君に捧げるAIの花

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 君に捧げるAIの花

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キキィィイィィイ!!ゴシャァ!!

 それは天からの制裁か、はたまた避けられぬ運命か、生々しい音は夜の闇を紅く塗り潰す。

 タイヤは悲鳴を上げ僕に絶望の始まりを告げる。

 貴方は終わりを迎えました。そんな声が頭に響いてくるようで、考えることは追いつかなかった。今はただ、虚ろな目をして最愛の人の見るに耐えない亡骸に涙の雫を垂らす事しかできなかった。



 僕は飛び散った彼女の一部を持ち上げる。

 先程まで握っていた彼女の手の温もりが染みる。先程までしっかりと掴んでいた彼女の指先が触れる。先程まで楽しそうに笑っていた彼女の声が耳の奥でこだまする。

 余計に涙が流れた。



 12月6日、その日はとても寒かった。

 青い色のウインドブレーカーを着てもなお、体はブルブルと震えている。駅の前で腕時計をしきりに確認しながら、キョロキョロと辺りを見渡す。街ゆく人は何かに追われているかのように何一つ笑いもせずスタスタと横断歩道を渡っていく。

 今の日本はブラック企業が多いとニュースでも取り上げられている。今の社会人は行き着く先もないままがむしゃらに働く事を要されているのだろう。それを上から眺める者はどれほど愉快なのだろうかとふと疑問に思ったが、自分には縁もゆかりも無いことなので深く考えなかった。



「ごめん………待った?」



 背後から聞こえてくる高い声。僕は瞬時に振り返った。

 ベージュ色のダッフルコートを身に纏い黒髪のミディアムヘアを波のようになびかせ前髪をちょこっとだけ垂らしたメガネのこの娘は杏奈。

 何を隠そう、僕の彼女である。



「ごめんね遅れちゃって…………」



 杏奈はちょっとしょんぼりとうつむいて僕に小さく謝罪する。僕はそれを「気にするな」と笑って杏奈の手を取った。



「さ、行こうぜ」



 僕は杏奈の腕を少し強引に引っ張り引き寄せる。途中よろよろっと転びそうになる杏奈をスッと柔らかく受け止めてすぐに直した。

 杏奈もどうやら元気になってくれたみたいでニコニコと僕に寄り添ってくれた。



 思えば早21ヶ月。

 2年前の3月に、僕は杏奈を呼び出した。僕が内側に秘める杏奈への想いは日に日に増えていく一方で、僕自身それを処理することが出来ずにいた。

 ペットボトルに水をパンパンに詰めてもなお水を入れ続けたらどうなるか想像することは容易だろう。勿論の事だが、ペットボトルは破裂する。

 それと一緒だ。僕の杏奈に対する想いはもうペットボトルいっぱいに詰まっている。これを早いところ外に放出しないと、いつか大爆発を起こして僕も杏奈も嫌な思いをすることだろう。

 だから僕は溢れんばかりのこの思いを杏奈に伝えることにした。



 流れと勢いだけで乗りきってしまったその告白は、恐らく第三者から見たら酷く醜い物だっただろう。実際、その時の僕は冷汗をダラダラと流して今にも死にそうになっていた。

 でも、杏奈はそんな僕の気持ちを受け取ってくれた。そして、杏奈は杏奈が持つ僕への想いをぶつけてくれた。お互いがお互いに本気になって2人の想いが交差した先に、僕と杏奈は希望を手にする事ができた。





「えへへっ、似合う?」



 照れくさそうに試着室から出てきた杏奈は控えめな黒のTシャツと赤と黒のチェックになっている短めのスカートを着用していた。全体的に黒基調のファッションは非常によく杏奈に似合っており、思わず「おぉ……」と声にならない声を漏らしてしまった。



「カワイイよ」



 僕はグッと親指を立てて笑った。杏奈はそれを受けて改めて自分で鏡を見て確かめ、もう一度試着室のドアを閉めて元の服に戻り、試着していた服が入った買い物かごをレジへと持っていった。

 杏奈はバッグの中から財布を取り出し、代金を支払おうとする。僕はそんな杏奈の前に立ち塞がり



「ここは任せろ」



 そう言って僕も同じように財布を取り出した。



「えっ………でも悪いよ」



「いーのいーの、気にすんな」



 僕はスッと店員に代金を支払い、服を受け取る。服の入った白いレジ袋を杏奈に手渡すと、杏奈はレジ袋をゆっくり受け取りこういった。



「今度またここに来て将輝の服を買うこと、そしてそのお金は私に払わせること。わかった?」



 杏奈は頬を膨らませて目も合わせようとせずに僕に命令した。僕は笑いながら「はいはい」と答えた。





 でも、そんな『今度』は永遠に訪れることは無かった。

 帰り道、僕と杏奈は手を繋いで歩道を歩いていた。一人きりの時に感じた身を切る様な寒さも、不思議と杏奈が一緒にいると感じられない。杏奈は僕の心も体も暖めてくれた、僕にとってかけがえのない存在だった。

 空はすっかり暗くなりビルから光が漏れる。

 ふと空を見上げると、オリオン座が僕達を見守ってくれているかのように見えた。ずっと杏奈と一緒に要られますように、そんな想いをオリオン座に届けた。



 オリオン座は僕達を裏切った。



 騒がしく鳴り響くサイレン。どうやら犯罪者がパトカーから逃げているようである。僕達の視線の先を猛スピードで駆け抜けていく赤い車。それから少し遅れてパトカーも現れた。

 あそこで僕が杏奈の腕を無理矢理にでも引っ張っていたら、運命は変わっていたのだろうか。あと0.5秒だけそれに気付くのが早かったら僕は杏奈とまた笑い合えたのだろうか。







 何日か後、僕は真っ黒いスーツを来て玄関の扉を開けた。

 ポケットに入る数珠が電車に揺られて微かにジャラジャラと音を出す。でも、そんな音に気を取られている程簡単な状況ではない。日曜日ともあり電車の中には多くの乗客の姿がある。その真ん中で僕だけ悲しみの底に追いやられている。そんな気分だった。

 いくつか駅を通過した後、僕は電車を降りる。追われるかのように足早に過ぎ去っていく人々の中で、足元を見て一歩一歩を重く確実に踏んでいく僕の姿があった。駅を出てもなおそれは変わらない。

 つい数日前に来たこの駅も、杏奈がいるといないとではかなり違ってくる。大切なものは失って初めて気がつくとはよく聞くが、僕にはその言葉の意味が身にしみて痛く感じる。真っ黒に濁った僕の感情は周りに負のオーラを撒き散らし、道路を歩くその足はまるで地面に吸い込まれていくようだった。



 しばらくして辿り着いたのは灰色が基調となった建物。

 エレベーターが辿り着いた2階には照明の抑えられた部屋がある。その部屋の前方、大量の花に囲まれた真ん中に棺があった。

 僕は杏奈を一目見たいと棺に手を掛けるが、あの瞬間がフラッシュバックして手が痙攣し、呼吸も荒くなった。

 僕は杏奈に謝り、部屋を離れて控室へと向かった。

 控室に入ると、そこには杏奈のお母さんと妹さんが座っていた。



「あら………確か、将輝くん?ありがとうね、わざわざ来てもらって」



 杏奈のお母さんは立ち上がって何度も何度も僕にお辞儀をする。僕は両手を振って「当然の事ですよ」と一言。



「お姉ちゃん、将輝さんの事大好きだったから………きっとお姉ちゃん喜んでると思う………」



 そう聞くと、何だか視界が霞んできた。当たり前だ。2年間ずっと愛し続けた彼女を失う程の精神的ダメージを受けて、たった数日で涙が枯れ果てる訳がない。

 僕はハンカチを取り出して目を擦り、控室で式の始まりを待っていた。



 やがて始まった杏奈の葬儀。

 参列者は総じて深刻そうな顔で膝に手をつきうつむいている。その中に、僕もいた。

 お坊さんがポクポクと叩く木魚の音なんかが僕の耳に入るはずはもちろん無く、その時の僕は完全なる『無』だった。いや、どちらかというと完全に光を吸いこみ消し去ってしまう『虚空』と表現するのが適切なのだろうか。



 そんな形で杏奈の葬儀は終わりを向かえ、僕は家に帰る。

 夕飯の準備をしながら、ふと明日からの生き方を考えてしまう。明日は何をしようか、何処へ行こうか。そんなことを頭の中でぐるぐると巡らせていても、答えは見つからない。数日前の僕が杏奈の手を引いていたらきっと今は、明日は『杏奈と』何をしようか、『杏奈と』何処へ行こうかと考えていたはずだ。



 杏奈のいないこの世界に僕が生きる意味はあるのか?杏奈のいないこの世界に僕が生きている必要はあるのか?杏奈が死んだのに、僕だけが生きているなんて許されていい事なのか?

 妄想の負の連鎖は僕を蝕み滅ぼしていく。歯止めが聞かないその思考はブレーキの壊れた暴走車。いずれ杏奈を殺めたあの車のように僕を殺して走り去っていくのだろうか。



 そんな時、ふとTVをつけてみた。紹介されたニュースの中には今回の一件もあり、僕を一層苦しませていく。

 もう、消そうかとTVのリモコンを手にする僕の目に止まったのはある一件のニュースだった。



『遂に人工知能がお菓子を開発』



 そんな見出しで紹介されたニュース。

 杏奈も………お菓子作り上手かったっけな…………。バレンタインの時なんかわざわざ家に豪華なチョコケーキを届けに来てくれたっけ。そのまま帰ろうとした杏奈を引き止めて一緒に食べたチョコケーキのあのほろ苦く甘いクリームの味が舌に蘇った。



「また………食べたいな………」



 じわりと目に涙が浮かぶ。今は亡きお菓子作りの天才を思い浮かべ、また切なくなってきた。



 僕の人生が大きく変わったのはその日だったのだろうか。

 僕は常人では絶対に思いつかないある壮大な計画を思いついた。人間の道徳を完全に焼き払ったその計画は、生命の定めを科学の力で無効化したその計画とは…………



 杏奈そっくりのAIを作る。



 気持ち悪い、頭おかしい、できるわけ無い。

 僕に飛んできた罵倒は様々な物だった。もちろん、僕の考えが気持ち悪いのも、僕の考えが頭おかしいのも、僕の考えができるわけ無いのも全て承知の上だ。

 でも、そんな簡単なところで諦めてたら杏奈に合わせる顔がない。天国の杏奈にしっかりしなさいと背中を叩かれてしまう。

 だから、諦めない。諦めたくない。僕が僕なりの答えを見つけるまで、僕は諦めることはしない。そう、強い決意を胸に抱き僕は本を手に取った。

 もちろん、僕にAIを開発することなんて出来ない。それどころか、僕に備わっているプログラミングの知識は0だ。そのため、AIを作るにはまずはその0を1に変えなければならない。

 しかし、物事は大抵1から10を作るのは簡単でも0から1を作るのは難しいものだ。ましてやそれがプログラミングという専門的な知識を用いる分野となると余計にそれが難解になる。

 なのでまずは先人の知恵を譲り受けようと、ネット通販でプログラミングの本を何冊か買っておいた。その内容を完璧に覚えるくらいに熟読する、それが僕にできる0を1に変える手段なのである。



 1日の半分を読書に要する、そんな生活が1ヶ月程続いた。

 もちろん、僕だって高校には普通通り通っている。特にクラスで浮いているとかでも無く、友達だってしっかりいる。

 が、僕と杏奈は少し特殊な経緯で知り合い、家が近かったから定期的に遊びに行くようになり、そこから交際を始めた関係だ。

 つまり何が言いたいかと言うと、友達はみんな杏奈の事を知らない。だからみんなから見れば、突然休んだと思ったらいきなりプログラミングの本を抱えて学校に来た、ということになる。

 幸い特に仲のいい友達は杏奈の事を知っており、僕の雰囲気から全てを察知してくれた上に他の友達にもそれを伝えてくれたのか、周りの友達は深く問い詰めないことにしてくれた。

 まぁ、そのせいで僕はクラスから浮いてしまった訳だが。



 いくら本を熟読したからと言って、AIをいきなり作るのには無理がある。と言う事で、僕はいくつか試作的にプログラ厶を作っていった。

 その内の1つをとある大学に提出することになった。簡単に言えば『テスト生成機』前回のテストの平均点や正答率などから、生徒の学力を向上させるのに最適なテスト問題を、予めインプットしておいた問題集の中から選んでテストを自動で作ると言う物である。

 するとそのプログラムは予想以上に好評だったらしく、他の多くの大学、高校に販売し、その売上の全額を僕にくれると同時にいくつかの学校は使用料を払ってくれることになった。思わぬ結果ではあるが、これで僕は実質的な補助金を得ることに成功したのだ。

 他にも色々なプログラムを色々な企業や大学に売り出していき、それに応じて収入を得た。それに加え、僕の名前はまだ全国に広まっている訳では無いが企業間では比較的よく上がる名前になっていった。この成果に杏奈もきっと喜んでいるに違いない。



 そして遂に時は来た。僕は遂に、人工知能を完成させる事ができた。

 完全自立型人工知能の完成は瞬く間にメディアに取り上げられ、TVや雑誌のインタビューも頻繁に家に訪れた。

 しかし、僕が本当に嬉しく思っているのは僕が有名になったからではない。

 少し前の日曜日、僕は朝からプログラムの打ち間違いが無いか念入りにチェックをする。その作業だけでだいたい8時間、僕は栄養バーを片手にマウスをカチカチと動かしていた。途中から頭痛も伴い目眩も起きた。これからしばらくはプログラム画面を見たくない。

 全てのチェックが終わり、いよいよ初起動だ。

 何ヶ月も前からずっと探し求めていた人、何ヶ月も前からずっと会いたかった人、それは今、AIと言う形で僕の目の前に現れようとしている。

 カーソルを『起動』の文字に合わせた。震える右手を何とか静めながら右クリックをした。



 Now Loading……… 0%





 Now Loading……… 30%





 Now Loading……… 85%





 これだけで既に20分程時間を要している。それなのに僕の鼓動は一瞬たりとも落ち着くことはなくそれどころかどんどん早くなっていった。

 いよいよ90%台に入ると、何だか不安になってきた。

 額から冷たい汗が流れ出る。今の僕にはもう、数字を見つめて唾を飲む事しか出来ない。それ以外はしたくない。



「杏奈…………」



 思わず、そう呟いていた。

 数字は98%を向かえ、いよいよ起動の瞬間が訪れる。今のところ目立ったエラーも無く順調に進んでいる。これがバトル小説なら主人公が「順調に進み過ぎている…………」と、敵の罠を警戒してしまうだろう。そのくらいスムーズに進んでいた。



 遂に数字は100%になった。

 画面は突然真っ暗になり、隣のサーバーからキィィイイィイイと、とてつもない大きさの機械音が聞こえてくる。



 画面は白く染まった。



「うぅ………眩しい」



 僕の耳に届くのは何気ない挨拶の声。何だか安心する温かい女性の声。絶対に聞こえるはずの無かった、大切な人の声。



「やっと…………やっと会えた…………」



 僕は杏奈との再開に、涙を流していた。







「えっと…………私、名前は何ていうの?」



 AIからの突然の質問だ。

 僕はこの時のために、ある名前を考えていた。と言っても、ここまでの流れでこの娘にどんな名前が付くかはなんとなく想像できるだろう。



「君の名前は…………」



『アンナ』だよ











 時は過ぎ、アンナとの生活もかなり慣れてきた頃。アンナとの初デートは、とあるカフェから始まった。

 大学教授が人間に限界まで近い素材で出来たロボットを提供してくれた為、それにアンナをインプットしてアンナとのデートを実現したという訳だ。



 カフェに漂う香ばしいコーヒーの香りはアンナにも伝わっているようで、



「将輝!コーヒー早く飲みたい!」



 と、ちょっとはしゃいでいる。性格も杏奈に似せたつもりなんだけど、杏奈ってこんなにテンション高かったかな?



「お待たせしました」



 ウエイターが僕達のテーブルにコーヒーを2つ置いていく。アンナは「おぉっ」と感動している。僕はと言うと、落ち着いて自分の方にコーヒーを引き寄せ自分の口にティーカップを運ぶ。

 口に広がる苦い味はいつ飲んでもたまらない。はやる気持ちを抑えて、カチャンとカップを置く。



 反対の椅子を見ると、アンナもコーヒーを口に運んでいた。そ~っとコーヒーを飲もうとする姿は非常に可愛らしい。



「…………あちっ!」



 アンナは一瞬でコーヒーから舌を遠ざけた。猫舌なところも杏奈そっくりである。杏奈と鍋パーティに行った時、熱さのあまりポン酢を盛大にひっくり返したのはいい思い出である。



「ふーふー…………」



 今度はしっかりと冷ましてから飲んだ。

 はぁぁ~と一息ついて目をつぶり口を広げるアンナの姿はこれまた可愛らしい。



「美味しい~…………」



 アンナは上機嫌そうに腕を振り回しながら僕に言う。



「連れてきてくれてありがと!」



 アンナは満面の笑みで僕に感謝の言葉を述べる。僕はそれに優しく微笑み返した。ダメだな、さっきから『杏奈かわいい』としか思えなくなってる。



 なんだか、すっごく楽しい。

 杏奈が死んでからと言うもの、僕の心には人間性が圧倒的に足りておらず、周りから見ればそれこそAIの様な状態だっただろう。

 でもアンナが完成してからは、今まで足りていなかった人間性や感情が元の場所を取り返そうとしているかのように僕の奥底から溢れ出てくるようだ。

 アンナは杏奈の代わりなんて言うつもりはないけれど、杏奈を失った僕にアンナの存在は大きかった。

 それでもこのカフェに来たということは、僕の心の中にまだ杏奈が生きていると言う証拠になる。

 懐かしい。ちょっと勇気を出して、オシャレな雰囲気の漂うこのカフェに初めて杏奈と2人で入ったあの日。

 アンナとの初デートの場所に、杏奈との初デートの場所を選ぶなんて、この街はよっぽど何もないか、僕の選択肢が少ないかの2択だ。



「美味し~!」



「あぁ~最高…………」



 しばらくしてやって来たのはパンケーキ。

 ここのパンケーキはTVで取り上げるなどの目立った経験こそ無いものの、パティシエの腕は確かでパンケーキを注文した人を100%常連客にしてしまう、隠れた名店的なポジションなのだ。

 パンケーキの上に乗った生クリーム、その周りにコーヒーの粉を振りかけ、最後にたっぷりとメープルシロップを掛けた1品。それでいて価格も安くボリュームもある。

 こんなもの、頼まない訳がない。



「やっぱこのパンケーキ食わないと、ここに来たって感じはしないなぁ」



「そうなの?」



「そっか、アンナはここに来るの初めてだったね」



「うん、何回かお店の前を通ることはあったけど入る勇気が無くてさ~」



「はははっ、アンナらしいね」



 そんな他愛もない話を続けている内に、いつの間にか時計は11時少し前をを指していた。



「さて、時間も時間だしそろそろ次行こうか」



「うん!」



 アンナは可愛く首を縦に振り席を立つ。

 お会計を済ませ、カランコロンと店の扉を開く。外の冷たい空気が肌を撫でる様に流れてきて、僕もアンナも体を震わせた。



「うぅ………寒っ」



「将輝~寒い~」



「なっ………ばかっ!人前で寄り添うなって!」



「え~、いーじゃーん」



 僕の頬を人差し指でぷにぷにしてくるアンナを見て、頭の中でさっき頼んだメニューの中に酒が入っていないかを確認した。

 一通り思い出したが、恐らく酒は入っていない。と、なるとこのテンションは素なのか。

 杏奈ってこんな人だったっけ。



 横断歩道で信号待ちをする。

 未だにアンナは僕の腕にぴったりとくっついており、周りからの視線を僕も巻き添えにして集めている。そんなアンナに困り果てて目を泳がせたその時、僕は見つけてしまった。路肩に止めてあった赤い車を。



「『い』の『65-88』…………」



 目を疑った。

 でも、そういうことなんだろうな。あの車は…………間違いなく…………

 だ。



「アンナ…………ごめん、少しここで待っていてくれ」



「将輝…………?」



「大丈夫、すぐに戻る」



 僕はアンナを置いて、赤い車に向かって走り出す。

 運転手はどうやら誰かに電話を掛けているようで、窓の外から睨みつける僕の姿には気づいていない。

 僕は、躊躇いながらも、今となっては何もできない彼女のために運転手を車から引きずり出した。



「君は………将輝君では無いか」



「お久しぶりです。斎藤教授」



 斎藤教授。

 僕のAI開発をかなり支えてくれた大学教授だ。この人から頂いた技術は、アンナ開発に大いに役立った。

 が、今はそんなことを気にしている場合ではない。



「斎藤教授…………つかぬ事をお伺いしますが」



「3ヶ月ほど前に、?」



 斎藤教授の顔色が、あからさまに変わった。



「なぜ………そんなことを聞く?」



「忘れもしませんよ………『い』の『65-88』の赤い車…………僕の人生を狂わせたと同時に………」



「杏奈の人生を終わらせたこの車の事はね………」



 斎藤教授は強引に僕の腕を振り払い、メガネを掛け直してから言った。



「そうか…………君の彼女だったのか………私もAIの研究をしていることは知っているよね?もちろん、君よりも遥か前に」



「その過程で、車の自動運転システムも作ったんだよ」



 僕ははっとする。



「まさか…………」



「君の彼女さんには感謝してるよ………おかげで研究が進んだからね…………」



 怒りを通り越した何かが僕の脳をスーッと通り過ぎて行った。感情と呼べるものではない何かが僕の心を支配した。



「貴方は何の為に………AIを作ろうとした?」



「もちろん………社会をより良くするため、私達の生活をより豊かにするためだ。AIの力で機械の自動化を進めて人々の暮らしを………」



「黙れ!」



 自分でも驚く程の大声を出した。



「AIは、確かに生きていないかもしれない。でも!僕たち人間と同じ様に意志があるんだ!美味しい物を食べて幸せそうにしたり、寒さを感じて身を寄せたり!人間と変わりなく感情があるんだよ!それを全て無視して人間に都合のいいAI社会を作ろうだと?だとしたらそんなこと、僕が許さない!」



 僕は斎藤教授の胸ぐらを掴み、そう叫ぶ。



「君が………言えたことでは無いだろ…………」



 教授の反論に僕は眉を動かす。



「君だって、彼女を失ったからって彼女そっくりのAIを開発したじゃないか。私の目的とどう違うんだい?」



「…………………っ!」



 僕には、何も言い返すことが出来なかった。斎藤教授のその言葉は、紛れもない真実だったのだから。

 僕は何もできずに斎藤教授に促されるまま警察に通報し、教授は過失致死罪で逮捕された。でも、斎藤教授は何か言いたげにこっちを見ながらパトカーに入っていき、僕の心にはモヤモヤとした何かが残った。







「ごめんね?待たせちゃって」



「…………代わりだったの?」



 アンナの言葉に耳を疑った。



「私は将輝の本当の彼女の代わりだったの?将輝が好きだったのは私じゃなくて本当の彼女の方だったの?私は、私として存在できないの………?そんなの………やだよ…………私は………私のまま…………将輝に………好きになってもらいたいよ……………」



 アンナは涙を流し出した。

 僕は自分の行いに深い反省を抱いた。杏奈はいないって分かっていても、僕は杏奈に依存してしまっていた。杏奈とアンナは別人だって分かっていても、僕は2人を重ねてしまった。

 それでいて、アンナの本当の気持ちに寄り添ってあげられなかった。僕はアンナを、自分の好きなように作り替えてしまっていたのだ。



 僕はアンナを抱きしめた。



「ごめん…………アンナ……………僕は………アンナの事を僕の都合よく考えてしまっていた。杏奈を失ったショックから立ち直れないまま、アンナにまで辛い思いをさせてしまった。僕のせいだ…………全部、何もかも僕のせいだ」



 僕はどうやっても罪を消すことが出来ないと思う。いっそのこと、もう命を断ってしまおうか、そう思っていた。

 でも、アンナは僕にこう言ってくれた。



「将輝の事………全部教えて?私に、辛かったことも楽しかったことも。全部、私が一緒に受け止めてあげるから。私は…………その、AIだから将輝とは違うけど、それでも私、将輝の事が好き。だからさ私に全部、話してくれる?」



 アンナの優しい笑顔を見せられた僕は確信した。完敗だ。もう、僕に反論の余地は無い。

 アンナはこんな僕でも愛してあげるって言ってくれたんだ。だったら、僕にはアンナの思いに答える義務がある。それが、恋人同士の絆って物だと思うから。



「全部、全部話すよ。杏奈の事も、アンナの事も。それでも、もしそれでも僕を愛してくれるなら…………」





































「まだ余裕があるけど、どうする?」



「じゃあ………先にお姉ちゃんのとこ、行こ?」



「…………そうだな」



 僕達は家を出て車を走らせた。

 見慣れた街並みを過ぎた先には、灰色に輝く四角い石が連なっている。

 僕達はその中の、「山内家」と書かれた石の前に花束と袋に入ったクッキーを置いた。



 カチッカチッ。

 ライターで線香に火をつけ金網の上に置き、手を合わせた。



「そっか………杏奈が死んでから、もう2年か」



 そう思うと、なんだか長いような短いような。この2年間、色々なことがあったな。

 杏奈が死んだから、今のアンナがいる。もし杏奈が生きていたら、今のアンナの位置に杏奈はいてくれたのだろうか。

 いや、考えても仕方ないか。



「じゃあ………行くね、お姉ちゃん」



 そういえば、アンナは杏奈をお姉ちゃんと呼ぶようになった。まぁ本人が自分からそう呼ぶと決めたらしいし、杏奈も悪い気はしないだろう。



「また来るよ、杏奈」



 僕は杏奈に別れを告げ、アンナとの新しい一歩を踏み出す為にまた車を走らせた。



 12月6日。

 杏奈の命日でもあるこの日、世界初の『人間とAIの結婚式』が開かれた。

 束ねられた黄色の花は、まるで僕とアンナを祝う杏奈のように見えた。
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みんなの感想(1件)

にゃしゃ
2018.06.21 にゃしゃ

かなしい…っす……
でも、最後は幸せになれて良かった……

解除

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