さよなら、最後だと思っていた私の恋

天野蒼空

文字の大きさ
1 / 1

さよなら、最後だと思っていた私の恋

しおりを挟む
 ぱあん、と弾けた音がする。

「バカッ」
 目の前にいる彼の右頬に赤い紅葉模様がつく。彼はそこに片手をあてて、少し顔を顰めた。

「ごめん」

 もうほかの女の子に手を出さないって約束したのに、私だけのあなたでいるって約束したのに、なんでまた。

 悔しくって、悲しくって、それ以上の言葉は出てこなかった。

「でも、本当に一番好きなのは君なんだ」

 彼の手が私の頭に乗る。いつもなら、そのまま撫でてもらえるのを嬉しく受け止めるが、私はその手を払い除けた。他の女の子にもまた同じようなことをしていたその手で、撫でてほしくなんてなかった。

「ねえ、もう泣かないで。泣いている君を見るのは嫌なんだ」

 そうしているのは彼なのに。睨むことしか出来ない。

「話、聞いてくれない?」

「やだ。だって、言い訳じゃん」

 いつだってそうだった。いいように私のことを言いくるめて、他の女の子と遊んで。

 ずっと憧れていた彼と付き合うことが出来て嬉しかったのに、付き合った日々は悔しい思いをしていた日のほうが多かったような気がする。

 私がもっと可愛ければ、私がもっと彼女らしいことが出来たら、私がもっと彼の気持ちに寄り添うことが出来たら。たくさん考えた。できる限りどうにかしようとした。苦手だったお料理も、やったことなかったお化粧も頑張ってそれなりにできるようになった。朝にはおはようって、寝る前にはお休みって毎日言うようにした。

 でも、だめだった。

 ああ、悔しい。力不足な自分が惨めにも思えてくる。彼女の座にいるからだなんて慢心していたことなんて一秒もない。もっと私だけを見てほしくて、もっと私だけを愛してほしくて、ずっと、ずっと……。

 涙は次から次へとこぼれてくる。まるで開けっ放しの蛇口のようだ。

 私だけのことをみてくれると、私だけのことを好きでいてくれると、何度も約束したのに。ミュールの先から出ている桜色のペディキュアが私のことを嘲笑う。

「でもね、本当なんだよ。もう君だけしか見ないから、君以外誰も愛さないと約束するから」

 きっとこの約束もまた、なかったことになるんだ。胸の奥がすうっと凍っていくかのように冷えていくのがわかった。

「いいよ、そんなの。もう、別れよう」

 きっとこのまま恋を続けても、苦しいだけなんだ。だからここでおしまいにしたほうがいいんだ。

 そう思うことしか今の私には出来なかった。

「ごめん、でも最後に一つだけ」

 彼はそう言って紙袋の中からミニブーケを取り出した。淡いピンク色の包装紙で包まれているそのミニブーケには赤いガーベラを中心に、白いカーネーションやかすみ草も添えられている。

「今日、付き合って三年と七ヶ月記念日でしょ。俺の気持ちを伝えたくて」

 ああ、本当にずるい人だ。

 でも、もう元には戻らない。

 さよなら、最後だと思っていた私の恋。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

愛のバランス

凛子
恋愛
愛情は注ぎっぱなしだと無くなっちゃうんだよ。

あの素晴らしい愛をもう一度

仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは 33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。 家同士のつながりで婚約した2人だが 婚約期間にはお互いに惹かれあい 好きだ!  私も大好き〜! 僕はもっと大好きだ! 私だって〜! と人前でいちゃつく姿は有名であった そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった はず・・・ このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。 あしからず!

【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。

山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。 姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。 そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。

婚約破棄、別れた二人の結末

四季
恋愛
学園一優秀と言われていたエレナ・アイベルン。 その婚約者であったアソンダソン。 婚約していた二人だが、正式に結ばれることはなく、まったく別の道を歩むこととなる……。

ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた

玉菜きゃべつ
恋愛
 確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。  なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話

処理中です...