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【13】星啼蓮の水面
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風邪で一日お休みした後、私は学院に復帰した。
寧ろ前より元気なほどで、ここの所色々あった疲れも全て取れた気がした。
清々しい気分で講義を受け、リヒト先輩とミネロム先生と、召喚獣の言葉の最新語辞典も必要だろうと話し合った。言語は流動的だ。資料探しと、各々の召喚獣への聴取の段取りを決めている内に、放課後になった。先輩はこの後、エリオット帝の所に行くらしい。それを見送り別れの挨拶をした時だった。残っていた先生が私を見ていることに気がついた。
「先生? どうかなさいました?」
「その……風邪はもう良いのか?」
「ええ。ありがとうございます。もうすっかり平気ですわ」
「ここのところは色々あったからな、気疲れもあったのかもしれない。きちんと休むことも仕事だ。帰宅してからは、疲れをよく取るように」
「分かりました。ありがとうございます――先生は、どうやって疲れを取っておられるのですか?」
何とはなしに私は聞いた。ふと思いついただけである。
「俺か? 俺は大抵、西リズリ湖に、星啼蓮を見に行くな」
「星啼蓮? お花ですか?」
「――ああ。召喚獣と親和性のある水中花だ。見に行くか?」
「行きたいです。先生は、もう今日は終わりですか?」
「終わりだが、今からか?」
「ダメですか?」
「べ、別に構わないが、お前、本当に体調はもう良いのか?」
「大丈夫ですわ」
心配してくれる先生の優しさが嬉しかった。先生は、普段は厳しいし、意地の悪い事を言うのだが、こうしたふとした時に見せてくれる優しさがある。私はそれが好きだ。なぜなのか理由なく、度々先生のことを私は思い浮かべるのだが、その時に脳裏をよぎるのは、いつも優しいところである。なぜ先生の顔が頭に浮かんでくるのかはわからない。
きっとイケメンだからだろう。本当にイケメンとは得な生き物だ。
二十代半ばだという先生は、お兄様と歳が近いので親近感がわく。
そんなことを考えながら、ラヴェンデル侯爵家の馬車で、先生が教えてくれた西リズリ湖へと向かった。先生はずっと窓の外を見ている。何を見ているのだろうかと視線を向けたら、硝子越しに目があった。硝子に映っている先生は微笑していて、折角ならば私を見て笑ってくれたら良いのにだなんて思ってしまった。
西リズリ湖の入口で馬車を降り、二人で星啼蓮が一番沢山ある場所まで歩くことにした。既に右側は水海で、星のように輝く花が、水中で煌めいている。そのため、まだ日が昇っていて星が輝く時間ではないのだが、水面だけが星空を映しているように見える。空は昼で、水海だけが夜の表情をしているのだ。非常に幻想的な風景だった。
「この景色、召喚獣達の世界にとても近いと聞いた事があるんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。俺はここで俺の召喚獣と出会ってな。その時に、色々と話をして、教えてもらったんだ」
「綺麗な一角獣ですか?」
「そうだ。ハウトと言うんだ」
それから私達は、召喚獣の世界についてしばらく雑談をした。先生の落ち着く声が、聞いていてとても心地良い。周囲に人気はなく、星と陽光の間で、私達は二人きりで長らく召喚獣に思いを馳せた。そうしていた時、ポツリと先生が言った。
「一度この景色をお前に見せたかったんだ」
「どうして私に?」
首を傾げた私に、先生が向き直った。真剣な瞳をしていた。
「俺から見ると、いつも侯爵令嬢であろうとして笑っているお前の作った上辺は、本当に鼻につくんだ。偽善が悪いことだとは思わないが、優しさを振りまきながら時折疲れた顔をしているのを見ると、無性に心配になる。反面、熱心に――召喚術に夢中になっている時の、輝いているお前の瞳。俺はたまに目が離せなくなる。貴族が色々と難しいのだろうという事は、概念では理解できる。ただな、好きなことをして、明るく笑うお前を見ていたい。講義中、俺とリヒトしかいないと、度々崩れる貴族の仮面、それが愛らしくてな。大人びた容姿をしてはいるが、まだまだ子供なんだろうと思ったよ。だから教師として、愛弟子の幸せを俺はいつも願っているから……その、なんだろうな……とにかく見せたかったんだ。イリスが紐解いている召喚獣の世界は、こうして身近でも触れることが出来るというか、その――……俺は、笑っているお前が好きだ」
先生は真剣に話していたのだが、最後の方は何故なのか聞き取れないほどの小声になり、顔を背けてしまった。だが、私は胸を打たれて泣きそうだった。先生がこんなことを考えてくれていたなんて、幸せで仕方が無かった。何故なのか、喜びが胸に満ちていくのだ。私は嬉しさ極まって、涙ぐんだ。
その時、どこか照れくさそうに、焦るように先生が言った。
「まぁ見てもつまらなかったかもしれないが」
「そんな事はありませんわ。私、連れてきていただいて、本当に良かったです」
私は笑顔で首を振る。するとそれを見て先生もまた優しく微笑んだ。
それは馬車の窓硝子に映っていたものにとても良く似ている気がした。
こうして、私達は本物の星が輝き出す少し前に帰路に着いた。
寧ろ前より元気なほどで、ここの所色々あった疲れも全て取れた気がした。
清々しい気分で講義を受け、リヒト先輩とミネロム先生と、召喚獣の言葉の最新語辞典も必要だろうと話し合った。言語は流動的だ。資料探しと、各々の召喚獣への聴取の段取りを決めている内に、放課後になった。先輩はこの後、エリオット帝の所に行くらしい。それを見送り別れの挨拶をした時だった。残っていた先生が私を見ていることに気がついた。
「先生? どうかなさいました?」
「その……風邪はもう良いのか?」
「ええ。ありがとうございます。もうすっかり平気ですわ」
「ここのところは色々あったからな、気疲れもあったのかもしれない。きちんと休むことも仕事だ。帰宅してからは、疲れをよく取るように」
「分かりました。ありがとうございます――先生は、どうやって疲れを取っておられるのですか?」
何とはなしに私は聞いた。ふと思いついただけである。
「俺か? 俺は大抵、西リズリ湖に、星啼蓮を見に行くな」
「星啼蓮? お花ですか?」
「――ああ。召喚獣と親和性のある水中花だ。見に行くか?」
「行きたいです。先生は、もう今日は終わりですか?」
「終わりだが、今からか?」
「ダメですか?」
「べ、別に構わないが、お前、本当に体調はもう良いのか?」
「大丈夫ですわ」
心配してくれる先生の優しさが嬉しかった。先生は、普段は厳しいし、意地の悪い事を言うのだが、こうしたふとした時に見せてくれる優しさがある。私はそれが好きだ。なぜなのか理由なく、度々先生のことを私は思い浮かべるのだが、その時に脳裏をよぎるのは、いつも優しいところである。なぜ先生の顔が頭に浮かんでくるのかはわからない。
きっとイケメンだからだろう。本当にイケメンとは得な生き物だ。
二十代半ばだという先生は、お兄様と歳が近いので親近感がわく。
そんなことを考えながら、ラヴェンデル侯爵家の馬車で、先生が教えてくれた西リズリ湖へと向かった。先生はずっと窓の外を見ている。何を見ているのだろうかと視線を向けたら、硝子越しに目があった。硝子に映っている先生は微笑していて、折角ならば私を見て笑ってくれたら良いのにだなんて思ってしまった。
西リズリ湖の入口で馬車を降り、二人で星啼蓮が一番沢山ある場所まで歩くことにした。既に右側は水海で、星のように輝く花が、水中で煌めいている。そのため、まだ日が昇っていて星が輝く時間ではないのだが、水面だけが星空を映しているように見える。空は昼で、水海だけが夜の表情をしているのだ。非常に幻想的な風景だった。
「この景色、召喚獣達の世界にとても近いと聞いた事があるんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。俺はここで俺の召喚獣と出会ってな。その時に、色々と話をして、教えてもらったんだ」
「綺麗な一角獣ですか?」
「そうだ。ハウトと言うんだ」
それから私達は、召喚獣の世界についてしばらく雑談をした。先生の落ち着く声が、聞いていてとても心地良い。周囲に人気はなく、星と陽光の間で、私達は二人きりで長らく召喚獣に思いを馳せた。そうしていた時、ポツリと先生が言った。
「一度この景色をお前に見せたかったんだ」
「どうして私に?」
首を傾げた私に、先生が向き直った。真剣な瞳をしていた。
「俺から見ると、いつも侯爵令嬢であろうとして笑っているお前の作った上辺は、本当に鼻につくんだ。偽善が悪いことだとは思わないが、優しさを振りまきながら時折疲れた顔をしているのを見ると、無性に心配になる。反面、熱心に――召喚術に夢中になっている時の、輝いているお前の瞳。俺はたまに目が離せなくなる。貴族が色々と難しいのだろうという事は、概念では理解できる。ただな、好きなことをして、明るく笑うお前を見ていたい。講義中、俺とリヒトしかいないと、度々崩れる貴族の仮面、それが愛らしくてな。大人びた容姿をしてはいるが、まだまだ子供なんだろうと思ったよ。だから教師として、愛弟子の幸せを俺はいつも願っているから……その、なんだろうな……とにかく見せたかったんだ。イリスが紐解いている召喚獣の世界は、こうして身近でも触れることが出来るというか、その――……俺は、笑っているお前が好きだ」
先生は真剣に話していたのだが、最後の方は何故なのか聞き取れないほどの小声になり、顔を背けてしまった。だが、私は胸を打たれて泣きそうだった。先生がこんなことを考えてくれていたなんて、幸せで仕方が無かった。何故なのか、喜びが胸に満ちていくのだ。私は嬉しさ極まって、涙ぐんだ。
その時、どこか照れくさそうに、焦るように先生が言った。
「まぁ見てもつまらなかったかもしれないが」
「そんな事はありませんわ。私、連れてきていただいて、本当に良かったです」
私は笑顔で首を振る。するとそれを見て先生もまた優しく微笑んだ。
それは馬車の窓硝子に映っていたものにとても良く似ている気がした。
こうして、私達は本物の星が輝き出す少し前に帰路に着いた。
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