5 / 19
人ごみの中で
しおりを挟む
ゴールデンウイーク中という事もあって、遊園地は人だらけだった。帰るときにはどれだけ疲れているだろうとハルミはため息をついた。せっかくの連休だから、本当は家でゆっくりしたい。けれど、たまには子供達にサービスをしなければ。
子供達に目を向けると、兄の文昭(ふみあき)は、楽しそうに笑っている。その様子に、思わずハルミも笑顔になる。そして、弟の義則(よしのり)は、周りの状況に戸惑っているように笑顔もなく、困惑したように、指をしゃぶって兄の後をついていく。
二人の違いに、ハルミはくすりと笑った。父親は同じなのに、こんなに性格に差が出るなんて。兄の文昭は活発なのに、義則はのんびり屋。しかも、三歳なのにまだ指しゃぶりをやめられない。
「ほら、汚いでしょ」
ハルミは顔をしかめ、義則の口から親指を引っこ抜いた。ハンカチで指を拭く。まあ、こんなことをしても、またすぐに始めるから意味はないけれど。義則の右手の指は、しゃぶりすぎているせいで皮膚が荒れているぐらいだ。
「ねえねえ!」
文昭がハルミの手を引く。
「僕、あれに乗りたい!」
そういって、観覧車を指さす。
「じゃあ、行こっか! 人が多いから、迷子にならないようにね!」
ハルミが二人と手を繋ぐと、文昭は驚くような強さで駆け出した。
注意していたはずなのに、恐れていたことはあっさりと現実になってしまった。いつの間にか、義則がいなくなっていた。園内のショップで、少し目を離した隙(すき)に。
「義則! 義則、どこにいるの!」
文昭も、小さい口を一杯にあげ、弟の名を呼んでいる。
大声をあげるハルミ達の近くを、たくさんの人達が不審そうな顔をして通り過ぎている。
こうしておろおろしていても仕方がない。取り敢えず、今まで立ち寄った所を探してみることにした。
手間の掛かる子だ。それでも、自分の子なのだから。そう、大切な大切な……
園内を流れる楽しそうな音楽、ポップ・コーンの匂い、けたたましい笑い声を立てる女の子五人組、お父さんの背中で眠っている子供。
そんな中をかき分け、動く柱のような人々の向こうに、ようやく義則の姿を見つけた。
噴水の近くで、何に夢中になるわけでもなく、ただぼうっと突っ立っている。
駆け寄ろうとしたハルミの足は、なぜか止まってしまった。
何かが、おかしい。
行きかう人々の間から見える義則は、髪の色も、顔も、着ている服も、遊園地に入った時と同じだった。でも、何か違和感があった。あれは、私の子供ではない。心がそう言い張って譲らない。
その違和感の正体はすぐに分かった。手だ。あの子はいつも右手をしゃぶっていた。でも、あの子がしゃぶっているのは、左手だ。
『『ニセモノの子』って知ってる?』
まだハルミが幼いとき、母が言った言葉。
『デパートとか、遊園地とか、人の多い場所にいるお化けでね。子供が親からはぐれるのをじっと待っているの』
確か、母はそう言っていた。
『それから、その子に化けて、本物が見つかる前にお父さん、お母さんの前に現れるのよ。本物と入れ替わっちゃうの』
聞いたその時は、きっと自分を迷子にさせないために脅かしているんだと思ったけれど。
女の子が、とことこと『義則』の前を横切ろうとする。そしてぽてっと転んでしまった。
すばやく『義則』が駆け寄って、女の子を助け起こした。
ハルミは、それを信じられない思いで見ていた。普段の義則だったら、驚いた顔をするものの、ただボーッとみているだけなのに。
そう、いつも何を考えているか分からない瞳をして、もう赤ん坊でないのに、指しゃぶりもやめられなくて。うじうじとして、はっきりと自分の考えを言えなくて。
女の子の両親が、『義則』に何か言った。女の子がバイバイ、と手を振る。『義則』も手を振って応えた。
その拍子にこちらに気づいたらしく、彼はぱあっと笑顔を浮かべる。賢そうで、喜んでいるのが一目でわかる目だ、
『義則』ハルミに駆け寄ると、ぎゅっと抱きついた。子供特有の高い体温が、ズボンの布地を通して伝わってくる。
「ああ、ヨシ君、よかった!」
ハルミは、『義則』の頭をなでた。
隣で文昭が息を呑む音がした。
「ね、ねえ、お母さん、それ、本当に義則? なんか変じゃない?」
囁かれたその言葉に、ドクンとハルミの心臓が高鳴った。
「な、なに言ってるのよ。どっからどう見てもヨシ君じゃない」
焦ったように『義則』を抱き上げると、傍(そば)にあったホラーハウスを指さす。
「ほら、あれ、面白そうだよ、行ってみよう!」
『義則』が駆け出すと、文昭もためらいながらも後に続いた。フミアキも、なんのかんの言ってまだ子供だ。『義則』にもすぐ慣れるだろう。子供の順応力はすごいものだから。
『ねえ、『ニセモノの子』はどうしてそんなことするの?』
『さあねえ。寂しがりなのかも知れないねえ』
『でも、置いてかれた本当の子はかわいそうだね。たくさんの知らない人の中に、一人で』
『そうだよ。だから、お母さんのそばを離れちゃだめよ』
子供達に目を向けると、兄の文昭(ふみあき)は、楽しそうに笑っている。その様子に、思わずハルミも笑顔になる。そして、弟の義則(よしのり)は、周りの状況に戸惑っているように笑顔もなく、困惑したように、指をしゃぶって兄の後をついていく。
二人の違いに、ハルミはくすりと笑った。父親は同じなのに、こんなに性格に差が出るなんて。兄の文昭は活発なのに、義則はのんびり屋。しかも、三歳なのにまだ指しゃぶりをやめられない。
「ほら、汚いでしょ」
ハルミは顔をしかめ、義則の口から親指を引っこ抜いた。ハンカチで指を拭く。まあ、こんなことをしても、またすぐに始めるから意味はないけれど。義則の右手の指は、しゃぶりすぎているせいで皮膚が荒れているぐらいだ。
「ねえねえ!」
文昭がハルミの手を引く。
「僕、あれに乗りたい!」
そういって、観覧車を指さす。
「じゃあ、行こっか! 人が多いから、迷子にならないようにね!」
ハルミが二人と手を繋ぐと、文昭は驚くような強さで駆け出した。
注意していたはずなのに、恐れていたことはあっさりと現実になってしまった。いつの間にか、義則がいなくなっていた。園内のショップで、少し目を離した隙(すき)に。
「義則! 義則、どこにいるの!」
文昭も、小さい口を一杯にあげ、弟の名を呼んでいる。
大声をあげるハルミ達の近くを、たくさんの人達が不審そうな顔をして通り過ぎている。
こうしておろおろしていても仕方がない。取り敢えず、今まで立ち寄った所を探してみることにした。
手間の掛かる子だ。それでも、自分の子なのだから。そう、大切な大切な……
園内を流れる楽しそうな音楽、ポップ・コーンの匂い、けたたましい笑い声を立てる女の子五人組、お父さんの背中で眠っている子供。
そんな中をかき分け、動く柱のような人々の向こうに、ようやく義則の姿を見つけた。
噴水の近くで、何に夢中になるわけでもなく、ただぼうっと突っ立っている。
駆け寄ろうとしたハルミの足は、なぜか止まってしまった。
何かが、おかしい。
行きかう人々の間から見える義則は、髪の色も、顔も、着ている服も、遊園地に入った時と同じだった。でも、何か違和感があった。あれは、私の子供ではない。心がそう言い張って譲らない。
その違和感の正体はすぐに分かった。手だ。あの子はいつも右手をしゃぶっていた。でも、あの子がしゃぶっているのは、左手だ。
『『ニセモノの子』って知ってる?』
まだハルミが幼いとき、母が言った言葉。
『デパートとか、遊園地とか、人の多い場所にいるお化けでね。子供が親からはぐれるのをじっと待っているの』
確か、母はそう言っていた。
『それから、その子に化けて、本物が見つかる前にお父さん、お母さんの前に現れるのよ。本物と入れ替わっちゃうの』
聞いたその時は、きっと自分を迷子にさせないために脅かしているんだと思ったけれど。
女の子が、とことこと『義則』の前を横切ろうとする。そしてぽてっと転んでしまった。
すばやく『義則』が駆け寄って、女の子を助け起こした。
ハルミは、それを信じられない思いで見ていた。普段の義則だったら、驚いた顔をするものの、ただボーッとみているだけなのに。
そう、いつも何を考えているか分からない瞳をして、もう赤ん坊でないのに、指しゃぶりもやめられなくて。うじうじとして、はっきりと自分の考えを言えなくて。
女の子の両親が、『義則』に何か言った。女の子がバイバイ、と手を振る。『義則』も手を振って応えた。
その拍子にこちらに気づいたらしく、彼はぱあっと笑顔を浮かべる。賢そうで、喜んでいるのが一目でわかる目だ、
『義則』ハルミに駆け寄ると、ぎゅっと抱きついた。子供特有の高い体温が、ズボンの布地を通して伝わってくる。
「ああ、ヨシ君、よかった!」
ハルミは、『義則』の頭をなでた。
隣で文昭が息を呑む音がした。
「ね、ねえ、お母さん、それ、本当に義則? なんか変じゃない?」
囁かれたその言葉に、ドクンとハルミの心臓が高鳴った。
「な、なに言ってるのよ。どっからどう見てもヨシ君じゃない」
焦ったように『義則』を抱き上げると、傍(そば)にあったホラーハウスを指さす。
「ほら、あれ、面白そうだよ、行ってみよう!」
『義則』が駆け出すと、文昭もためらいながらも後に続いた。フミアキも、なんのかんの言ってまだ子供だ。『義則』にもすぐ慣れるだろう。子供の順応力はすごいものだから。
『ねえ、『ニセモノの子』はどうしてそんなことするの?』
『さあねえ。寂しがりなのかも知れないねえ』
『でも、置いてかれた本当の子はかわいそうだね。たくさんの知らない人の中に、一人で』
『そうだよ。だから、お母さんのそばを離れちゃだめよ』
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる