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【4】フォローしてくれる優しさに感動

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 ――召喚獣が人型の場合、自宅に招いて一緒に暮らすと決まっている。

 これは古の建国当初に、初代国王陛下が人型召喚獣をそばに置いた時に決定されたらしい。

 この日は、リヒト先輩による召喚も行われるはずだったが、急遽取りやめになった。
 私は帰宅するように学院側から促された。

 迎えに来ていた馬車に、クライと共に乗り込んで侯爵家の本邸を目指す。隣に座っている間、クライはずっと私の左手をギュッと握っていた。恋人つなぎである。恥ずかしいが、温もりが嬉しい。人間よりも、少しだけ体温が低いみたいだ。

 中に入ると、扉を開けてくれた侍女達の向こうには、ずらりと出迎えの召還獣が――何故なのか並んでいなかった。いつもだったら、いるのに。

「どうしたのかしら?」
「何がだ?」
「召還獣がいないの」
「みんな俺の気配に怯えて隠れたんだ」
「え?」
「俺を――クラインディルヴェルトを知らない召還獣などいない。そうだな、人間の概念で言うなら、召還獣にとって俺は、邪神とでも言えばいいのか。破壊と再生を司っている。だから俺は、何に縛られることもない」
「破壊と再生……!? つまり、土木工事に向いていらっしゃるのね?」
「――は?」
「私の母は岩を、父は水を、それぞれ用いて、若かりし頃、王都西一体を開拓した事があるそうですの。偉業です。クライも同じことができるだなんて……素晴らしいわ。私にも、今後何か両親や兄弟を手伝えることがあるのかもしれません」

 嬉しくなって私が頬に手を添えると、何故なのかクライが遠い目をしていた。
 そんなやりとりをする私達の横で、執事のロビンだけが頭を下げている。私は声をかけて、応接間へと先導してもらった。そして温かいルニス茶を淹れてもらう。甘い花の香りがする。ティスタンドには、フルーツタルトが並んでいた。宝石のようである。

 それを食べようとした時、侍女がノックをして入ってきた。

「お嬢様、ジェイド様とヴォルフ様、それとお連れの――第一騎士団の主任だと仰る騎士様がお見えです」
「お兄様とヴォルフ様が? え? ヴォルフ様も?」

 私は思わず首を傾げた。
 父と共に第二騎士団で働いている兄が、第一騎士団の人間を連れてくるのは、自然な流れである。
 第一騎士団は召還獣研究をしているから、最強の召還獣を喚び出した私の話が聞きたいはずだ。

 しかし、許婚のヴォルフ様は、召還獣にも私にもあまり興味はない。これまでを振り返ると、私が幼い頃にしか、この館には来たことがない。そのため、なぜ今日に限ってくるのかが不思議だった。興味があるにしても、後日ゆっくり日取りを決めてから訪れそうなものだからである。

 不思議に思いつつ、クライを見た。

「紹介させて頂いても良いかしら?」
「ああ。お前は俺の主人なんだから、好きにすれば良い。嫌な場合は、従わないだけだ」

 楽しそうな目をして頷いたクライに、私は少し安堵した。
 そのまま、この応接間にお兄様とお客様達を通した。
 座ると最初に、兄が騎士様を紹介してくれた。

「こちらはウィルナード第三王子殿下で、俺達には従兄弟にあたる。まだお会いしたことがなかっただろう?」

 飴色の髪と目をしだ殿下に、私は慌てて頭を下げた。無精ひげも茶色だった。

「いやいや楽にしてください――それにしても、イリス嬢の才能は非常にすごい。そこで折り入って頼みが」

 にこやかに殿下が言う。お兄様はそれを穏やかに微笑しながら見ていた。
 ヴォルフ様はいつもと同じ無表情で眺めている。

「召喚時に使用した召還獣古代語の召喚条件鍵言葉を教えて欲しいんだ」

 来た、来てしまった。私はこの質問をされると想定していた。

 ――私が指定したのは、『イケメン』である。『優しくしてください』という呼び出し文句を何度も刻んだ魔方陣を構築した。

 しかし、しかしである。

 そんな事は恥ずかしくて言えない。こっそりとであれば言えないこともなかったかもしれないが、すぐそばに私の許婚がいる状況では無理だ。チラリとヴォルフ様を見る。ティカップを手に、前を向いていた。私には相変わらず興味が無さそうである。

 どうしよう。そう考えていたら――隣に座っていたクライが、私の方に腕を回し、軽く抱き寄せるようにした。

「それはなぁ、二人っきりの秘密なんだ。麗しく可憐な主人のイリス――優しい心で国を憂いた繊細な主人との、二人だけの鍵言葉だ。お前達にお教えてやるつもりはない。な?」

 クライがそんな事を言った。私の肩を抱き寄せる腕の力は優しいが、強い。
 突然のことに驚きすぎて、私は硬直して、ぽかんとしていた。
 フォローだ。フォローされた! 窮地を救ってもらっている。優しい!
 感動したら、私は思わず微笑をこぼしてしまった。

 パリンとカップが割れたのはその時の事である。

 何事かと思って視線を向けると、ヴォルフ様が持っていたカップが、持ち手を残して砕け散っていた。バラバラになって、さらには陶器が熔けているように見える……? 何事だろうか。目を見開いていると、ヴォルフ様が立ち上がった。そして私とクライを見ながら目を細める。

「――召喚獣と恋に落ちるのは召喚術師としての禁忌だ。穿った見方をされないように、わきまえて行動した方が良いんじゃないの?」

 冷えた声でそれだけ言うと、ヴォルフ様は部屋を出て行った。

 確かに、ヴォルフ様の言う通りなのである。人間と召喚獣が恋をしてはならないというのは、召喚術師の規則の一つだ。召喚術に触れて最初に習う。なぜそんな当然のことを言われたのか不思議に思っていると、お兄様と殿下が顔を見合わせた。二人は苦笑しながら立ち上がり、ヴォルフ様を追いかけるように帰っていった。



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