婚礼料理

天野蒼空

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小さな幸せ、重ねて愛 ~三種のプティ・タルト~


「ふー、おいしかった」
 君は満足そうにお腹をさすりながらソファーに腰掛けた。
「そりゃよかった」
「俺ね、今日のご飯好き」
「難しいものは作っていないよ?」
 今日のメニューはただの野菜炒め。それからお豆腐のお味噌汁。どちらかといえば、質素なほうだろう。
「ううん。難しいかどうかじゃないの」
 ニマニマと笑いながら、君は手招きをする。隣に座れ、ということだろう。
 一緒に住み始めてから一か月。君のことがもっとわかってきた気がする。
「本当に料理上手な彼女を持てて、幸せ」
「なにそれ。てか、私、本当に料理上手じゃないよ」
「違うの。ほかの人から見て上手かどうかとか関係ないんだって」
「ほかの人から、とかじゃなくて、私が思うんだけど」
「でもその基準って他の人でしょ?」
 ううん、そう言われればそうなんだけれど。
 言い淀んだ私を見て、なんだか勝ち誇ったような笑みを浮かべる君。
「俺のために、作ってくれる料理が好き」
「それ、美味しいかなんて関係ないじゃない」
「美味しいんだってば!」
 なんだか駄々をこねる子どもみたい。
「ていうか、毎日そういわれているとさ、どれかが嘘で、本当は美味しくなくても言っているだけなんじゃ──」
「それは絶対にない」
 ばつん、と言い切る君。
「だって、こんなに美味しいんだもん。その証拠に、おかわりしてたでしょう」
「おかわりのし過ぎで、明日の会社に持っていくお弁当の分、なくなっちゃったんだけどね」
 少しならおかわりしても、私のおべんとう分を減らせばと思っていたけれど、全部食べちゃうんだから。どれだけお腹が空いていたのやら。
「それは、ごめん」
 途端に塩を振られた菜っ葉のように、しゅんとしおらしくなる君。さっきまでの勢いはどこへやら。
 でも、そんな姿も愛おしくて。
「いいの。美味しく食べてくれるのはうれしいんだから」
 こてん、と、君の方に頭を預ける。それに応えるように、君の頭が私の頭に寄りかかってくる。
 ああ、もう。
 満足そうな君を見ているだけで、なんでこんなに満たされるんだろう。
 君と一緒にいるだけで、なんでこんなに幸せなんだろう。
 君のことを、愛してやまない。
 
*****

 指先から、足先から、寒さが全身に走っていく。さっきお風呂から出たばかりなのに、どうしてこんなに寒いんだろう。
「早く入りなよ」
 君が掛け布団の端をちょいと持ち上げて呼んでいる。
 布団の中に滑り込むと、少しずつ体にぬくもりが戻ってくる。君の体温で温められた布団は、本当に暖かい。
「今日は本当に寒かったよね」
「ほんと。こんなに寒くなるなんて、信じられない」
 ぷうっと頬を膨らませてみると、君は吹き出して笑う。
「そんなに笑うことないじゃない」
「ごめん。でもその顔、可愛すぎて」
「可愛さもとめてこの顔はしていないんだけれど」
 どちらかといえば、この寒さに怒っているんですけれど。
「でも、そうだね。本当に今日は寒かったよね」
「そうそう。吐く息が朝から白くって。帰りも普通に歩いているだけなのに、ずーっと息が白いの。本当にもう、嫌になっちゃう」
「帰り道なんてさ、暗いし、一人だから余計に思うよね」
「そうそう。朝は一緒に駅まで行くから、その時に寒くても話していて紛らわせるんだけどさ。問題は帰り道のほうよ」
 一人でいるときに寒くて暗いのって、本当に嫌になっちゃう。心細いし、悲しくもなってきちゃう。
「でも俺はさ、暗くてもお家が見えてくると電気がついているのが見えて、なんかほっとするんだよね」
「それは私が先に帰ってきているからでしょうが」
「それは、そう。いつもご飯作って待っててくれて、ありがとう」
「それは別に」
 大好きな人のためにご飯を作って待っているというのは、案外悪くない。この家に引っ越してきてから四ヵ月。そんな日常にも慣れてきた。
 でも。
「とにかくさ、寒すぎるのよ。だから冬って嫌い」
 よく質問で「夏と冬どっちが好き?」というのがあるけれど、私は絶対に夏だ。というか、消去法で夏だ。うだるような暑さよりも、凍えるような寒さが嫌い。
「でもさ、冬ってこんなことできるんだよ?」
 そう言いながら、君は私にぎゅっと近づいてくる。おでことおでこをピタリとくっつける。お互いの息を感じるほどに近い。ゼロ距離で感じる君の体温に、私の心臓がジャンプする。
「あったかい」
 はじめは君との距離にドキドキしていたけれど、次第にそれは収まって、安心に変わっていく。まるで紅茶にとける角砂糖のように、私の心も、体も、お布団という緩やかな空間の中に溶けていく。
 君と手をつなぐ。恋人つなぎで。
 冷えてすっかり温度のなくなっていた指先が、ゆっくりと動き出す。柔らかなぬくもりにすべてが包まれ、ふわふわとした気持ちになっていく。
「悪くないかも」
 訂正。とってもいいかも。
「夏は暑いからこんなにくっつけないよ」
「嘘。夏だってこれくらいくっついてくるでしょう?」
「エアコンをガンガンにして二人でくっつくのもいいね」
「それは電気代がもったいないのだけど」
 でも、それはそれで贅沢でいいのかもしれない。
 こんな寒い日に君とくっつくことには、勝てないだろうけど。
「それでも、くっついているほうがいいなあ」
 ああ、もう。
 君とくっついているだけで、なんでこんなに満たされるんだろう。
 君と一緒にいるだけで、なんでこんなに幸せなんだろう。
 君のことを、愛してやまない。

*****

「もうすぐ、家出れそう?」
 今日は久しぶりのお出かけデート。
 一緒に住むようになってから、休日は買い物か二人でのんびり家の中で過ごすことが多かった。今まで寒かったから、というのもあるけれど、せっかく暖かくなってきて、記念日も近づいてきたので二人でお出かけしよう、ということになったのである。
「ごめん、まだかかりそう」
 どうしても、ヘアアレンジがうまくいかない。
 人気インフルエンサーが出している、かわいいヘアアレンジの動画を見ながらどうにか形にしようと頑張っているのだけれど、どうにも可愛くならない。バランスがうまく取れないし、実家と違って三面鏡じゃないから後ろがどうなっているのかさっぱりで、とにかくうまくいかないのだ。
「もーう。どうしてうまくいかないの」
 メイクはさっき完成したのに、全然完成しなくて泣きそうになる。
 あ、やばい。ちょっと涙がじわっとしちゃったから、アイメイクはまたあとで直さなくっちゃ。これじゃ、どんどん家をでる時間が遅くなっちゃう。
 せっかくのデートだから、可愛くしたかったのに。君の隣を歩くから、可愛い私でありたいのに。
 ほんと、だめだな。
「もしかしてアイシャドウ、新しいやつ?」
「ひゃあ」
 洗面所にひょっこりと顔をだす君。見に来るなんて思ってもいなかったから、つい変な声を上げてしまう。
「まだ、ゆっくりしてていいよ。ごめんね、遅くなって」
「ううん。お化粧しているところ見たくて来たの」
 そういうと、リビングからわざわざダイニングチェアをもってきて座る君。
「ここで可愛くなるところ、見てるね」
 そんな言い方するなんて、ずるいよ。
「それでさ、やっぱりアイシャドウ新しい奴だよね」
「なんでわかったの?」
「この前、開封していないアイシャドウがおいてあるの見つけてさ。いつ使うのかなーって思ってたんだよね。で、今日のラメ、なんかいつもよく使ってるのと違うなーって思ってさ。もしかしたらって思ったんだよね」
 こんな些細な変化でも、すぐに気が付いてくれるなんて。ずるいよ、本当にずるいよ。
「正解。今日、久しぶりのお出かけデートだから、ちょっと頑張っちゃった」
「俺とデートだから?」
 こくん、と頷くと溶けちゃいそうな表情になる君。
「もう、デレデレしすぎ」
「だってさ、だってだよ。好きな人が俺のためにいつもよりも頑張って、もっと可愛くなろうってしているのって、本当にうれしいんだもん。彼氏冥利に尽きるっていうか」
 つられて私も嬉しくなってきちゃう。
「あ、笑った。よかった。笑ってるほうがいいよ」
「笑ったって……」
 泣きそうになっていたの、見られていたのだろうか。
「あと髪型、さっきの巻いたまま降ろしてるの好きだから、今日はそれじゃダメ?」
「巻いたままって、一番最初の段階なんだけど」
「段階とかわかんないけど、すっごく可愛かったんだもん」
 そんな風に言われたら、もうそれでいいかなってなっちゃうじゃん。
 キープミストを髪にかけて、崩れかけていたアイメイクも直す。仕上げにこの前のホワイトデーに君が買ってくれたルージュを塗る。
「こうやってさ、もっと可愛くなっていくところを見られるなんて。やっぱり一緒に住むっていいね」
「今更感じてるの?」
 私はもっと前から思ってたよ。一緒に住み始めてよかったって。
「違うの。噛みしめてるの。一緒に住んでよかった、好きになってよかった、愛してるなって思ってるのは、ほぼほぼ毎日だもん」
「ちょっと待って、増えてる」
「これだけ沢山思っているから、俺の勝ちだね」
「そんなんに勝ち負けないもん」
 ああ、もう。
 君と話しているだけで、なんでこんなに満たされるんだろう。
 君と一緒にいるだけで、なんでこんなに幸せなんだろう。
 君のことを、愛してやまない。

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