我らアスター街ストレングス部隊~日常編~

三塚 章

文字の大きさ
1 / 4

第一話 憑いてる落し物

しおりを挟む
 特徴がないことが特徴という、のどかな街アスター。
 ちょうど午後の間延びする時間帯、行き交う馬車の速度も遅い通りを、三人の若者が歩いていた。揃いの黒い隊服に輝く、獅子のレリーフのついた金ボタン。街の治安を守るストレングス部隊の面々だ。
「ねえねえ! こんなの拾った」
 声をあげたのは三人のうちで一番年下のサイラスだった。男の割りにほっそりした手に、小さな紫の宝石が散りばめられた幅広の指輪が乗っている。
 唯一の女性隊員、ファーラがおもしろそうに覗き込んでくる。その拍子に腰まである赤い髪がサラリと揺れた。
「あら、結構高価そうな物ですわね。女性の親指用ですわ」
「へえ。あ、ほら、僕の中指にぴったり~」
 サイラスがふざける。
「とりあえず、隊で預かっとくか」
 言ったのは隊長のアシェルだ。
 ストレングス部隊では拾得物の管理もしている。この指輪、結構高価そうだ。すぐ落とし主が現われるだろう。
「「え、売らないの?」」
 サイラスとファーラ、二人の応えが重なった。
「……。おい、お前ら自分達の職業、自覚してるか?」
「え? 街の便利屋さん」
「たまに命張ってる割には安月給の割りに合わない損な役回り、ですわ」
「当たらずしも遠からずな所が悲しいな。しかし、売るとしたら、こいつと話し合いをしないと」
 アシェルはサイラスの頭の上を指差した。
 ファーラがその方向を見上げ、「あら」と呟く。
 そこには、半透明の女性が浮かんでいた。
「憑いてますわ。その指輪」
 サイラスが必死に指輪を抜こうとする。
「ああ! 取れない! 取れないい!」
 古風な服を着た、長い金髪の美女は、サイラスを見下ろした。
「あら。おかしいと思ったら、誰か、私の指輪をはめたのね」
「なんで? なんで僕ばっかり運が悪いのぉ!」
 サイラスの悲鳴は、とり憑いた幽霊自身が気の毒に思うほど感情がこもっていた。

「私、サシクといいます。生前は無名の画家でした」
 アシェルは隊の詰所でイスに腰かけ、女の訴えを聞いていた。
「画力はあったと思うんですけど…… 世間に認められなかったのが悔しくて悔しくて」
「なるほど。それで化けて出たのか。で、俺達にどうして欲しいんだ? まさか、自分の絵を有名にして欲しいとか?」
 アシェルは顔をしかめる。それは色々な面でむずかしそうだ。宣伝をしても肝心の絵に魅力がなければ意味がない。
「ねえ、アシェル。そんな難しいことする必要ありませんわ。サイラス、指をおつめなさいな」
 ファーラはふんわりと微笑んだ。
「い、いやあっ! 冗談だってわかってても怖いよファーラさん!」
「安心しろ、サイラス。いざとなったら俺がその指輪を斬ってやるよ」
「ちょ、隊長何取り出して…… トンカチとノミ、でかっ!」
「いやあ、それだけは!」
 サイラスと指輪の霊は仲良く悲鳴をあげた。
「あら、二人とも我がままですわね。それが嫌ならサシクさん、絵が売れるまでサイラスに体を貸してもらったらいかが? 月々そうね……」
「僕の体、賃貸物件?!」
 なんだか、つっこんでばかりのサイラスだった。
 結局、幽霊の願い事は二つ。「絵で有名になりたい」と「自分がなぜ死んだのか知りたい」。
 とりあえず簡単そうな最後の問題の手がかりを探しに、ストレングス隊の面々は町に戻っていった。
 どうやら、サシクは指輪の持ち主と関係のある人物にしか見えないらしく、他の通行人に騒がれるようなことはなかった。
「でも、なんで指輪なんだろうな?」
 アシェルがふと呟いた。
「画家だとしたら、もっと何か他の物…… 例えば絵筆とか、自分の描いた絵に取り憑くと思うんだが」
「う~ん、確かに」
 サイラスが相槌を打つ。
「それが、よくわからないんです。気づいたら指輪の中にいて。記憶がすごく混乱してて」
「まあ、それはしかたありませんわ。何せ、死んでるんですから」
「でも、この指輪がとっても大事な物だって言うのは覚えているわ」
「そういえば、話を聴いただけで肝心の指輪に関してはノーマークだったな」
 サイラスがアシェルに手を突き出した。
「これは、何か紋章が彫り込まれているな? この辺りの教会の聖印だなこりゃ。聖職者の身につける物だぞ」
「でも、見た感じ絵が趣味の聖職者って感じじゃないけれど?」
「おばかですわね、サイラス。聖画かなんか描いてたんでしょ? よかったよかった。行く先が決まりましたわね」

 教会の中は静まりかえっていた。どこかに出かけているのか、神父の姿までない。
「あら。これじゃあお話が聴けませんわ。仕方ありませんね。誰か詳しい者が来るまで……」
「その必要、なくなったかも」
 ぽつりとサシクが呟いた。
「思い出した。この教会」
「え。なんで? もう?」
 慌てるサイラスに、サシクは右の壁を指差した。そこにあるのは、大きな壁画。
「ああ。聖人の絵か」
 壁画に近付くアシェルの足音が響く。
 それは太陽に腰掛ける神様の絵だった。その周りを、聖人達がそれぞれのシンボルを持って取り囲んでいる。
「確か、ここの壁画はラクルスという画家が描いた物だったはずだが」
「ラクルス! 聞いたことがある」
 つまり絵に詳しくないサイラスでも知っているぐらい有名ということだ。
「もしかして、ラクルスってサシクさんのペンネーム?」
「違うぞ。たしかラクルスは男だ」
「これ、これ! 私が描いたの」
 ヒソヒソ話をするサイラスとアシェルを置いてけぼりに、サシクは必死で聖人の一人を指差した。
「ああ。あんたはラクルスの弟子だったのか」
 教会のドでかい壁画は、誰々作となっていても重要でない部分は弟子が描いているのだ。その聖人の一人だけ、サシクが描いたというのも納得できる。
「思い出したわ。この指輪。この壁画を描いた人に、依頼料として教会がくれたものなの」
 すりすりとサシクは指輪に頬ずりをした。もちろんサイラスに感触はない。
「じゃあ、もう自分がなんで死んだのかも思い出したかしら」
 ファーラの言葉に、サシクは胸の辺りで両手を強く組んだ。
「ええ。私、この絵を描いた後、病気で。私、この絵でようやく実力が認められ始めて、これからって所で……」
「サイラス。賃貸決定ですわね。彼女の夢が叶うまでがんばりなさいな」
 ファーラがポンとサイラスの肩を叩いた。
「ええ、本気ですかファーラさん?!」
「ストレングス隊兼画家業か。大変だな」
「隊長まで! そりゃないですよ!」  
 アシェルにすがりつくサイラスに、ファーラは形のいい眉をしかめた。
「あら。夢半ばで倒れたかわいそうな女の子に同情いたしませんの?」
「イヤイヤイヤ、幽霊に取り憑かれた仲間の方にまず同情しましょうよ!?」
「冗談だよ、冗談。サシク、無念なのは分かるが、大人しく昇天してくれないか?」
「で、でもぉ」
 サシクは明らかに納得していない様子だった。
「今ならもうちょっとうまく描けると思うしぃ」
 自分の作品を見たサシクは、ふと動きを止めた。
「ねえ。あれ、なんで足の部分が消えてるの?」
 サシクの描いた聖人は、足の部分の絵具が剥がれ、幽霊のようになっていた。その聖人だけではない。そこに描かれている聖人すべて、足元が薄くなっている。
「ああ、これ? お祈りの跡でしょ」
 言ったのは、サイラスだった。
「ほら、願掛けをする時とか、お願いが叶ったときに、皆絵にキスしていくんだよ。顔や手は畏れ多くて、皆足にするんだ。見たことない?」
「いや、知ってるけど」
 なんとなく、普通の人間である自分が描いた絵が、祈りの対象になっているのが不思議な感じがしたのだ。もちろん、皆絵そのものに祈っているのではなく、聖人に祈っているのだが。
「すごいですわねえ。ここまでになるのに、のべ何人かかったのでしょう」
 ファーラが呆れたように、感慨深そうに言う。
「もう、有名になるなんてどうでもいいじゃありませんか。名前は知られていなくても、貴女の絵はありがたがられているのですから」
「う~ん。なんだか丸め込まれたって感じ」
 それでも納得はしたらしく、サシクの姿はより薄くなっていった。
「まあ、本当に人の体を借りているわけにはいかないしね」
 サシクは一際高く浮かび上がった。
「教会で昇天ってのもなんかうまくできてるわ。じゃあ、ね」
 サシクの体が光に包まれる。全身の輪郭がぼやけ、細かな光の粒になる。
 金の粉の塊は、煙のようにふわりと空へ溶けていった。
「はー いっちゃった」
 サイラスの指からころんと指輪が抜け落ちた。

「しかし、幽霊って本当にいるんだな~」
 酒場で度の低い酒をすすりながら、サイラスは呟いた。
「だけど、ただ働きでしたわね」
 こちらはきつい酒を飲みながら、ファーラが肴のサラダをつついた。
「結局、あの指輪取られてしまいましたわ。あのお年よりに」
 あの後、三人の前に指輪の持ち主だという老人が現われた。
 その老人いわく、買った帰りに指輪を落としてしまったとの事。宝石店の店長に確かめてみたら間違いないようだったので、ストレングス隊の義務としてタダで返してあげたのだった。
「なんというお名前でしたっけ、あのご老人。フォーズさん?」
「確かそんなだったな」とうなずいたアシェルはクスクスと笑う。
「三文小説だと、大抵このあたりで……」
「お前さん達、誰の話をしているんだい?」
 話を聴いていたのか、マスターが声をかけてきた。
「フォーズ爺さんなら死んだよ。事故で三日前にな」
 酒を吹くまいとしたのだろう。サイラスが思い切り咳き込んだ。
「ちょ、待っ、じゃあ、僕達があったあのお爺さんは誰……」
「やっぱりな。こういうオチか」
 半眼で呟き、アシェルは残った酒をあおった。
「この町って、結構多いんですのね、幽霊の人工密度」
 ファーラが、「まあ、どうでもいいことですわ」とでも言いたげに口を押さえて小さなあくびをした。

【第一話 完】
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

【魔物島】~コミュ障な俺はモンスターが生息する島で一人淡々とレベルを上げ続ける~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
【俺たちが飛ばされた魔物島には恐ろしいモンスターたちが棲みついていた――!?】 ・コミュ障主人公のレベリング無双ファンタジー! 十九歳の男子学生、柴木善は大学の入学式の最中突如として起こった大地震により気を失ってしまう。 そして柴木が目覚めた場所は見たことのないモンスターたちが跋扈する絶海の孤島だった。 その島ではレベルシステムが発現しており、倒したモンスターに応じて経験値を獲得できた。 さらに有用なアイテムをドロップすることもあり、それらはスマホによって管理が可能となっていた。 柴木以外の入学式に参加していた学生や教師たちもまたその島に飛ばされていて、恐ろしいモンスターたちを相手にしたサバイバル生活を強いられてしまう。 しかしそんな明日をも知れぬサバイバル生活の中、柴木だけは割と快適な日常を送っていた。 人と関わることが苦手な柴木はほかの学生たちとは距離を取り、一人でただひたすらにモンスターを狩っていたのだが、モンスターが落とすアイテムを上手く使いながら孤島の生活に順応していたのだ。 そしてそんな生活を一人で三ヶ月も続けていた柴木は、ほかの学生たちとは文字通りレベルが桁違いに上がっていて、自分でも気付かないうちに人間の限界を超えていたのだった。

処理中です...