声だけカワイイ俺と標の塔の主様

鷹椋

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第3章 声だけカワイイ俺と引きこもりの侯爵子息

3-5

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 ゼオが顔を上げる。灰色の瞳が、すっと細くなる。

「『やりたくもない仕事』って?」
「さあ? なんだろうな」
「……」
「心当たりがないならいい。俺が、血まみれで倒れてるゼオを二度と見なくて済むなら、それで」

 室内に沈黙が落ちる。
 次に聞こえたのは――ゼオが、ぐしゃっと髪をかき上げる音だった。

「……あーあ。箱入り坊ちゃんのくせに、なんで気づくかな。俺、そういう血なまぐさい世界の話は避けてきたと思うんだけど」

 投げやりになるゼオを、俺は静かに見つめる。

 まあ、ゼオの言うとおりなのだけど。
 実際、俺は気づいてなかった。ゼオのことは「個性的だな」くらいにしか思っていなくて。その特殊性の意味するところに気づいたのは、前世の記憶を取り戻してからである。

 出会った時、血まみれで倒れていたこと。
 足音を立てないで歩く癖があること(気づいたら背後にいた、みたいなことが結構あった)。
 おまけに習得している魔法は【防音】や【気配遮断】の結界に、軽い汚れや匂いを落とせる【浄化】、小さなものなら隠して持ち歩ける【収納】。
 ……『これ、暗殺や諜報を生業にしてる裏社会の人間では?』と物騒なことを言い出す前世の記憶に、自他共に認める箱入り坊ちゃんの俺は、ずっと半信半疑でいて。

 だから、ちょっとかまをかけてみたのだが。
 うーん。ゼオの反応を見るに、まったくの的外れというわけでもなさそうだな……

「それで? 返事は?」

 乱れた髪を直してやりながら尋ねると、ゼオは何か言いたげに俺を見てくる。

「? なに?」
「……聞かなくていいわけ? 俺のことー」
「聞いてほしいなら聞くけど。そういう顔してないだろ」
「本当に大丈夫? 俺、実は過去にものすごい数の人間殺してるかもよ?」

 挑発するような眼差しに、俺はちょっと眉をひそめる。

「それならそれで構わない。そんなことより、俺が聞きたいのはこれからのことなんだけど」
「やりたくない仕事はやるなって? じゃあ何? その仕事が好きなら、復帰してもいいのー?」
「いいよ。でも、命にかかわるような大怪我負うのだけは避けろよ。絶対に」

 ゼオが口を噤む。再び沈黙が生まれた。

「返事」

 顔を持ち上げ、強引にこちらを向かせて催促すると、渋面で思いっきり睨まれる。

 が、ややあって、ため息とともに目の前の灰色の瞳が伏せられて。
 ゼオはそのまま脱力し、ばたりとベッドに倒れ込んだ。

「…………嫌々やってたわけじゃないけど。かといって、好きでやってたわけでもないから。……もーやらない」
「そっか」
「……」

 ラビ、と今まで聞いた中で一番弱々しい声でゼオが俺を呼ぶ。

「……ねえ、ほんとに引いてない? 俺のこと、嫌じゃない……?」

 俺はぱちりと瞬きする。
 まったく、何を気にしているのかと思えば。

「ゼオはゼオだろ。そんなことで嫌いにならないよ」

 呆れながら頭を撫でる。
 ふいっと目を逸らしたゼオは、シーツに顔を埋めて、ついでとばかりに本音を漏らしだした。

「俺……あの家にいた時、結構我慢してたんだよ? 子爵に性悪女、ヴァルハイドのクソ共を何度殺してしまおうと思ったか……ラビが望まないだろうから、殺らなかったけど……」

 俺は苦笑いする。

「そうだな……たしかに死んでほしいとまでは思ってないかな。もう二度と俺に関わらないでくれれば、それで満足っていうか」

 そうして、ふと、見下ろした先にある、黒髪に目をとめる。

「なあ、この髪も本当は別の色だったりする?」

 同じ洗髪剤を使っていたのに、奇妙なほどに艶の出ないゼオの黒髪。何かの魔法でもかけているのだろうか。

「まーね。……なに、見たい?」
「見せてくれんの?」
「んー、そのうちね。ラビになら、見せてあげてもいいかなー」

 くすくす笑うゼオ。……なんか、俺の思っている以上に多くの秘密を抱えてそうだな?
 まあ、いいか。
 さっきの言葉に嘘はない。俺にとってゼオはゼオで、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
 微笑みを返した俺は、ゼオの頭をぽんと優しく叩く。

「了解。それじゃ、その時まで楽しみに待ってるよ」
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