レンタゴースト!

三塚 章

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第三章 レンタゴースト、営業中。(後)

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 レイお待ちかねの放課後がやってきた。亜矢達は公園の隅に植えられた茂みに隠れ、葉っぱの間からベンチに座ったヒメカを観察していた。こうやって、気付かれないように相手をのぞき見るのはなんだかドキドキする。
 緊張のせいか、今は頭痛も気にならなかった。
「でもさ、なんでわざわざこんな所に呼び出したんだ? メールでやりとりするなら場所なんて関係ないだろうに」
 レイはちょっと呆れた風に聞いてきた。
「だって、ヒメカがどんな感じか気になるじゃない」
 虫除けをスプレーしたのにしつこく寄って来る蚊を追いはらいながら、亜矢が言った。
 公園のベンチに座ったヒメカは、心なしか蒼ざめているようだった。ふわふわした長い髪が横顔をが隠しているせいでよく見えないけれど、表情はかたそうだ。
「教室ではいつも通りに見えたけれど、そうとう無理してたっぽいじゃないの、あの様子じゃ。誰か相談できる奴がいれば、レンタゴーストなんて怪しげな所に頼むわけないし。かわいそうに。……なに?」
 何やらレイがニヤニヤしているのに気がついて、亜矢はきいてみた。
「いや、何のかんのでヒメカの事心配してあげてるんだと思ってな」
「べ、別に。どっぷり落ち込んでる方が、助けてあげた時に報酬をぼったくれると思っただけよ。さて。そろそろ約束の時間だわ」
 まだニヤニヤしているレイを放っておいて、亜矢はおもむろに携帯を開いた。文章を打ち込んでいると、レイがちゃっかりのぞきこんでくる。
『初めまして、ヒメカさん。俺は今、あんたの事が見られる場所にいる。でも、探したりしないように』
「なんで『俺』?」
「そうしておけば、レンタゴーストの正体が女だと思われないでしょ。念のためよ。送信っと」
 少しの間をおきメールが届いたようで、ヒメカが携帯を取り出す。『見られる場所にいる』の文字に、ヒメカは反射的に体を伸ばしたようだが、周囲を見回したりはしなかった。偉い。
 亜矢は続けてメールを送った。
『嫌がらせの内容を詳しく教えろ』
 しばらく時間がたってから返信が来た。
『それが、公衆電話から何度も無言電話がかかってきたり、道を歩いていると、視線を感じたり。つけられている気がするの。今日も、カバンにこんな物が』
 ヒメカがポケットから一枚の紙を取り出して掲げてみせる。
「うう、ここからじゃさすがに見えないわ。レイ、ゴー!」
「はいはい、幽霊使いの荒い奴め」
 ヒメカの持つ紙をのぞきこんで帰ってきたレイは、何やら顔をしかめていた。
「新聞の文字切り貼りして、文章にしてたよ」
「へえ。手書きの手紙を警察に持って行った所で、嫌がらせ程度じゃわざわざ筆跡鑑定までしてくれるとは思えないけどね。脅迫状はドラマやマンガのマネをしないとならないっていう決まりでもあるのかしら。で、文面は?」
「『恋人と別れろ。さもなくばお前を不幸が襲うだろう』」
「ありがちね。『さもなくば』って言葉、脅迫状以外に使う事あるのかしら」
 つまりは、恋人とヒメカの間を妬んだ奴の犯行らしい。大方、どっちかに片想いしている奴の仕業だろう。下らない事をする奴がいる物だ。
「それにしても、ヒメカに恋人がいたなんて」
「知らなかったのか?」
「噂は聞いたことがあったけどね。ヒメカ自体、秘密主義っていうの? 友達は多いクセにあんまり人に自分の悩みを言うような奴じゃないし」
 そんな事を言いながら亜矢は携帯に親指を走らせる。
『だったら、別れれば?』
「無理、それは無理!」
 ヒメカは思わずといった感じで声に出して叫んだ。それから真剣な表情でメールを打ち始めた。
『そんな事、私にはできない。彼とは幼なじみなの。ずっと一緒にいたのよ。彼と別れる事なんて……』
 それから、ずいぶんと長い間、ヒメカはボタンを押し続けた。
『実は私、ちょっと前、よく親とケンカしてたの。よくここに座って泣いてたわ』
(信じられないわね……人はみかけによらないと言うか)
 ヒメカはどちらかというと派手なタイプの女の子だ。めそめそ泣いている所なんて想像できなかった。
『そしたらある日、浦澤(うらさわ)君が通りかかってね。真冬だったのに、ずっと私の隣に座っていてくれたの。真冬だったのに、よ。余計な事言わないで、黙っていてくれたのが嬉しかった。そしたら次の日、彼、風邪ひいちゃって』
 なんとまあ、いい話だろう。心底想い合う恋人達というわけだ。この文章を見た限りでは。
「本当にそいつの事が好きなんだな」
 レイが感心したように言った。
「これで、実は彼が別れたくて嫌がらせしてたってオチならおもしろいのに」
 亜矢がボソッと呟く。
「おいおい……」
『分かった。犯人の正体を突き止め、嫌がらせを止めさせる』
 そう亜矢がメールを送った時だった。急にレイがバッと後を振り向いた。
「び、びっくりした。何?」
 呼びかけても、レイは道路の方を見たままだ。珍しく眉を少ししかめて。
「今……誰かがこっち見ていた気がする!」
 亜矢は慌ててレイの視線の先を確かめた。そこにはアスファルトの道路があるだけだ。自動車が一台通り過ぎていく。
「別に、誰もいないじゃない」
 ついさっき、『つけられている気がする』というメールを受け取った後だけに気味が悪い。ひょっとしたら、ヒメカのストーカーに、こっちの存在を知られたのだろうか?
「でも、今確かに……!」
 必死にレイは続けた。
「それに、それに、何か獣の臭いがする。亜矢には分からないか?」
 そう言われて鼻をひくつかせても、むせ返るような草の臭いがするだけだ。
「多分俺、生きていた時、同じ匂いを嗅いだ事がある」
「それって……もしかしてアンタの過去に関係ある人間が傍をうろついているって事?」
 レイはその言葉に応えずに、半透明の唇を噛締める。恐怖を必死で押さえつけているように。
 レイにとって、なくした過去を知ることは、そのまま自分がなんで幽霊になったのかを知る事だ。
 獣の臭いを手がかりに、おぼろな記憶を探るのは、自分の死体が入った棺桶に手を突っ込んで、その死因を探ろうとするような物だろう。
 怖いのは、分かる。分かるけど、人に取り憑いてまで過去を知ろうとしていたのに、いまさら怯(ひる)まれては、協力してやっているこっちの立場がないではないか。
「なんだかビビッてる見たいだけど……だったらやめれば? 過去知ろうとするの」
 わざと冷たい声で、亜矢は突き放した。
「別に誰に頼まれたわけじゃなし。そのままずっと気楽に漂ってればいいじゃない」
 レイは何も言わない代わりに、ムッとしたような顔をした。
「嫌なんでしょ?」
 子供みたいに素直に、レイはこくりとうなずいた。
「だったら、しょうがないじゃない。覚悟しなきゃ」
 「でしょ?」と笑ったら、何を思ったか、レイはじっと亜矢を見つめてきた。
 そしてふっと笑みを浮かべる。さっき、ベンチで初めてヒメカを見た感想を言ったときと、似たような笑みだった。
「な、何よ?」
「あのさ、お前、自分が思ってるよりいい奴だって分かってる?」
「え、何言ってるのよ」
 今度は亜矢が慌ててレイから顔を背けた。
 ちょうどその時、ヒメカからのメールが届いた。
『ありがとうございます。犯人に嫌がらせをやめさせてください』
「さ、さあ。とりあえず家に帰りましょう」
 慌てて亜矢は携帯を閉じた。
 何故か足早になる亜矢の後で、レイがクスクスと笑う気配がした。
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