俺とつくも神。

三塚 章

文字の大きさ
12 / 12

最終章 平和に対する一考察

しおりを挟む
 夕暮れの本屋は、例によって時間の流れがやたらとゆっくりだった。黄金色の夕日が店内に入り込んで、本をほんのちょっとだけ黄ばませていく。平積みされたファッション誌は、早くも冬の小物特集だ。外の木は緑がだいぶ深くなって、もう少しすれば茶色くなるだろう。
本当はいけないのだが、店長がいないことをいいことに和樹はレジのイスに腰を下ろしてカウンターに肘をつく。
「ねえ、和樹」
 羽原は、隣でコミックに立ち読み防止のビニール袋をかけていた。
「さっきから何考えてるの?」
「平和のありがたさについて」
「随分と哲学的なことを考えているのね」
 和樹が帰ってきたとき、当然ながらちょっとした騒ぎがあった。テレビに流されていたおかげで、和樹は地元でしばらく有名人になっていた。今まで連絡なかった中学時代の同級生から連絡があったり、親戚から連絡があったり。いたずら電話やら、何を考えているのか『無事に帰ってこられたのは我輩が祈ってあげていたからだ。だからお布施をよこせ』なんて怪しげな霊能力者からの電話まであった。
(冗談じゃねえって。こっちはお布施どころか当分神社とかイワク着きの物には近づきたくないっての)
 嬉しい事に、ちょうどそのゴタゴタも落ち着いてきた所で、和樹は久々に平凡な日々、という物を満喫していた。
「平和ね」
 羽原がぽつんと呟く。
「いい人だったな、黒埼の奥さん」

見慣れないおばさんが部屋に来たのは、和樹は自分がどんな風にここまでたどり着いたか羽原に語り終わった頃だった。
おばさんは病み上がりらしく、白いネグリジェから見える手足は痩せてしまっていた。それでもやわらかい眼差しとか、色が薄いけれどふっくらした唇とかから、健康な時なら結構キレイな人なんだろう、と想像がついた。
「あ……」
 生き別れの娘でも見つけたように、彼女は固まったまましばらく羽原の姿をみつめていた。
「良かった…… 目が覚めたのね」
ぽろぽろ涙を流しながら抱きついて来た見知らぬ女性に、羽原は少し目を大きく開いた彼女は正美という名前らしく、黒崎に説得され病気の治療のためにこの島に来たらしい。
「羽原さん。あなたの事は鎮乃目さんから聞いているわ。眠っている間、ケガや病気を治す力を持っているって。ごめんなさい。私はあなたを利用して……」
「いいの、別に。自分の命が掛かっていることだもの。仕方ないわ」
和樹は、実の父親のたくらみも隠さずに話していた。羽原にごまかしは通用しない。
「しかたないって。随分心が広いな」
 半分呆れて和樹は言った。自分が衰弱しながら眠っているのを知っていながら治療に利用した奴なんて、一樹だったら許せないのだが。
「何を利用しても生きたいと思うのは人間の本能だから、しかたないわ。私が許せないのは、鎮乃目を信じた自分のバカさ加減だけよ」
 クールというよりはドライな羽原の言葉に、正美はちょっと目を丸くしていた。
「ああ。こういう奴なんだよ、羽原は。ところでおばさん、外にも誰か、患者さんがいるの?」
「ええ。あと何人か」
「まだ、鎮乃目の計画が始めの方でよかったわ。もし何人もいたら大変だったわよ」
 ルリがフンと鼻を鳴らした。
「そうだ。医者! 医者呼ばなくちゃ!」
 まったりとした夢から覚めてハッと遅刻に気がついたように、和樹は慌てて立ち上がった。
 もしもまだ病人が残っていたら、早い事なんとかしなければならない。たぶん、この島に鎮乃目以外の医者はいないだろう。羽原が目を覚ました以上、誰かが発作か何か起こしても、こっちは処置の仕方がわからないのだ。
「おやめなさい!」
 いきなり正美に怒鳴られて、和樹はびっくりした。
「他の人なら大丈夫。不治の病ってわけじゃないし、すぐに容態が悪くなるって病気じゃないわ。中には風邪なんて人もいる。鎮乃目は、病気の重度じゃなくて金や地位で治療する人を決めたのよ。そうすれば、宣伝代わりになるから。もっと羽原さんの力が認められてから、病院を大きくして、一般の人にも開放するつもりだったのね」
「つくづくむかつく話だな」
「だから、外の患者さんの心配しないではやくここから出た方がいい」
 いつの間にか、妻は泣くのをやめていた。本性が出たというか、落ち込んでいたのが治ったというか、ちょっと変身したみたいだった。
「ここには、銃やら何やら、物騒な物が多い。あなた方がここにいたことが警察に知れたら、何かと面倒なことになるでしょう。今すぐここを出るのです」
 たしかに、銃やら怪しい団体について説明するのは色々面倒なことになりそうだ。それに、何かの罪で鎮乃目が逮捕されたら、一番被害を受けるのは羽原だ。父親が犯罪者、となると、余計な苦労が増えるに違いない。
「でも……」
「ここの事なら、心配無用」
 まるでどこかの女帝のように、彼女は胸を張って余裕たっぷりの笑みを浮かべた。
「こう見えても黒瀬の妻ですからね。後片付けには慣れています」
「ハ、ハア」
 浮かべた笑みが引きつっているのが、和樹には自分でよく分かった。
(死んだ婆ちゃん。食堂の漁師さん。なんだか、アブなそうな人間と仲よくなってる俺の人生ってどうなんでしょう? このままでいいんでしょうか?)
「さあ、そうときまったら、ぐずぐずしないでいきましょ。ボート、盗まれていなければいいけど」
 ルリがポケットからボートの鍵を取り出す。鈴のついたキーホルダーを指に引っ掛けてくるくると回しながら、廊下へ出て行った。
「和樹。あなたも神にあったのね。あのコンガさんがつくも神?」
 ルリの後を追いながら、羽原は胸にかけられていた十字架のペンダントを握りしめた。たぶん、あのペンダントに癒しの神が宿っていたのだろう。どんな神様か、見たかったような気がしないでもない。
「見えるのか。たぶん、お前も能力を持っていたからだな」
 和樹はちょっと顔をしかめた。目が覚めたことで、羽原の能力は消えている。それでもコンガの姿が見えるということは、仮に和樹が能力を失ったとしても、町角で奇妙な半透明の生き物を見ることになる、という証拠だ。
「そう。そういえば、貴方は今嘘をつけないのね」
 ほんの少し、羽原は微笑んだ。
「つけないわけじゃないけれど、ついたら私がわかるわね」
 フワッと寄って来たコンガはニヤついていた。
「辛かったでしょう? ここまでくるのに」
「ま、まあな」
「トゥルー」
 いちいち本当だとコンガが請け負ってくれた。
「じゃあ、私のこと、嫌いになった?」
「い、いいや」
「トゥルー」
「私の事、好き?」
 別に迷ったわけではないが、照れくさくて、和樹は答えるまでに時間をかけた。
「ああ」
「トゥルー!」
 羽原はにっこりと微笑んだ。今までした苦労では安いくらいの笑顔だった。

ぼけっと過去の羽原にみとれている和樹を邪魔するように、ジャージ姿のおじさんがレジに週刊誌を置いた。
表紙は、テーブルの上にズラッと並べられた銃の写真だった。その真横に、『葉巻島・謎のカルト教団』とゴテゴテした字で書いてある。
もちろん、島から大量の武器が見つかった事件は、新聞とワイドショーをにぎわせることになったが、事実とちょっと違っていた。集めていたのは黒瀬でも鎮乃目でもなく、ナントカいう謎の集団。その集団は、武器を買うお金は病人をターゲットにした霊感商法で稼いでいたとか、いないとか。
あの奥さんがどんなふうに警察に嘘を信じ込ませたのか知らない。たぶん彼女には二度と会わないので、真相は永遠に分からないだろう。
そして鎮乃目は完全に行方不明になっていた。また羽原にちょっかいを出してくるんじゃないか? と思ったけれど、羽原は首を振った。『黒瀬の後ろ盾がなくなったからには、父も下手なことをしないはず』だそうだ。黒瀬のバックがなければ、鎮乃目にテキパキとした誘拐なんてできないし、もし失敗したら鎮乃目に警察を動かす力はないから、間違いなくつかまる。
『それに、目が覚めた時点で、私に利用価値はないはずだから』
『何も、お前の能力が欲しいだけでさらったわけじゃないぞ』
『だったら、手紙でも出そうかしら。いつまでも大好きだとかなんとか』
 自分で言ってみた冗談が、思いの他不愉快だっただしく、羽原は形のいい眉をしかめていた。
 ちなみに、彼女の母親のことは言っていない。羽原に言っても、過去は変わらないし、変に彼女の心を乱したくないからだ。
 それに、はっきりと口には出さない物の、ことの真相を羽原は薄々感づいているようだった。だとしたら、その事実をどうやって受け取るかは彼女自身の問題なわけで。
「お?」
 写真の隅の小さな文字に気付き、和樹はクスッと笑った。
『撮影者/RURI』
 同じ物に気がついたのか、羽原がこっちに目配せしてくる。二人は顔を見合わせて、クスクスと笑った。
「へえ、やるじゃん、ルリちゃん」
 今まで消えていたコンガがひょっこりと姿を現した。もちろん、本屋のエプロンをつけて。すっかり妹分になったジッポが表紙を覗き込む。
「なあ、お前、もう目的果たして契約解除したはずなのに、なんでまだ取り憑いてるの? おまけにジッポまで増えてるしさ」
 お客に聞こえないように小声で和樹は言った。
 ジッポはもじもじとコンガの背中に隠れた。
「堅い事言わない」
「あの、レジ……」
 営業スマイルとは違う店員さんの笑顔に、おじさんは少しためらいながら声をかけてきた。

ー完ー
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。

しばたろう
ファンタジー
無能だと思い込み、荷物持ちのレンジャーを追放した戦士アレクス。 しかし―― 彼が切り捨てた仲間こそが、 実はパーティを陰で支えていたレアスキル持ちだった。 事実に気づいた時にはもう遅い。 道に迷い、魔獣に襲われ、些細な任務すらまともにこなせない。 “荷物持ちがいなくなった瞬間”から、 アレクスの日常は静かに崩壊していく。 短絡的な判断で、かけがえのない存在を手放した戦士。 そんな彼と再び肩を並べることになったのは―― 美しいのに中二が暴走する魔法使い ノー天気で鈍感な僧侶 そして天性の才を秘めた愛くるしい弟子レンジャー かつての仲間たちと共に、アレクスはもう一度歩き出す。 自らの愚かさと向き合い、後悔し、懺悔し、それでも進むために。 これは、 “間違いを犯した男が、仲間と共に再び立ち上がる” 再生の物語である。 《小説家になろうにも投稿しています》

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/蠱惑の魔剣/牙狼の王ノルド

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

構造理解で始めるゼロからの文明開拓

TEKTO
ファンタジー
ブラック企業勤めのサラリーマン・シュウが転生したのは、人間も街も存在しない「完全未開の大陸」だった。 ​適当な神から与えられたのは、戦闘力ゼロ、魔法適性ゼロのゴミスキル《構造理解》。 だが、物の仕組みを「作れるレベル」で把握できるその力は、現代知識を持つ俺にとっては、最強の「文明構築ツール」だった――! ​――これは、ゴミと呼ばれたスキルとガラクタと呼ばれた石で、世界を切り拓く男の物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...