吸血美女とピンクパーカー

三塚 章

文字の大きさ
14 / 18

コインロッカーの秘密

しおりを挟む
 修のために救急車を呼んだ後、黒川は管轄の派出所に連絡をした。
「ああ、だから、爆弾の設計図が……名前? 黒川だ。所属は……」
 こっちが本当の警官か照会する時間がもどかしく、非常事態を告げる。
 話ながら、自分の車に乗り込む。
 スマホをフリーハンドに設定して、ダッシュボードに置いてエンジンをかけた。
「いいか、瑛実駅のロッカーだ! ロッカーの上に鍵があると言っていた」
『わ、わかりました。今すぐ報告を……』
 本当だったら、爆弾処理班をぞろぞろ呼んで欲しい所だが、何せ図面書かれた落書きのような日時と、現在精神的に不安定になっている者の証言だけだ。黒川が期待するような対応は難しいだろう。
『私は二村と申します。何か進展があったら、また報告しますから』 
 それではいったん失礼します、と断って、二村は電話を切った。

 再び二村から連絡が入ったのは、まだ黒川が瑛実駅にたどり着く前の事だった。
 スマートフォンの画面に、若い警官の姿が映る。初めて見る二村は、いかにも実直そうな若者、という感じだった。
 『瑛実駅』と看板のかかった小さな駅を背景に、二村は好奇心と、恐怖の入り混じったなんとも奇妙な表情をしていた。
『少し前に瑛実駅に到着しました。警備部から爆発物処理班が……』
 二村はスマートホンを動かし、自分の背後を見やすくしてくれた。どうやらご丁寧にリアルタイムで映像を送ってくれるようだ。
 ロッカーの周りは、黄色い規制線を張り巡らされていた。
「なに、なんかイベントか?」
「いや、事件っぽいですよ」
 外回りの途中の上司と部下らしき二人組の会話が聞こえてきた。
「え、なんかドラマで見るみたいなテープ張ってあるよ、やばくない?」
 女子高生はそう言いながらもなんだか楽しんでいるようだった。 
 他の人達も、物珍しそうに規制線の方を向きながら歩いていく。中には足を止める者もいるが、二村のお仲間が「立ち止まらないでください!」と追い立てている。
(爆弾の規模が分からない以上、もう少し距離を取った方がいいんじゃないか)
 そう思ったが、手作りの爆弾ならこんなものかも知れない。
 黒川は、道の端に車を停めた。こんな映像が送られてきたら、気になって運転どころではない。
 ロッカーの中に何が入っているか、機動隊員の一人が確認することになったようだ。対爆スーツを着た隊員が見えた。
『これから、始まるようですよ』
 黒川のスマホの小さな画面に、こちらを覗き込む二村が大写しになる。
 景色が右から左に流れ、二村の姿が消えると、画像は古びた灰色のロッカーで止まった。立ち入り禁止の黄色いテープで囲まれている。
 いまどき古いタイプのロッカーで、鍵で開閉する物だ。ロッカーの上には、スポーツ新聞や空缶が捨てられていた。
 ごつい装備をして、大き目のアタッシュケースを持った隊員が一人、ロッカーに近づいて行く。
 隊員は荷物を置くと、持って来た台に乗り、ロッカーの上を探る。そして、何かガムテープのようなものをはがしたようだった。
 ヘルメット越しのくぐもった声で、隊員が二村に何かを言った。
 音が遠く、黒川にははっきりと聞こえなかったが、二村が教えてくれた。 
『ああ、鍵が貼り付けてあったみたいです』
 画面の外から聞こえてくる二村の声は、少し緊張しているようだった。
(鍵が貼りけられていた……修の供述通りだ。だとすると、まさか爆弾も本当に?)
 それに鍵があるということは、受取り人が来ていないということか? だとしたら、爆弾もそのまま?
 隊員は台をおり、ケースから何か機械を取り出した。分厚いタブレット型の端末のようなものをロッカーの扉に当てている。
 これで空港の荷物検査のように中を見ているのだろう。
『ば、爆弾なんて。ただのいたずらですよね』
 二村の呟きは、どこか祈っているような響きがある。
 答える気にもならず、黒川は画面の中で左右にすべる端末に見入った。警官も、口を閉ざず。
 電車が通り過ぎていく。
 黒川は思わずツバを飲み込んだ。
 西村も何も言わなかった。
 機動隊員は、しばらく中を探ってから機械を離した。そして二村の方に顔をむけて叫ぶ。
『爆弾は見つかりません!』
 スマホ越しに、二村の安堵した溜息が聞こえてきた。
 黒川も、いつの間にか止めていた息を吐いた。
『だ、そうですよ』
 画面をのぞき込む西村の顔が大写しになる。
 二村は安心したようだが、黒川の心臓は再び暴れ出した。
 修の様子は、とても冗談や嘘には見えなかった。ロッカーの中に爆弾がないのなら、やはり誰かが持ち去ったのだ。ご丁寧に、空のロッカーに再び鍵をかけて。
 じゃあ、爆弾は一体どこへ?
 隊員が、ロッカーの小さな扉の取っ手に指をかけた。
 事前の検査で爆弾はなく、若い隊員が吹き飛んだりはしないとわかってはいても、妙に緊張してしまう。
 小さい扉が開く。
 画面がブレ、西村がロッカーの中を覗き込んでいる気配がする。
『なんか、紙が何枚か入っているだけですよ』
 隊員の声が聞こえ、黒川はほっと緊張を解いた。
 二村は立ち入り禁止のテープをくぐってロッカーへ近づいていく。
 揺れるスマホの画面に、番号をふられて規則正しく並んだ鉄扉(てっぴ)が映し出される。
 そして二村は隊員が戸を開けたままのロッカーの一つにスマホをむけた。
 開いた扉の奥は暗く、よく見えない。そのうちにカメラの補正が働き、隊員のいうように底に何枚か紙が雑に置かれているのが分かった。
 二村の片手が伸び、ぱらぱらとめくる。
 なにやらほとんどがチラシのようだが、角度が悪くてよく見えない。
『ほとんどただの広告みたいです。あ、誰かの写真がありました』
「お、おい、もっとはっきり見せてくれって」
 黒川のリクエストに応え、二村はスマホを紙に向ける。
(これは……)
 観光名所や、高層ビルなど、人の集まる所のパンフレットやホームページを印刷したものだった。
(まさか、このどこかに爆弾を仕掛けたとでも?)
 そして一枚の写真。そこに映っていたのは……
(ケイ! それと、ケイの友人か)
 黒川は大きく息を吸って動揺を抑えた。
(なんだか、嫌な予感がする)
 もちろん、修はケイの友人だ。一緒に写っていた写真を持っていても不思議ではない。でも、その写真が他でもない、このロッカーに入っているということは、ケイに対する何らかのメッセージに間違いない。
『あ、他にも写真が……』
 西村が片手で苦労しながら写真をめくる。
(これは……)
『とりあえず、後で画像も送りますね』
 二村がなかなか気の利く所を見せた。
「そうか、すまない」
『じゃあ、とりあえずいったん切りますね』
 まずは、ケイに事の次第を教えて置いた方がいいだろう。
 動揺のせいで間違えないように気をつけながら、黒川はスマホを操作した。 
 幸い、ケイはすぐに捕まった。
『それで、どうなった?』
 電話が繋がったとたん、ケイはそう言った。
「ああ、それが……」
 黒川は、今までのことを彼に告げた。
 修を見つけたこと、そしてロッカーを調べたことを。
『それで、修は無事なんだな』
 ケイの口調には、怒りと焦りがごっちゃにまざっていた。
 無理もない。ただでさえ友人がいなくなったのは不安で心配だろうに、その友人が爆弾騒ぎにかかわったというのだから。
「ああ。といっても、医者に話を聞いたわけじゃないから、俺の見たところだけだが」
『よかった』
 心の底から絞り出すような声だった。
「確かにそれはよかったが、問題は爆弾だ。おそらく誰かが持って行った後だ!」
 きっと、共犯者がいるのだろう。といっても修の様子からして、その共犯者がどこに爆弾を仕掛けたのか、修自身も知らないようだが。
『ねえ、修の冗談ていうか、嘘ってことはないの?』
 スマホ越しのケイの声は、すがりつくようだった。
「お前がそう思いたいのは分かるがな。残念だが、彼の様子からそれは考えられない」
『ええ? だとしたら、ヤバい事になるじゃんか。爆弾が行方不明ってことなんだから』
「……」
(まさしくその通り……)
『それで、ロッカーの中にはなにも入っていなかったの?』
「それがな、プリントの束が入っていた」
『プリント?』
 どんなパンフレットがあったか、黒川は説明した。
『観光地とか、広場とかって賑わう場所の? それって……爆弾を仕掛ける場所を選んでいたとか……』
 どうやら、ケイも同じことを考えていたようだ。
「あ、ああ、広告があるって聞いたときは、俺もそう思っていた。けど、他にも意味があるんじゃないかな」
 さっき見た、二人の古い写真が頭に浮かぶ。
『他の意味?』
 その写真について、一応自分なりの推測はあるが、何というか、言いづらい。
(自分のためにこんな事件が起きたなんてケイが知ったら……)
 でも、言わないわけにはいかないだろう。
 思い切って口を開く。
「あのな、プリントの他に、お前の写真があった」
 ケイが息を呑んだのがスマホ越しに伝わって来る。
 大学からの帰りをとらえた物だろう。街並みを背景に、リュックを背負ったケイが映っている。カメラの方を見ていないところを見ると、本人の了承を取って撮ったものではないようだ。
『なんで……なんでそんなもんが』
「そんなおそらく、クイズだと思う。お前に、その束(たば)の中のどこに爆弾を仕掛けたのか当てろっていう」
 そうでないと、爆弾を取り出した後、犯人がわざわざロッカーのカギをかけたのは、広告や写真を誰かに盗られることなく、ケイに見せたかったのだろう。
『はあ?』
 ケイの返事には怒りと驚きと困惑が混じっていた。
『なんでそんなこと!』
「さあな。だが、この犯人がお前にこだわっているのは確かだ」
 ケイは黙り込んでしまった。
 考える時間をあげたいのは山々だが、状況が許してくれない。
 黒川は腕時計を見た。修と出会ってから、結構な時間が経っている。
 もし本当に修が爆弾を仕掛けているなら、いつ爆発するか分からない。
「いいか、プリントにある施設を読み上げるぞ。ピンと来るものがあったら教えてくれ。ひょっとして、お前なら分かるかも知れない。いいか、スカイツリー、ヒカリラグーンショッピングモール――」
『それだ!』
 飛びつくようにケイは言った。
「ボク、そこでバイトしたことがある」
『よし、分かった。すぐに人を向かわせる。状況が分かるまでそこを……』
 動くな、と言い終わる前に、通話は切れた。
「ああ、クソッ」
 黒川は手の平でハンドルを叩いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

キモおじさんの正体は…

クラッベ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生し、ヒロインとなったナディア。 彼女はゲーム通りにいかない悪役令嬢のビビアンに濡れ衣を着せ、断罪イベントの発生を成功させる。 その後の悪役令嬢の末路は、ゲーム通りでは気持ち悪いおっさんに売られていくのを知っているナディアは、ざまぁみろと心の中で嘲笑っていた。 だけどこの時、この幸せが終わりを迎えることになるとは、ナディアは思っても見なかったのだ。

ワケあり公子は諦めない

豊口楽々亭
ファンタジー
精霊の加護により平和が守られている、エスメラルダ公国。 この国の公爵家の娘、ローゼリンド公女がある日行方不明になった。 大公子であるヘリオスとの婚約式を控えた妹のために、双子で瓜二つの兄である公子ジークヴァルトが身代わりになることに!? 妹になり代わったまま、幼馴染みのフロレンスと過ごすうち、彼女に惹かれていくジークヴァルト。 そんなある日、ローゼリンドが亡骸となって発見されて……───最愛の妹の死から始まる、死に戻りの物語!! ※なろう、カクヨムでも掲載しております。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...