世界ではあなた方の科学技術はありません。スマートフォンもパソコンも、家電製品も。電車は町を走らないし、飛行機が空を飛ぶことすらない。もちろん、食べ物を電子レンジで温めることも、週末に友達とゲームセンターに行くこともできません。プリクラだって撮ってみたいけど、そういった類いの箱ものはないので夢見るだけですが。」
俺は、ファルスさんの話を聞きながら疑問で頭がいっぱいになった。何故、俺が住むこの世界に詳しいのだろう。しかも、昨日来たのにここまで知っているのは何かおかしい。
「あの、ファルスさんは昨日この世界に来たんですよね。何故そんなに詳しいのですか」
俺の言葉にファルスさんは黙って何かを考えていたが、ゆっくりと話始めた。
「……実は、私の世界には『ヘヴィノベル』というジャンルの娯楽本がたくさんあります。その中でも人気の出やすいストーリーの構成があって、それは『私たちの世界で使われる魔法が存在しない世界がある。そこでは、魔法とは全く正反対の科学という一種の錬金術のようなものが世界を統べている。主人公がある日、街を歩いていると空間魔法が暴発して異世界で転生し、科学技術の世界で苦労しながらも、魔法の力で大成功する』といった具合です。中には、恋愛要素の強い作品もありますが。」
……そのまんま、異世界版ライトノベルじゃねえかよ。
「私はそのヘヴィノベルが大好きで、毎日読み漁っていました。嫌な現実も読んでいる間は忘れられるので。だからこの世界について詳しいのです。……私は魔法学校の落ちこぼれ生徒です。よく魔法が暴発するんです。その日、私は再試で教授の前で魔法の詠唱をしていました。いつも通り失敗したらどうしようと考えていたら、大失敗。気がつくとあなたの部屋にいました。明らかに私の世界とは違う風景だったので驚きで全く状況を理解できずに話せなかったんです。そこで私はこの世界が本当に異世界かどうか確かめるため手の上で鏡を召喚しようとしました。もし鏡にくっきり自分の姿が映し出されれば私の世界、鏡にもやもやとした霧が映れば異世界、つまりあなたの世界。まぁ、これはヘヴィノベルで得た知識ですが。そして手を出した瞬間、あなたが手をのせたわけです。そして……」
「待てよ……」
ファルスさんは首をかしげた。
話の腰を折るようだったが、どうしても気になってしまった。
「……もしかしてファルスさんが受けた再試は空間魔法のテストだったのか」
ニコッとした笑顔を俺に向けて
「……はい。空間魔法の中でもフィールドワープ魔法の再試です」
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