透明な夢【短編集】

三塚 章

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幻想讃歌

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 学校から帰ってきた息子は、ランドセルを放りだし、僕に言った。
「お父さん、海へ遊びに行ってくる!」
「泳ぎにか?」
「うん!」
 返事をしながら、息子はジュースやら着替えやら必要な物を準備している。
「気を付けろよ。あんまり深い所へ行くと、化け物に足をひっぱられるぞ」
「化け物じゃないよ、人魚だよ!」
『お化けなんていないよ』という言葉を無意識に予想していた僕は、少し驚いた。
息子は楽しそうに続ける。
「友達が言ってたんだ! 夕方、浜辺を歩いていると、人魚が髪をとかしていたんだって! 目が合ったら、海に逃げちゃったって!」
「へえ」
 僕は少し微笑みを浮かべた。
「僕達ねえ、人魚を捕まえに行くんだ!」
 子供らしい言葉に、今まで黙ってお茶を飲んでいた妻も微笑んだ。
「あら、もし人魚さんを捕まえたらちゃんと逃がしてあげるのよ。かわいそうだから。気をつけてね」
 元気よく返事をして息子が飛び出していくのを見届けると、僕はイスから立ち上がった。
「さて。これからちょっと仕事場をのぞいてくるよ」
 外に出ると、空は青く晴れ渡っていた。ただ、ちょっと調子が悪いのか、よく見るとほんの一部分、黒く欠けている所があった。
 空の下に広がる街並みの向こうには、光を白く反射している帯のような海が見えた。
 頑丈なフェンスで囲まれた、バカでかいガレージのような建物が僕の職場だ。
 警備員に挨拶をして、IDカードを何度もリーダーに読みこませる。更衣室で作業着に着替え、僕は目的の部屋についた。この部屋で行なわれている事は、家族にさえも極秘ということになっている。
 広い作業場は、まるで記録映像で見る見世物小屋のようだった。
 大きな翼を持つ犬。長い首を持つ女性。赤い帽子をかぶった、手の平ほどの小さなヒト。作りかけで金属の骨組が見えている物や、まだ色が塗られていない物もある。
 その間を、僕と同じ作業服を着た同僚達が忙しく行き来している。
「やあ、お疲れ様」
 僕は同僚の一人に声をかけた。
「息子の友人が、人魚を見たらしいよ。マーメイド五十二号、うまくやってるみたいじゃないか」
「ああ、あれは自信作だったからな」
 友人は誇らしげに笑った。
「しかし、文献を基に再現してるけど、本当に地球にはこんなのがいたのかな?」
 僕達のひいじいさんの時代は、地球という星に住んでいたらしい。しかし、その星は汚染され、廃棄せざる負えなくなった。僕達が今住んでいるのは、地球の半分ほどの大きさの宇宙船だ。酸素も水も人工的に作れるけれど、僕達の祖先はイミテーションを作ってまで、自然に包まれることを望んだ。空は宇宙船の天井に埋め込まれた無数の極小ライトが描き出したものだ。もちろん本物のように刻々と色を変える。
 もちろん、作られた海の深部に、森の影に、不思議な物などいるわけはない。だから、謎を作ることにした。
 ここにある幻想動物や妖怪たちは、精密なロボットにすぎない。完成したら密かにふさわしい場所へ放たれる。
 人間の気配を感じたら逃げるようにプログラムされているから、本当に運のいい者でないと遭遇することはできない。逆に言えば、本当に運のいい者なら見られるという事だ。
 壊れたら牙や爪など、あらかじめ決めた部位意外はキレイに分解されるようになっている。作り物だと気付かれる事はない。
「さあな。でも、伝説上で実際にはいないって書かれてる本が多い。そうそう、本といえばドスケーの書いた新作の小説読んだか? 今すごい話題だろ? あれに出てくる妖精ってぜったい昔お前が作ったものだよな」
 黄金色に輝く海辺で、腰まである長い髪をとかす魚の尾を持つ美女の姿。実際に自分が見たことのように脳裏に浮かぶ。
 その人魚が本物かどうかなんてどうでもいいことだ。大事なのは、その子が本当に人魚を見たと思っていること。
 けれど、今は本当に見たと思っても、成長するに連れて疑いを持つに違いない。本当かどうか自分でも分からない、謎の記憶となるだろう。
 そして、最後にそれは時々胸をよぎる思い出となる。時々タンスの奥から取出して、眺めて楽しみまたしまい込む、身に付ける機会のない宝石のような思い出に。
 ひょっとしたら、まるっきり忘れてしまうかも。それはそれでいいと思う。 
 人間には、特に子供には、必要なのだ。想像力が、暗闇にうごめくモノが。
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