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第二章 君が居た世界
13話
しおりを挟む頬杖を付きながら、じっと百瀬の横顔を眺める。長いまつげ、少し高い鼻、きれいな形をした薄い唇、風になびいているさらさらした髪。少しだけ、ほんの少しでも、この手を伸ばして触れることができたら、僕らの関係は変わるのだろうか。例えば、友人から恋人に。
(いや、僕は何を考えているんだ)
頭を振り、余計なことを頭から追い出そうとする。けれど、それは無意味だったみたいだ。
「葵君? どうしたの?」
百瀬が不思議そうに尋ねる。僕が急に頭なんか降ったからだろう。
「あ、えっと……急に虫の羽音がして」
適当に考えた嘘で、その場をしのごうと考えた。案外上手く行ったようで、百瀬はまた目の前の課題と向き合った。だが僕の方は、さっき薄れた思いがまた強く感じられてきた。
「それより、わかんない所無いの?」
今日の本来の目的は、百瀬を見ることじゃなく、百瀬に勉強を教えるためだ。その目的を忘れないように自分に言い聞かせながら、聞いてみる。
「あ、えっと……ここ解んないんだけど……」
百瀬が苦戦していたであろう問題は、やっぱり応用問題だった。
「ここは、応用問題のところで……」
僕が説明していくところを、百瀬は律儀にノートにメモしてまとめていく。
(こういうところも、律儀なんだな……)
百瀬に教えながら、そう感じる。
「嗚呼、最後に酒木もだけど、百瀬も応用問題を繰り返し解けば、テストでも上手くいくと思うよ」
「えっ、本当!? 分かった、取り敢えず解いてみるね!」
そう言うと、また百瀬は課題に向かった。その間、僕も確認のために計算してみる。
(うん、大丈夫、間違ってない)
「解けた!」
僕が確認し終わると同時に、百瀬の嬉しそうな声が聞こえた。
「葵君、合ってるか見てくれる?」
少し自信がないのか、控えめに言ってくる。僕が「分かった」と頷いて百瀬の席に近づくと、「わああ!」という声が耳元でした。何かあったのかと思い、百瀬の方に視線を向ける。
「おい、百瀬!? どうしたんだ!?」
百瀬を見ると、頬を赤く染めていた。熱でもあるのかと思い、百瀬の額に少し触れる。
「百瀬、熱でもあるんじゃないか? 体調は?」
額は、少し熱かった。ただ、高い熱ではなさそうだ。少し安堵しながら、もう一度百瀬の様子を見る。
百瀬は、目を見開いて口を少し開けて驚いたような顔をしていた。後ろに何かあるのかと思い、後ろに振り向いてみるが、何もなかった。
「百瀬?」
心配になってきたので、名前を読んでみる。
「あっ、うん! なに?」
「体調でも悪いのか? 頬が赤いけど」
「ううん! 全然平気!」
百瀬は笑顔でいるが、不安でしかない。
「百瀬、今日はもう帰ろう。僕が家まで送っていくから」
「え!? 良いの?」
「最初に言っただろ? 帰りは送るって」
僕は当然のようにそう言い、帰りの支度をしながら百瀬と話す。少し遅れて、百瀬も帰りの支度を始めた。
僕はこの時改めて思っていた。無意識にやっていたが、百瀬の頬に触れたことを今更知った。
(……いや、あれは、熱の心配をしてやったんだ、気にしたら駄目だ)
きっと、このときの僕も顔が赤かっただろう。百瀬を送ってから家に帰って、鏡を見ると、僕の顔も赤く染まっていた。
こうして、百瀬との初日の勉強会は終わった。この後は、特に何事もなくゆっくり勉強に励んだ。そうして迎えたテスト。百瀬は「葵君に教えてもらったから大丈夫!」と言ってテストに挑んだ。
結果は、上々だった。百瀬の苦手だった問題はテストでちゃんと解けたらしく、嬉しそうに喜んでいた。一方酒木は、勉強を怠っていたらしく、追試を受けることになり、僕に泣きついてきたが酒木自身の責任の為、僕は何もしなかった。「裏切り者!」と言われたが、僕は何も裏切ってはいない。
そして、僕はまた放課後の教室に残っている。暖かくなってきたので、まだ教室内はオレンジ色に染められてはいない。
僕は一人きりで百瀬を待っている。テストが終わったので、百瀬の我が儘を聞くことになっている。その為に僕は待っている。
少し目を離して外を見ていると、ガラガラッという音が聞こえてきたので、僕はドアの方に視線を向けた。
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