魔法少女の魔法

天野蒼空

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前編

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街はずれにある散らかった教会。
庭の木々は好き放題に枝を伸ばし、草はぼうぼう。もう何年、いや、何十年も人が手入れをしていないかのような有様だ。
ボロボロになっているベンチ。くすんでしまった十字架。音が鳴るのかどうかも怪しいオルガン。

だれもいないそこに1人の少女が入ってきた。
少女は裾の長いワンピースの上にフードのついたマントを羽織っている。
少女はゆっくりと深呼吸をしてからフードをとった。フードの中にしまっていた長い銀色の髪がはらりと落ちる。エメラルドのような緑色の瞳が空を睨む。

「出てきて。ルイズリー」

すると、何も無かった空間から1匹の黒猫が出てきた。そのルイズリーと呼ばれたそいつはただの黒猫じゃなかった。黒猫なのに宙に浮いて、その上、人間のように2本の足で立っている。おまけに少し仕立てのいい服を着ていた。

「なんだい?ユノ」

ユノと呼ばれた少女は力なく微笑んだ。

「ここならいいかな?」

「うーん……。ここ一応教会だよ?」

「やっぱりダメかな。神様、いるのかいないのか知らないけど、私がやるのは神様がいたら叱られるようなことだもの。」

少女は小さく肩を竦めて出口へと足を向けた。

「いや。ここでやろう。こんな誰も使ってないような教会、神様なんてもういないよ。それにこの街は……。」

その言葉を少女が繋ぐ。

「神様に見捨てられた街だものね。」

少女はマントをやや乱暴に投げ捨てた。



私、なんでこんなことになったんだっけな。雨が降ったら絶対雨漏りしそうなボロボロの天井を見上げて考えた。
ルイズリーと出会ったのは丁度一年前のこと。それまではどこにでもいるような「普通」な女の子だった。この大きな大陸の西の端にある小さな国の、山に囲まれた小さな村。学校に通い、家の手伝いをして毎日を過ごす。そしていつか素敵な旦那さんの所へ行き、そこの家業を継ぐ。この村の、いや、この国の一般的な女の子の一生。そうして過ごすことが親だけではなく自分をも幸せにする近道だと知っていたのに。
なのに、故郷を連れ出されて、こんなことしている。

「魔法少女、ね。」

何度も名乗ってきた今の『職業』。未だに違和感がある。

「どうしたんだい?魔法少女、辞めたくなった?」

「辞められないでしょ、死ぬまで。」

そういう契約だから。

「まあ、そうなんだけどさ。」

ルイズリーは鼻で笑ってそう言った。

「それに辞めないよ、魔法少女。奇跡を起こすってなんだかかっこよくない?」

魔法少女は奇跡を起こすための存在。神のいないこの世界で、煌めきを与える存在。その煌めきで世界を平和に保つのが魔法少女の使命なのだ。

「始めた頃もそう言ってたね。」

そうでも言ってないと続けられないから……。口の中でそっと言う。

魔法少女は呪いだ。普通の女の子に戻れない呪いだ。私は普通に生きていたかっただけなのに。友情も恋愛もないこの生活は、退屈ではないけど少し悲しい。

「ユノ、早く済ましちゃおう。」

「そうだね。仕事は魔術人形の修理でしょ。呪術系のものだったら少し面倒だな。普通の魔術ならいいけどさ。」

呪術系の魔術なら奇跡を起こす煌めきを奪ってしまう。魔術人形にかけられたその式を解き、煌めきを消さないように術式を書き換えるのも魔法少女の仕事なのだ。

「いや、あれだけ古いものだと術式がかけられていてももう効果は薄いと思うよ。」

その言葉に頷き、腰のベルトにつけていた革製のホルスターから透明な鉱物でできた杖を取り出した。私が杖を強く握るとそれに応えるかのように杖の先がぼんやりと青白く光った。

「光れ、光れ、白い花。煌めきの中、蕾を開け。」

そう呪文を唱えて、杖で何も無い空間に円を書く。するとその円のなかから青年の人形が出てきた。

普通の魔術人形じゃない。髪の毛、肌、瞳はもちろんのこと、指の先や首筋といったところまで精巧に作られていて、人間にも見間違うほどだ。明るい茶色の髪は丁寧に整えられていて、無機質に光る深い青い瞳は、まるでサファイアのようだ。

「こんな綺麗な魔術人形は初めて見た。」

普段目にする魔術人形は、錆びた金属やら破れたの布なんかをくっつけているお粗末な造りの人形に、強烈な呪術系の魔法がかけられているものばかり。だからこんな綺麗な造りのものは初めて見た。

「まあ、そうそうこんなに精巧に作られているものはないよね。」

「これを作った人はなにを思って作ったんだか。というかなんで手放したんだろう。」

そう言って私は杖を振り、術式をそこに浮かび上がらせた。
術式をそこに浮かび上がらせることは出来ても、私にそれがどういったものなのかということがわかるほどの知識はない。魔法少女になって日が浅い訳では無いけれど、さすがにこの辺はルイズリーの仕事だ。
ルイズリーはひょいと私の頭の上に乗って、ぼんやりと光るその術式を眺めた。

「この人形、もしかして術はかけられてるけど使われてはないんじゃないかな。」

ルイズリーはそう言った。

「どういうこと?」

「そのまんまの意味だよ。これを作った人は術式をきちんとかけている。だけどその術式を使った形式がないんだ。だから煌めきを奪うことも、誰かを襲うこともしない。」

「ふーん……。使ってない術式だけど解くの?」

「魔法少女はユノでしょ。決めるのはユノだよ」

私は床に横たえてある魔術人形を見下ろした。生きているようなのに命も心もないそれ。宝石のような瞳は私のことを見つめているようだ。

「術式解いたら動かなくなっちゃうんだっけ?」

「そりゃそうだよ。魔術人形は魔法石の中にある魔力を力にして術式通りに動くもの。術式がなきゃ動けないんだよ。」

「じゃ、この術式は壊さないでおこう。」

「それでいいの?なんの術式かわからないよ。」

金色のふたつの目が光る。

「ルイズリーにはなんの術式かわからないの?」

「残念だけど、見たことがない術式だね。館に帰って調べてみたらわかるのかもしれないけど、多分これはオリジナルの術式じゃないかな?調べて完璧にわかるのかって言われると、イエスと言いきれないな。」

「ふーん。それじゃ、やっぱり壊さないでおこう。術式を使わないでこの人形、動かせる?」

「ユノの魔法ならできるよ。」

それなら、と、私は杖を高く掲げた。ひとつ大きく深呼吸してから魔力を杖に集中させる。杖の先が仄かに光る。そして、杖の先でそっと魔術人形に触れた。

青白い光が部屋いっぱいに溢れる。薄い緑色をした魔力の帯が魔術人形と私を繋ぐ。ここからが重要なんだ、と自分に言い聞かせて呪文を唱える。

「願いよ届け、白い花。繋いで、結んで、光る糸」

光が一瞬で今までの倍ほど強くなり、そして徐々に薄くなっていく。やがて元通り薄暗い部屋に戻ると魔術人形がゆっくりと立った。

「成功したみたいだね。使えるんじゃない?名前でもつけたら?」

と、ルイズリー。

「名前かぁ……。目の色、綺麗。」

「え?目の色?ああ、大抵の魔術人形の瞳には魔法石を使うからね。そこにある魔力で動くからその色がくすんできたら動きが悪くなるよ」

私はもう一度その瞳を見た。昔、故郷の山の上から見た海のような深い青。その輝きも魔法石と言われたら納得する。

「そうなんだ。魔術人形動かすなんて初めてだから知らなかったや」

「いつもは壊しているからね」

ちゃかすようにルイズリーが言う。

「壊すだなんて人聞きの悪い。悪事に使われないように『処理する』という『仕事』をしてるんだよ。この暗い街で魔術を使おうとする奴らはたんまりといるけど、実際に素人が使ったら大変なことになるし。なのに、拾った魔術人形に魔法石はめ込んだら動いちゃう。ほんと厄介なんだから」

魔法石のエネルギーが切れた魔術人形は動かないのだが、エネルギー源である魔法石を入れればまた動き出す。呪術系の魔法がかかっていなくても魔術そのものは危険なもの。悪用なんてされたりしたら大変なことになってしまうのだ。

「そうだね。だからこそほかの街から捨てられてきた魔術人形を持ってくるやつとかがいる。そいつらが使えないとわかって捨てた魔術人形がある。それを僅かでも魔力を持った人が触ったら大変なことになる」

もっともらしい顔をしていうルイズリー。

「そりゃ魔力を持ってる人に反応するからね。だけど、壊せって命令してるのは一応ルイズリーだからね。壊しているのは私の責任じゃないよ?」

「ま、まあ、そうなんだけど。だってそれは魔法少女だから、ね?それより、早く名前付けちゃいなよ」

「名前ね。……アオ。」

「え?」

私の言葉にルイズリーが首を傾げる。

「アオ。名前、アオ。今日から君はアオだよ。」

魔術人形、いや、アオは表情一つ変えずに返事をした。

「はい」

それはやや低めの落ち着いた声だった。

「アオってもしかして瞳の色から?」

「そうだよ」

「単純」

「別にいいでしょ。めんどくさい名前よりスッキリした方がいいに決まってる。ほら、シンプル、イズ、ザ、ベスト」

「たしかにそうなんだけど……」

ルイズリーはなにか言いたそうに私を見るが、そんなことは気にしない。

「ほら、あとの仕事終わらしちゃお!どれくらいあったっけな」

私は脱ぎ捨てていたマントのポケットから古い皮表紙の手帳を取り出した。この手帳、どんな魔術がかかっているのか詳しくは知らないが、私のやるべき仕事が文字列で浮かび上がってくるのだ。

「うわっ。こんなに」

「魔力たりそう?補給する?」

魔法少女の魔法の力、つまりは魔力と言うやつは、自分で生み出すのではない。使い魔から補給されたものを使うのだ。例えるなら、魔力が石炭だとしたら魔法少女が汽車。魔法少女は魔法を使い、神の代わりに奇跡を起こす。ただそれだけの存在なのだ。

「よろしく頼む」

「了解」

ルイズリーが私の頭の上に乗る。そして歌のように節をつけて呪文を唱える。
「その契は強くなる。月と太陽の下でその力、白い花となりて、散る。」
体の中が熱くなる。まるでメラメラと燃える炎が体の中にあるようだ。背中に羽が生えたみたいに、ふわっと体が軽くなる。

「どうも。そう言えばルイズリーの魔力ってどこから出てきてるのよ。これだけの魔力を私に渡してもまだ魔力があるんでしょ」

「そりゃ、使い魔ってのはそういうものだよ。植物が光合成をして、動物が心臓を動かすように、使い魔は魔力を作り続けるんだよ」

「そーゆーものなのか。じゃ、仕事しますかね」

私はいくつもの呪文を唱え、何度も杖を振った。名前も知らない人のために。この街に少しだけ奇跡を起こすために。

両手で数えられないほどの流れ星が空を駆けていった。そうして、1日の仕事が終わった。



ボロボロの教会を出て歩く。

「ルイズリー。アオってどうやって使えばいいの?」

「例えばだけど、ユノのことを捕まえたり追いかけたりする人達の目くらましに使う。それだって魔力持ってるからね。魔力の大きさで判断するやつらなら目くらましになる」

「なるほど……。現に今日も追いかけられたわけだけどね。」

魔法少女を信じる人からすれば、魔法少女に自分のために奇跡を起こしてほしいだろう。科学が少しだけ発展してきた今、魔法を認めない人達にとっては、いらない、というよりむしろ消えて欲しい存在だろう。魔法少女というのも楽じゃない。こんな時は消えてしまった「神」とかいう存在を少しだけ恨む。

「でもでも、そんなことのためだけに使うってのもなぁ。折角魔術人形になったんだよ。なにかしなくっちゃ」

「いや、そもそも魔術人形に命も心もないわけであるから折角も何も」

「命も心もないなんて、ルイズリーは冷たいなあ」

「事実だよ!ただの道具なんだから。使い魔だって同じさ。ただの道具」

冷めたような目でルイズリーはアオのことを見た。

「え?ルイズリーは道具じゃないでしょ。私の友達だよ」

「ま、まあ、そうなんだけど。」

そっぽを向こうとするルイズリーの目を強引に覗き込んで私は言った。

「それに、命も心もないなんて、そんなの考え方しだいだよ。なんにだって心はあるの。だからアオも友達になるの。それにこの前読んだ本には、魔術人形に心はちゃんとあるって書いてあったよ」

「ふーん。それ、心じゃなくて『イシ』って書いてなかった?」

「え?石?硬いの?」

「なんでそうなる……。ま、なんでもいいんだけど。とにかく、この辺でテレポートしておかない?」

私の住んでいる館までは遠いから、テレポートしないと帰るだけで疲れてしまう。今ですら疲れているのに。

「そうだね」

小さな裏路地に入ってから私は杖を振った。

「白い花の花びら、風にゆられて、遠くまで。願いの場所へ導いて」

白い大きな花びらが私たちを包む。柔らかな白い光と花の甘い香り。一瞬にして私たちは街のはずれの森の中にある館に戻ってきた。館と言ってもたいしたものではない。レンガ造りの二階建ての館なのだが、外観はボロボロでおばけなんかが出てきそうだ。中の部屋は部屋によって家具の色は異なる。落ち着いた焦げ茶色の机やベットの部屋がある一方、派手な赤いカーテンやカーペット、ベッドカバーなんかで揃えられた部屋もある。ちなみに私の部屋は白で揃えてある。部屋にいる時間は短いが、汚れが目立つし、部屋が寂しいのがすぐにわかるのであまり好きじゃない。
私はその中の一つ、青色でまとめられた部屋に入った。

「一人増えたから少しは賑やかになるかな」

私は部屋を見回して言った。誰も使ってない部屋だがほかの部屋と同じく、必要最低限のものはある。でも本当に必要最低限すぎてがらんとしてる。

「この広さじゃ、変わらないんじゃない?というか、魔術人形を1人って数えるの?」

「1人だよ。あ、アオはここの部屋つかって」

「はい。おやすみなさい。マスター」

「マスターなんてやめてよ。ユノでいいって」
アオは少し首をかしげてから言った。

「はい。おやすみなさい。ユノ」
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