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師匠なんて、なるものじゃない
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それは庭先に、汚れた雑巾のように丸まって落ちていた。
「誰の落とし物だい。こんなところにゴミを置くなんて、後でどうなっても知らないんだからね」
清々しい朝の空気が台無しだ。私の綺麗に手入れされた庭にあんなゴミを置いていくだなんて、許せない。どう呪ってやろうかと考えながら私はそれをつまみ上げた。
「おやまあ、生き物じゃないか」
使い古された雑巾のような薄汚れた布を身にまとった、人間の男の子。歳は5,6歳くらいだろうか。目は閉じているから瞳の色はわからないが、髪は小麦の穂のような金色だ。人間の子供なんてめったに見かけないからよくわからない。なにせ、ここは人間が住む村から随分と離れた山奥にある一軒家。この家の周りは「魔女の森」と人間たちに言われていて、なんでもこの森に入ると魔女のスープの材料にされて、帰ってこられなくなるんだとか。
そして私がこの家の主であり、森を管理している「魔女」ってわけだ。人間よりも長生きするし、食べ物も生き方も違う。だから、人間から距離を置かれることに特に抵抗はない。生き方が違えば、一緒に暮らすことは難しいのだ。私は森を管理し、自分の庭の薬草園を手入れしているだけ。自分の生きる場所を邪魔されなければ、なんて問題はないのだ。
さて、人間の入ったスープなんてまだ飲んだことないが、美味しいのだろうか。もう少し様子を見てから食べるかどうか決めよう。
そう思った私はひょいとその子をつまみ上げて、家のなかに連れて入った。そして、ソファーの上に寝かせた。
「おねえさん、だれ?」
その子どもが目を覚ましたのは、もう太陽が西に傾いていた。
「おやまあ、気がついたかい。私は……」
さて、どう言おうか。いきなり魔女と言ったら怖がらせてしまうかもしれない。きっと庭先に転がっていたのもなにか訳ありなのだろう。
「私は今日からあんたの師匠だよ。あんた、名前は?」
人生を生きる上でも先を行く人であるし、この家に住むのならある程度のことは覚えてもらわなくっちゃただの食材だ。そういう意味でも間違っていないだろう。
「しらない」
「どこから来たんだい?」
「村」
「お前の両親は?」
「ぼく、いらないこだから」
「そうかい」
いつの時代になってもそういうことってあるんだな、と、少し悲しくなる。魔女である私には何も関係ないのだけれど、人間に近い見た目をしているせいだろうか、人間の村の話には心が動かされることが多い。
「じゃあ、今日からあんたは弟子だね。せいぜいしっかり働きな」
食料にするかどうかは、もう少し後で考えよう。
弟子はすくすくと成長した。掃除の仕方を覚え、料理の仕方を覚え、薬草の種類を覚え、庭の手入れの仕方を覚えた。背はみるみるうちに大きくなり、あっという間に私の背丈を越した。
「師匠、そろそろお茶にしませんか?」
「ああ、それもいいね」
気の利くいい男になったことだ。こんな時間が長く続けばいいと思うが、きっとそうも行かないだろう。だって、弟子と私では生きる時間の長さが違うから。
きっとそんな悲しいことが起こる前に、スープにしてしまったらいいのだろう。
でも、あと少しだけ。この幸せな時間をあと少しだけ。
弟子が来るまで、私はずっと一人だった。話し相手と言ったら、たまに薬草を貰いに来る魔獣くらいのもの。姿形の違う彼らを嫌っていたわけではないが、やはり似た見た目のものというのは惹かれるところがあるのだろうか。この心地よさにきっとのぼせてしまったのだろう。もう、よくわからない。
でも、あと少しだけ。
時は流れ、成長した弟子は、段々と細く、弱々しくなってきた。骨が浮き出てきて、髪は白くなっていった。
「師匠、すみません。今日は庭の手入れができそうにないです」
「ああ、いいんだ。そんな事気にしないで。それより体調はどうだい?」
「痛みはないです。でも、力が入らないんです。本当に、ごめんなさい」
悔しくなる。どれだけの本を調べても、この状況を打破する薬は見つからない。三百年の経験でも、この状況を打破する薬はわからない。
だってこれは寿命だからだ。
ああ、こんな思いをするのならもっと早くスープにするべきだった。
ああ、こんな思いをするのなら最初に拾わなければよかった。
「師匠、ありがとうございました」
「なにがだい?」
「僕のことを拾ってくれて、ここまで育ててくれて」
「そんなの、気まぐれだよ」
急に素直に言われると、なんだかむず痒くってまともに顔を見られなくなる。
「師匠。好きです」
「こんな時に言う言葉じゃないよ」
私の言葉に返す声はなかった。ただ、そこに静寂が落ちていた。月の光がベッドの上を優しく照らしている。嗅ぎなれた薬草の匂いが、妙に鼻についた。
やっぱりはやくスープにしてしまえばよかった。
師匠なんて、なるものじゃない。
「誰の落とし物だい。こんなところにゴミを置くなんて、後でどうなっても知らないんだからね」
清々しい朝の空気が台無しだ。私の綺麗に手入れされた庭にあんなゴミを置いていくだなんて、許せない。どう呪ってやろうかと考えながら私はそれをつまみ上げた。
「おやまあ、生き物じゃないか」
使い古された雑巾のような薄汚れた布を身にまとった、人間の男の子。歳は5,6歳くらいだろうか。目は閉じているから瞳の色はわからないが、髪は小麦の穂のような金色だ。人間の子供なんてめったに見かけないからよくわからない。なにせ、ここは人間が住む村から随分と離れた山奥にある一軒家。この家の周りは「魔女の森」と人間たちに言われていて、なんでもこの森に入ると魔女のスープの材料にされて、帰ってこられなくなるんだとか。
そして私がこの家の主であり、森を管理している「魔女」ってわけだ。人間よりも長生きするし、食べ物も生き方も違う。だから、人間から距離を置かれることに特に抵抗はない。生き方が違えば、一緒に暮らすことは難しいのだ。私は森を管理し、自分の庭の薬草園を手入れしているだけ。自分の生きる場所を邪魔されなければ、なんて問題はないのだ。
さて、人間の入ったスープなんてまだ飲んだことないが、美味しいのだろうか。もう少し様子を見てから食べるかどうか決めよう。
そう思った私はひょいとその子をつまみ上げて、家のなかに連れて入った。そして、ソファーの上に寝かせた。
「おねえさん、だれ?」
その子どもが目を覚ましたのは、もう太陽が西に傾いていた。
「おやまあ、気がついたかい。私は……」
さて、どう言おうか。いきなり魔女と言ったら怖がらせてしまうかもしれない。きっと庭先に転がっていたのもなにか訳ありなのだろう。
「私は今日からあんたの師匠だよ。あんた、名前は?」
人生を生きる上でも先を行く人であるし、この家に住むのならある程度のことは覚えてもらわなくっちゃただの食材だ。そういう意味でも間違っていないだろう。
「しらない」
「どこから来たんだい?」
「村」
「お前の両親は?」
「ぼく、いらないこだから」
「そうかい」
いつの時代になってもそういうことってあるんだな、と、少し悲しくなる。魔女である私には何も関係ないのだけれど、人間に近い見た目をしているせいだろうか、人間の村の話には心が動かされることが多い。
「じゃあ、今日からあんたは弟子だね。せいぜいしっかり働きな」
食料にするかどうかは、もう少し後で考えよう。
弟子はすくすくと成長した。掃除の仕方を覚え、料理の仕方を覚え、薬草の種類を覚え、庭の手入れの仕方を覚えた。背はみるみるうちに大きくなり、あっという間に私の背丈を越した。
「師匠、そろそろお茶にしませんか?」
「ああ、それもいいね」
気の利くいい男になったことだ。こんな時間が長く続けばいいと思うが、きっとそうも行かないだろう。だって、弟子と私では生きる時間の長さが違うから。
きっとそんな悲しいことが起こる前に、スープにしてしまったらいいのだろう。
でも、あと少しだけ。この幸せな時間をあと少しだけ。
弟子が来るまで、私はずっと一人だった。話し相手と言ったら、たまに薬草を貰いに来る魔獣くらいのもの。姿形の違う彼らを嫌っていたわけではないが、やはり似た見た目のものというのは惹かれるところがあるのだろうか。この心地よさにきっとのぼせてしまったのだろう。もう、よくわからない。
でも、あと少しだけ。
時は流れ、成長した弟子は、段々と細く、弱々しくなってきた。骨が浮き出てきて、髪は白くなっていった。
「師匠、すみません。今日は庭の手入れができそうにないです」
「ああ、いいんだ。そんな事気にしないで。それより体調はどうだい?」
「痛みはないです。でも、力が入らないんです。本当に、ごめんなさい」
悔しくなる。どれだけの本を調べても、この状況を打破する薬は見つからない。三百年の経験でも、この状況を打破する薬はわからない。
だってこれは寿命だからだ。
ああ、こんな思いをするのならもっと早くスープにするべきだった。
ああ、こんな思いをするのなら最初に拾わなければよかった。
「師匠、ありがとうございました」
「なにがだい?」
「僕のことを拾ってくれて、ここまで育ててくれて」
「そんなの、気まぐれだよ」
急に素直に言われると、なんだかむず痒くってまともに顔を見られなくなる。
「師匠。好きです」
「こんな時に言う言葉じゃないよ」
私の言葉に返す声はなかった。ただ、そこに静寂が落ちていた。月の光がベッドの上を優しく照らしている。嗅ぎなれた薬草の匂いが、妙に鼻についた。
やっぱりはやくスープにしてしまえばよかった。
師匠なんて、なるものじゃない。
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