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第2章

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 帝国打倒のための第一歩を踏み出した俺たちを待っていたのは、深い山の中で今晩泊る場所も決められないままに、野犬に追われるという事態だった。

 少し前にもどって説明する。俺たち一行は一番前をアドラドさんが耳を立てて警戒しながら進み、その後を俺がよたよたとついて行き、アポさんを背負ったアリシアさんが後ろを守りながら道なき山を進んでいた。

 アポさんは本来昼間は眠っているのだが、今日は召還された俺にいろいろ説明したり説得するためにずっと起きていたのだった。今はアリシアさんの背中で、すやすやと眠っている。それを聞いた時、器用だなと感心したのだが、アリシアさんによるともう長い間このやり方で来たのでなれているのだという。

 俺の方は全くなれていない山歩きで、巫女さんたちに比べてかなり遅い歩みになっているはずだが、後ろからくるアリシアさんはもちろん、前を歩くアドラドさんもまったく後ろを振り返らずに、俺との間隔を一定に保っている。
 俺は二人に迷惑をかけまいと、がんばって歩いていたのだが、どうにも後ろが気になっていた。最初はそれがどういう感覚なのかわからなかったのだが、次第に何かが後を付けてくるような気がしてきた。

 それらは複数いて、そしてだんだんと近づいてくる。俺がその事を告げようかと思った時、アドラドさんが立ち止まり、振り返って後ろを警戒し始めた。こちらに向かって歩いてくると、自然な動きでアリシアさんと入れ替わった。

 しばらく耳を立てていたアドラドさんは振り返って告げた。
「獣が六頭、追いかけてくるね。おそらくは狼、いや犬」
 少し自信なさそうにそう言った。
 犬だって? いや、犬が山にいる事もあるだろうけど、こんな人里離れた所にいるのは狼の方が普通と思えた。
「足音から察するに、狼の群にしては不自然、このあたりの狼はなんどかやり過ごしたけど、追いかけてくる群の一番大きい奴はそのどれよりも大きい。一番小さい奴はその四分の一ぐらい。残りも大きさがまちまち。品種の違う犬の群と考えた方が自然だねえ」
「なぜ犬がこんなところに?」
「さぐってみましょう」

 アリシアさんはその場にすわって目を閉じ集中している。
 すると何か波の様なものが、俺の体を通り抜けて遠くへ広がっていく感触がした。
 アリシアさんは少しの間動かなかったが、やがて眼を開いて言った。
「わかりました。その犬たちは夢の世界から世界の孔を通ってこちらの世界にきたものたちでしょう」
 前にアドラドさんが説明してくれた世界の孔を通ってきた動物というわけか。夢の世界の住人なら、今ここの生態系とは関係のない存在でも不思議はない事になる。
「なるほど。でもなぜ追ってくるの?」
「それはわかりません」
 アリシアさんは少し考えて言った。
「アポに起きてもらいましょう。もうそろそろ起床時間ですし、空から地形を見てもらって逃げ道を決めます」
 そう言われてみると太陽はもう沈みかかっていた。

 アポさんはすぐに起きた。そして事情を聞くと、コキンメフクロウの姿になって、空へ飛び立っていった。
 その間にアドラドさんが追ってくる犬たちの動向を教えてくれた。
 俺たちはそれまで北を目指していたのだが、犬たちは南から東に回り込み、互いの距離を開けて、東から包囲しつつあるのだという。
「困ったねえ。そろそろ今晩の野営地を決めるつもりだったのだけど」
 アドラドさんがぼやく。

 アポさんが降りてくると言った。
「うまくないですね。あたりは濃密に木々が生い茂っていて、素早く移動できる道のようなものはないです」
 少しためらって続けた。
「西の方には少し開けた場所があるのですが、そこから先は切り立った崖になっていて進むのは無理でしょう。ただ、戦いやすくはなります」
 犬たちはおおむね俺達よりも小柄で、木の生えた場所ではこちらの方がより行動が制限されて不利になるという事だった。
 アリシアさんがそこで迎え撃ちましょうという。そして俺に、いいですねと確認する。

「いいですよ」
 と俺は言った。どうせ俺の足で犬たちから逃げられるとは思えなかった。それにもちろん、犬を追い払えるわけでもない。巫女さんたちが戦うのだから、やりやすい場所でやるのが正しいはずだ。
 だが、俺は漠然とした不安を感じていた。犬たちだけではない、他に何かがあると。
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