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第3章 声だけカワイイ俺と引きこもりの侯爵子息
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ゼオが顔を上げる。灰色の瞳が、すっと細くなる。
「『やりたくもない仕事』って?」
「さあ? なんだろうな」
「……」
「心当たりがないならいい。俺が、血まみれで倒れてるゼオを二度と見なくて済むなら、それで」
室内に沈黙が落ちる。
次に聞こえたのは――ゼオが、ぐしゃっと髪をかき上げる音だった。
「……あーあ。箱入り坊ちゃんのくせに、なんで気づくかな。俺、そういう血なまぐさい世界の話は避けてきたと思うんだけど」
投げやりになるゼオを、俺は静かに見つめる。
まあ、ゼオの言うとおりなのだけど。
実際、俺は気づいてなかった。ゼオのことは「個性的だな」くらいにしか思っていなくて。その特殊性の意味するところに気づいたのは、前世の記憶を取り戻してからである。
出会った時、血まみれで倒れていたこと。
足音を立てないで歩く癖があること(気づいたら背後にいた、みたいなことが結構あった)。
おまけに習得している魔法は【防音】や【気配遮断】の結界に、軽い汚れや匂いを落とせる【浄化】、小さなものなら隠して持ち歩ける【収納】。
……『これ、暗殺や諜報を生業にしてる裏社会の人間では?』と物騒なことを言い出す前世の記憶に、自他共に認める箱入り坊ちゃんの俺は、ずっと半信半疑でいて。
だから、ちょっとかまをかけてみたのだが。
うーん。ゼオの反応を見るに、まったくの的外れというわけでもなさそうだな……
「それで? 返事は?」
乱れた髪を直してやりながら尋ねると、ゼオは何か言いたげに俺を見てくる。
「? なに?」
「……聞かなくていいわけ? 俺のことー」
「聞いてほしいなら聞くけど。そういう顔してないだろ」
「本当に大丈夫? 俺、実は過去にものすごい数の人間殺してるかもよ?」
挑発するような眼差しに、俺はちょっと眉をひそめる。
「それならそれで構わない。そんなことより、俺が聞きたいのはこれからのことなんだけど」
「やりたくない仕事はやるなって? じゃあ何? その仕事が好きなら、復帰してもいいのー?」
「いいよ。でも、命にかかわるような大怪我負うのだけは避けろよ。絶対に」
ゼオが口を噤む。再び沈黙が生まれた。
「返事」
顔を持ち上げ、強引にこちらを向かせて催促すると、渋面で思いっきり睨まれる。
が、ややあって、ため息とともに目の前の灰色の瞳が伏せられて。
ゼオはそのまま脱力し、ばたりとベッドに倒れ込んだ。
「…………嫌々やってたわけじゃないけど。かといって、好きでやってたわけでもないから。……もーやらない」
「そっか」
「……」
ラビ、と今まで聞いた中で一番弱々しい声でゼオが俺を呼ぶ。
「……ねえ、ほんとに引いてない? 俺のこと、嫌じゃない……?」
俺はぱちりと瞬きする。
まったく、何を気にしているのかと思えば。
「ゼオはゼオだろ。そんなことで嫌いにならないよ」
呆れながら頭を撫でる。
ふいっと目を逸らしたゼオは、シーツに顔を埋めて、ついでとばかりに本音を漏らしだした。
「俺……あの家にいた時、結構我慢してたんだよ? 子爵に性悪女、ヴァルハイドのクソ共を何度殺してしまおうと思ったか……ラビが望まないだろうから、殺らなかったけど……」
俺は苦笑いする。
「そうだな……たしかに死んでほしいとまでは思ってないかな。もう二度と俺に関わらないでくれれば、それで満足っていうか」
そうして、ふと、見下ろした先にある、黒髪に目をとめる。
「なあ、この髪も本当は別の色だったりする?」
同じ洗髪剤を使っていたのに、奇妙なほどに艶の出ないゼオの黒髪。何かの魔法でもかけているのだろうか。
「まーね。……なに、見たい?」
「見せてくれんの?」
「んー、そのうちね。ラビになら、見せてあげてもいいかなー」
くすくす笑うゼオ。……なんか、俺の思っている以上に多くの秘密を抱えてそうだな?
まあ、いいか。
さっきの言葉に嘘はない。俺にとってゼオはゼオで、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
微笑みを返した俺は、ゼオの頭をぽんと優しく叩く。
「了解。それじゃ、その時まで楽しみに待ってるよ」
「『やりたくもない仕事』って?」
「さあ? なんだろうな」
「……」
「心当たりがないならいい。俺が、血まみれで倒れてるゼオを二度と見なくて済むなら、それで」
室内に沈黙が落ちる。
次に聞こえたのは――ゼオが、ぐしゃっと髪をかき上げる音だった。
「……あーあ。箱入り坊ちゃんのくせに、なんで気づくかな。俺、そういう血なまぐさい世界の話は避けてきたと思うんだけど」
投げやりになるゼオを、俺は静かに見つめる。
まあ、ゼオの言うとおりなのだけど。
実際、俺は気づいてなかった。ゼオのことは「個性的だな」くらいにしか思っていなくて。その特殊性の意味するところに気づいたのは、前世の記憶を取り戻してからである。
出会った時、血まみれで倒れていたこと。
足音を立てないで歩く癖があること(気づいたら背後にいた、みたいなことが結構あった)。
おまけに習得している魔法は【防音】や【気配遮断】の結界に、軽い汚れや匂いを落とせる【浄化】、小さなものなら隠して持ち歩ける【収納】。
……『これ、暗殺や諜報を生業にしてる裏社会の人間では?』と物騒なことを言い出す前世の記憶に、自他共に認める箱入り坊ちゃんの俺は、ずっと半信半疑でいて。
だから、ちょっとかまをかけてみたのだが。
うーん。ゼオの反応を見るに、まったくの的外れというわけでもなさそうだな……
「それで? 返事は?」
乱れた髪を直してやりながら尋ねると、ゼオは何か言いたげに俺を見てくる。
「? なに?」
「……聞かなくていいわけ? 俺のことー」
「聞いてほしいなら聞くけど。そういう顔してないだろ」
「本当に大丈夫? 俺、実は過去にものすごい数の人間殺してるかもよ?」
挑発するような眼差しに、俺はちょっと眉をひそめる。
「それならそれで構わない。そんなことより、俺が聞きたいのはこれからのことなんだけど」
「やりたくない仕事はやるなって? じゃあ何? その仕事が好きなら、復帰してもいいのー?」
「いいよ。でも、命にかかわるような大怪我負うのだけは避けろよ。絶対に」
ゼオが口を噤む。再び沈黙が生まれた。
「返事」
顔を持ち上げ、強引にこちらを向かせて催促すると、渋面で思いっきり睨まれる。
が、ややあって、ため息とともに目の前の灰色の瞳が伏せられて。
ゼオはそのまま脱力し、ばたりとベッドに倒れ込んだ。
「…………嫌々やってたわけじゃないけど。かといって、好きでやってたわけでもないから。……もーやらない」
「そっか」
「……」
ラビ、と今まで聞いた中で一番弱々しい声でゼオが俺を呼ぶ。
「……ねえ、ほんとに引いてない? 俺のこと、嫌じゃない……?」
俺はぱちりと瞬きする。
まったく、何を気にしているのかと思えば。
「ゼオはゼオだろ。そんなことで嫌いにならないよ」
呆れながら頭を撫でる。
ふいっと目を逸らしたゼオは、シーツに顔を埋めて、ついでとばかりに本音を漏らしだした。
「俺……あの家にいた時、結構我慢してたんだよ? 子爵に性悪女、ヴァルハイドのクソ共を何度殺してしまおうと思ったか……ラビが望まないだろうから、殺らなかったけど……」
俺は苦笑いする。
「そうだな……たしかに死んでほしいとまでは思ってないかな。もう二度と俺に関わらないでくれれば、それで満足っていうか」
そうして、ふと、見下ろした先にある、黒髪に目をとめる。
「なあ、この髪も本当は別の色だったりする?」
同じ洗髪剤を使っていたのに、奇妙なほどに艶の出ないゼオの黒髪。何かの魔法でもかけているのだろうか。
「まーね。……なに、見たい?」
「見せてくれんの?」
「んー、そのうちね。ラビになら、見せてあげてもいいかなー」
くすくす笑うゼオ。……なんか、俺の思っている以上に多くの秘密を抱えてそうだな?
まあ、いいか。
さっきの言葉に嘘はない。俺にとってゼオはゼオで、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
微笑みを返した俺は、ゼオの頭をぽんと優しく叩く。
「了解。それじゃ、その時まで楽しみに待ってるよ」
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