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【8】やりたくない事
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その内に、部活の大会があった。
相変わらずイヤイヤやっていたのだが、なんだか優勝してしまった。
小学生の頃からやっていたからだろう。
「クラブやってた奴らに勝つなんて、さすが! 雛辻先生の指導の上に、顧問俺だもんな。あたりまえか!」
と、顧問の先生は褒めてくれたし、秋葉ちゃんも「おめでとう」と普通に祝福してくれた。あまりスポーツに活発な学校ではなかったので、色々な人に褒めてもらった。とても嬉しかった。これまでの人生で、運動で褒められたことが、リレーと100m走と走り幅跳びしかなかったからだと思う。
まぁたまたまだろうと思っていたら、中学三年間、ずっと優勝した。
練習が嫌いで嫌いで仕方が無かったのに、中学最後の大会まで、ずっとやらせられた。自発的にじゃない。母も顧問の先生も、ものすごく期待をしていたのだ。やって当然、という感じだ。もう、「やりたくないです」なんて言える空気ではなかったのである。
個人競技だったから、暇さえあれば練習させられた。パソコンも取り上げられた。私は、こんなに練習したら、誰だって優勝できると思った。しかしみんなは「才能が有るね!」と言っていた。勘違いである。二人が鬼だっただけだ。
だって相変わらずほかの運動は、マット運動系の柔軟的なものと瞬発力系以外、なにもできなかったのだ。球技なんて特にダメだ。唯一の特技は、前方倒立回転飛びくらいのものだったのである。
ただこの学校、一つだけ昔から有名な運動部があった。
それが、舞莉ちゃんがスポ少時代からやっていたスポーツで、聞いた話によると、毎年この部から中体連功労賞を貰う人が出るという話だった。ふぅんと思って、最初は聞いていた気がする。
なお、中二の終わりに、生徒会選挙と次期委員会委員長決めと各部の部長決めがあった。私は、絶対に生徒会系統も部長系もやりたくなかった。しかし、図書委員長ならいいかもしれないと思っていて、やらないかと聞かれた時、やりますと即答した。そうじゃないと他のどれかをやらされそうだったからだ。
また、念には念を入れた。選挙管理委員会に入れば、生徒会選挙には必然的に出なくて良くなる。私は迷わず入った。さらに生徒会と学級委員長の掛け持ちは制度的に禁止なので、初めて学級委員長に立候補した。なお、こちらは規則ではないが、部長と委員会委員長はかけもちしないので、私は完全に部長はやらなくて良いと思っていた。
何故生徒会関係について警戒していたか述べると、一つ上の代の副会長が図書委員だったため、私はとても親しくて、その先輩に度々「応援演説するからね!」と言われ続けていたからである。応援演説は、前の代のその位置だった人か、その他の校内で何らかの形で有名になった人が行う場合が多かった。なお、各委員会委員長と生徒会はかけ持てる制度だった。あんまりよく覚えていないが、変な学校だったのは確かだ。
この先輩が図書委員会の委員長だったので、私はその座をまず譲ってもらったのである。これで全てが上手くいったと確信していた。そうして、色々と代替わりする時期が訪れた。すると、広大くんに声をかけられた。
「俺、会長出るわ!」
「やっぱりそうなんだ! 頑張ってね!」
広大くんは、こういうのが大好きだと、もう私は知っていた。
満面の笑みで頷いた彼が、その直後、私に言い放った。
「お前が副会長だから、気が楽だわ」
「――は?」
「俺は人気者だし、お前は性格と頭いいから絶対選挙受かるし! もう確定だろ!」
「いやいやいや、私選管だし、図書委員長だし。出ない出ない。冗談やめてよー!」
そんなやり取りをしていると、担任の先生と舞莉ちゃんが教室に入ってきた。
そして先生が、笑顔で私を見た。
「雛辻、選管変更の手続きしておいたから。立候補書も出しておいたぞ。学級委員長、今から新しいやつ決めるから。いやぁ、俺のクラスから三人も立候補者が出るとはなぁ」
私はポカンとするしかなかった。
――確かに、出馬する場合は、選管を別の人に変更してもらうのだ。
しかし私は、生徒会選挙に出るなんて、一言も口にしていない。
なお、三人とは、広大くんと私と舞莉ちゃんである。
結果として、図書委員会の先輩に応援演説をしてもらい、私は副会長になった。
会長は広大くん、舞莉ちゃんは書紀だ。会計以外、顔見知りだったのである。
正直、私は選挙に出てしまえば、受かってしまう自信があった。
純粋に知名度の問題だ。
私は、私が知らない相手にも、知られていることが多かったのだ。
絵画はともかく、なんだか美術で適当に作ったブロンズ像のようなものとか壺みたいなものまで、県の造形展で表彰されてしまったのだ。本気でこの県の人々は、美術に関して見る目がない。だって、かなり適当に作ったのだ。あとは、もちろん部活で、優勝の度に、全校生徒の前で賞状をもらっていたことが大きい。
最後はあれだ、勉強だ。なんだかんだで、成績順位はみんなの間に回っていたのだ。結局ずっと一夜漬けだった私であるが、上述したとおり、三年二学期の中間テストまでひたすら一位だったので、「頭が良い人」として、有名だったらしいのだ。
そして私は、成績を隠し通そうといつも頑張っていたし、決して自分からその話を振らなかった。イジメられたくなかったからだ。それと部活に関しても、本音としてやりたくなかったので、私的な場で話題に出すことすら嫌だった。が、それが周囲にはプラスに映っていたらしいのだ。
その結果、「勉強ができるのに鼻にかけない」「運動ができるのに鼻にかけない」「いばらない」「性格が良い」「優しい」と言われるようになっていたのだ。みんな、大きな勘違いをしていたのである。
私はそれを知った時、全然そんなことないと伝えたのだが、みんな謙遜しなくていいと言った。どうしていいのかわからなかった。おそらく「性格が良い」と「優しい」は、押しに弱くて大体なんでも引き受けていたからそう見えたのだろう。この結果、「活発的で明るい」と言われることも多かったが、違う。私は、断れなかっただけなのだ!
まぁ顔見知りが三人いるし、会計の人も良い人そうだし、図書委員長との掛け持ちは前例があるし、仕方がないかなぁ。こう考えて、私は数日過ごした。そして、部長を決める日がやってきた。一応部員の話し合いと先生の決定で決まる。秋葉ちゃんだろうと私は思っていた。だが、満場一致で私の名前が挙がった。
これも予想済みだった。なにせ、優勝しまくっているのは、私だけで、そもそもこのスポーツは、あまりこの辺ではメジャーではないし、この学校は基本的には強くないのであえる。そこで私は図書委員長との掛け持ちは無理だからと伝えた。そして私の中では最悪でもあったが、副会長になったのだからと、それも口に出した。
だが、規則的には、委員会と部長の掛け持ちはOKだし、生徒会と部長は完全OKだし、何の問題もないと、やっぱり押しの強い先生に説得され、私は引き受けてしまった。
こうして、この学校初の、三つ「長」をやっている人間が誕生したのである。
相変わらずイヤイヤやっていたのだが、なんだか優勝してしまった。
小学生の頃からやっていたからだろう。
「クラブやってた奴らに勝つなんて、さすが! 雛辻先生の指導の上に、顧問俺だもんな。あたりまえか!」
と、顧問の先生は褒めてくれたし、秋葉ちゃんも「おめでとう」と普通に祝福してくれた。あまりスポーツに活発な学校ではなかったので、色々な人に褒めてもらった。とても嬉しかった。これまでの人生で、運動で褒められたことが、リレーと100m走と走り幅跳びしかなかったからだと思う。
まぁたまたまだろうと思っていたら、中学三年間、ずっと優勝した。
練習が嫌いで嫌いで仕方が無かったのに、中学最後の大会まで、ずっとやらせられた。自発的にじゃない。母も顧問の先生も、ものすごく期待をしていたのだ。やって当然、という感じだ。もう、「やりたくないです」なんて言える空気ではなかったのである。
個人競技だったから、暇さえあれば練習させられた。パソコンも取り上げられた。私は、こんなに練習したら、誰だって優勝できると思った。しかしみんなは「才能が有るね!」と言っていた。勘違いである。二人が鬼だっただけだ。
だって相変わらずほかの運動は、マット運動系の柔軟的なものと瞬発力系以外、なにもできなかったのだ。球技なんて特にダメだ。唯一の特技は、前方倒立回転飛びくらいのものだったのである。
ただこの学校、一つだけ昔から有名な運動部があった。
それが、舞莉ちゃんがスポ少時代からやっていたスポーツで、聞いた話によると、毎年この部から中体連功労賞を貰う人が出るという話だった。ふぅんと思って、最初は聞いていた気がする。
なお、中二の終わりに、生徒会選挙と次期委員会委員長決めと各部の部長決めがあった。私は、絶対に生徒会系統も部長系もやりたくなかった。しかし、図書委員長ならいいかもしれないと思っていて、やらないかと聞かれた時、やりますと即答した。そうじゃないと他のどれかをやらされそうだったからだ。
また、念には念を入れた。選挙管理委員会に入れば、生徒会選挙には必然的に出なくて良くなる。私は迷わず入った。さらに生徒会と学級委員長の掛け持ちは制度的に禁止なので、初めて学級委員長に立候補した。なお、こちらは規則ではないが、部長と委員会委員長はかけもちしないので、私は完全に部長はやらなくて良いと思っていた。
何故生徒会関係について警戒していたか述べると、一つ上の代の副会長が図書委員だったため、私はとても親しくて、その先輩に度々「応援演説するからね!」と言われ続けていたからである。応援演説は、前の代のその位置だった人か、その他の校内で何らかの形で有名になった人が行う場合が多かった。なお、各委員会委員長と生徒会はかけ持てる制度だった。あんまりよく覚えていないが、変な学校だったのは確かだ。
この先輩が図書委員会の委員長だったので、私はその座をまず譲ってもらったのである。これで全てが上手くいったと確信していた。そうして、色々と代替わりする時期が訪れた。すると、広大くんに声をかけられた。
「俺、会長出るわ!」
「やっぱりそうなんだ! 頑張ってね!」
広大くんは、こういうのが大好きだと、もう私は知っていた。
満面の笑みで頷いた彼が、その直後、私に言い放った。
「お前が副会長だから、気が楽だわ」
「――は?」
「俺は人気者だし、お前は性格と頭いいから絶対選挙受かるし! もう確定だろ!」
「いやいやいや、私選管だし、図書委員長だし。出ない出ない。冗談やめてよー!」
そんなやり取りをしていると、担任の先生と舞莉ちゃんが教室に入ってきた。
そして先生が、笑顔で私を見た。
「雛辻、選管変更の手続きしておいたから。立候補書も出しておいたぞ。学級委員長、今から新しいやつ決めるから。いやぁ、俺のクラスから三人も立候補者が出るとはなぁ」
私はポカンとするしかなかった。
――確かに、出馬する場合は、選管を別の人に変更してもらうのだ。
しかし私は、生徒会選挙に出るなんて、一言も口にしていない。
なお、三人とは、広大くんと私と舞莉ちゃんである。
結果として、図書委員会の先輩に応援演説をしてもらい、私は副会長になった。
会長は広大くん、舞莉ちゃんは書紀だ。会計以外、顔見知りだったのである。
正直、私は選挙に出てしまえば、受かってしまう自信があった。
純粋に知名度の問題だ。
私は、私が知らない相手にも、知られていることが多かったのだ。
絵画はともかく、なんだか美術で適当に作ったブロンズ像のようなものとか壺みたいなものまで、県の造形展で表彰されてしまったのだ。本気でこの県の人々は、美術に関して見る目がない。だって、かなり適当に作ったのだ。あとは、もちろん部活で、優勝の度に、全校生徒の前で賞状をもらっていたことが大きい。
最後はあれだ、勉強だ。なんだかんだで、成績順位はみんなの間に回っていたのだ。結局ずっと一夜漬けだった私であるが、上述したとおり、三年二学期の中間テストまでひたすら一位だったので、「頭が良い人」として、有名だったらしいのだ。
そして私は、成績を隠し通そうといつも頑張っていたし、決して自分からその話を振らなかった。イジメられたくなかったからだ。それと部活に関しても、本音としてやりたくなかったので、私的な場で話題に出すことすら嫌だった。が、それが周囲にはプラスに映っていたらしいのだ。
その結果、「勉強ができるのに鼻にかけない」「運動ができるのに鼻にかけない」「いばらない」「性格が良い」「優しい」と言われるようになっていたのだ。みんな、大きな勘違いをしていたのである。
私はそれを知った時、全然そんなことないと伝えたのだが、みんな謙遜しなくていいと言った。どうしていいのかわからなかった。おそらく「性格が良い」と「優しい」は、押しに弱くて大体なんでも引き受けていたからそう見えたのだろう。この結果、「活発的で明るい」と言われることも多かったが、違う。私は、断れなかっただけなのだ!
まぁ顔見知りが三人いるし、会計の人も良い人そうだし、図書委員長との掛け持ちは前例があるし、仕方がないかなぁ。こう考えて、私は数日過ごした。そして、部長を決める日がやってきた。一応部員の話し合いと先生の決定で決まる。秋葉ちゃんだろうと私は思っていた。だが、満場一致で私の名前が挙がった。
これも予想済みだった。なにせ、優勝しまくっているのは、私だけで、そもそもこのスポーツは、あまりこの辺ではメジャーではないし、この学校は基本的には強くないのであえる。そこで私は図書委員長との掛け持ちは無理だからと伝えた。そして私の中では最悪でもあったが、副会長になったのだからと、それも口に出した。
だが、規則的には、委員会と部長の掛け持ちはOKだし、生徒会と部長は完全OKだし、何の問題もないと、やっぱり押しの強い先生に説得され、私は引き受けてしまった。
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