吸血美女とピンクパーカー

三塚 章

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ショッピングモールの爆弾

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 午後のショッピングモールは、のどかな光景が広がっていた。
 正面広場に置かれたマスコットのオブジェに子供がよじ登ろうとしている。大きなカートに荷物を山積みにして駐車場に向かう家族連れ。
 広場横には大きな池があり、犬の散歩をしている者や、犬なしでタダの散歩をしている人がいる。池の縁にそって植えられた木々のこずえから小鳥のさえずりが聞こえてくる。
 バイクをその辺りに放りだし、入口でうとうとしている人々の間を通り抜ける。買物を楽しむ恋人たち、走り回る子供達と、それをたしなめる母親。
 彼らは何も気づいていないが、爆弾で吹っ飛ばされるかも知れないのだ。
 敷地の一部がクレーターになったこの広場。頭上を飛ぶヘリコプター。規制線。それに、ヒステリックに叫ぶリポーター。そんなような物が頭に浮かぶ。
(なんで?)
 その言葉だけが何度も頭の中で繰り返される。
(アイツはテロなんて起こす奴じゃないのに)
 そこでもう一人の自分が囁いた。
(本当に?)
 本当に、自分は直之のことを知っているのだろうか?
 ひょっとしたら、顔や表情に出さないだけで、この社会に恨みを持っていたのかもしれない。変な宗教にはまっているのかも知れない。
 人の心なんて読めないのだから。
(それに、直之だってボクのことを理解していないしね)
 だって、アイツとボクは違うから。
 自分を見つめる母の眼に浮かぶ、恐怖と嫌悪の色。

 いつからだろう、警察に協力するようになったのは。
 いつだったか、家の中を駆け回って花瓶を割ってしまったことがある。居間のテーブルのそばに置かれていたものだ。
物だ。その時父は出かけていて、母は二階で何かをしていた。
 母が下りてきて見つかったら怒られる。花瓶を割ったことよりも、狭いアパートでうるさく駆け回ったことで。
 ケイは、慌ててかけらを拾い集めた。
「痛!」
 かけらの断面で人差し指を切ってしまったのだ。床の水たまりに落ちていった血の赤色を、今でもはっきりと覚えている。
 階段を下りてくる母親の足音が、この世の終わりのように響いた。
 慌てて薄暗いカーテンの裏に隠れる。
「まあ、何これ!」
 布越しに母親の声が聞こえてくる。
「ケイね! まったく、あの子は!」
 しばらくイスを動かす音や、辺りをうろつく足音がした。ぱっと周りが明るくなった。
「ここにいた!」
 母親にカーテンから引っ張り出される。
「またあんたは! どたどた走り回って!」
 抵抗むなしくクローゼットの中に押し込められる。
「しばらくここで反省していなさい!」
 周りが闇に包まれた。
 左右の扉の真ん中から、細い一本の線のように光が漏れている。それだけが唯一の明かりだった。
「出して! 出して!」
 ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
 たぶん取っ手に棒を渡したか、縛るかしたのだろう。どんなに叩いても扉は開かなかった。
 後ろで、何かが動いた気がした。きっと、何かが背後にいるのだ。狂暴で、子供の肉が大好きな魔物が。普段は小さくてスライムみたいなのに、子供を食べるときだけ大きくなって、頭からかじりつく奴が。
「開けて! 開けて!」
 戸を叩く音が響く。
 その怪物がクローゼットの床をはう音を聞いた気がした。
 ああ、ボクはこのまま食べられてしまうんだ。
「うわああ!」
 いきなり周りが明るくなった。
 ぴちゃりと足が水を踏む。
 ホコリっぽい臭いはもうしない。ちりとりを持った母が、背中を向けていた。
 こっちの気配を感じて、彼女は振り返った。
「きゃあ!」
 母が悲鳴をあげた。
 まるで自分が化け物になったようだった。ついさっきまで、自分が怯えていた化け物に。
 そして、両親は…… 別にケイを捨てたりはしなかった。ただ、くれぐれもその能力を人の前で使うなと言ってきた。
 人間は、自分と違う者を恐れる。きっと仲間外れにされる。下手をすれば、殺されるかも知れない、と。
 ああ、そうだ。そのことは、身を持って知っている。ほかでもない、両親から教わった。
 なにも、マンガかアニメにあるように、化け物として殺されそうになったわけではない。ただ、時折両親ケイを見る目に、隠しきれない恐怖が浮かんでいた。
 だから、ケイは思い知った。自分が、両親、いや、他のほとんどの人間と違うということを。

 制服の女の子にぶつかりそうになりながら、モールの建物の中にかけこんだ。サッカー選手のように人々の間を縫いながら自分が働いていたCDショップに向かう。
 能力のことは、直之には言っていない。黒川にも、結衣香にも、本当の能力
すべてを話したとしても、完全に理解してはくれないだろう。
 自分と直之とは違うから。直之だけではない。黒川も、結衣香も違う。
 人間と妖怪が違うように。人間と化け物と違うように。
 今の季節に合わせ、ショッピングモールには若葉のオブジェや装飾品が飾られている。
 CDショップにあまり人がいなかった。
 ポニーテールの小さな女の子が、背伸びをするようにCDジャケットを母親に差し出している。
「お母さん! ぞうさん、ぞうさん!」
「本当だ、ぞうさんの絵だね~」
 聞こえてくるほのぼのとした会話に、ケイは胃がよじれるようだった。もしも爆弾が爆発したら、この母子(おやこ)が血まみれで倒れることになる。
(爆弾は?)
 飛び込んできたケイの勢いに、客達が驚いた顔を向けてくる。
 人を押しのけるようにして、ケイはショップの中を走り回る。
 床の上にそれらしい物はない。
(じゃあ……)
 商品棚の下にある引き出しを開け始める。隠せるとしたらここか、カウンターだ。カウンターよりは、ここの方が調べやすい。
「お客さま、困ります! そこは在庫を入れる場所で……」
 店員を押しのけ、次々に引き出しを開け続ける。ない。ない。
(黒川は、犯人がボクを意識していると言っていたが……)
 もし、ここになかったら?
 よく考えれば、ここにあるという保証はないのだ。
「おい、いい加減に……」
 店員がケイの肩をつかみ、振り返らせようとする。
「うるさい!」
 その手を払いのけようとした時だった。
 店員の背後を横切る男と眼が合った。
 ビール腹の、中年の男だった。どこのか分からないロゴが胴にでかでかと描いてあるシャツと、半ズボンの姿だ。
 そいつが犯人だ。まるで夢の中ではどんな奇妙な設定でも飲み込めるように、無条件に理解できた。
「おい、お前……」
 ケイはその男の肩に手をおいた。
「お前、あの爆弾……」
 言いかけた途端、その男は殴りかかってきた。
 できる限りダメージを避けようと体をひねった。だが、肩に思い切り相手の拳がめりこむ。
 背中が棚に叩きつけられ、ガシャガシャと音をかたててCDケースが床に散らばった。
「メグちゃん、こっちいらっしゃい!」
 泣き始めた女の子の手を引いて、母親が店を飛び出していく。
 ケイが相手のみぞおちを蹴りつけるよりはやく、 鼻に思い切り拳を食らう。
「くっ!」
 ちかちかと視界に星が飛ぶ。
 ずるずると下にずれた体をそのまま前に倒し、犯人のみぞおちに頭を突っ込んだ。
 ケイの背中の飛沫が飛んでくる。おそらく男の唾液だろう。
「誰か、警備員を呼べ!」
 男は床に倒れていて動かない。ケイは、鼻から垂れてきた血を手の甲でぬぐって荒い息をする。
 いつのまにか、小さな花のように、赤い血がリノリウムの床に跡を残していた。
 疲れて動きたくなかったけれど、爆弾をなんとかしないといけない。ふらふらと立ち上がって、箱の中をのぞいてみる。ドラマで見たような物が入っていた。コードに、なにやら四角い箱。そしてデジタル時計のような文字盤。砂時計から零れ落ちる砂の早さで、小数点以下の数字は減っていく。
 そこに表示されている数字は、十分と少し。処理班を待っている時間はない。
 ケイは箱を抱え走り出した。
「どいて!」
 目の前に立ちふさがって見える客たちの間をすり抜ける。若い男の隣を通り、女の子の乗っているカートにぶつかりそうになり父親に怒鳴られ、荷物を持った中年の女性を追い越す。
(とにかく、人のいない所に行かなくちゃ)
 エスカレーターを駆け下り、エントランスを突っ走り、正面玄関の自動ドアの間を駆け抜ける。
 広場は人でにぎわっていた。音楽にのせ、大道芸人がジャグリングをしている。その周りでは観客がかたまっていた。
 きらきらと輝く人口の湖が広がっている。
(そうだ、水の中なら爆発の威力がそがれるかもしれない)
 池に箱を投げ込もうかと思ったが、この箱は結構重い。十分な距離を投げることはできないだろう。
 池の縁は水すれすれまで階段状になっている。
 ケイは、ためらうことなく水の中へ入っていった。ぬるぬるとした石を靴底で踏んでいく。
 ほとりにいる何人かが、こちらを物珍し気に見ているのが分かる。昼間っから酔っ払いが変なことをしてると思われたかも知れない。
「おいおい、だめだよ君」
 客の誰かが驚いた声で言った。だが気にしている場合ではない。
 突然足がつかないほど深くなり、顔面を水面に突っ込んだ。
 ふやけた段ボールのフタの隙間から数字が見える。残り三分。
 胸に箱を抱えたまま、立ち泳ぎでできる限り池の中心へと進んでいく。
 二分、一分……
 どれぐらいの水柱が上がったのか、ケイは知ることはなかった。
「はあっ! はあっ!」
 さっき男と格闘した場所に、ずぶぬれのケイはへたり込んだ。床に小さな水たまりができる。
 周りのざわつきと悲鳴が聞こえる。
(いきなり濡れた男が現れたのだから、驚かれるのも無理はない)
 と思ったのだけれど、他の客達の驚きは自分に向けられているわけではないようだ。
「なんなの? 今の音」
「爆発?」
 客のほとんどが、窓にはりついている。
 はりついていない者は、腰をぬかしているか、その場で固まっている。
 まだ息を切らせたまま、ケイも窓へ近づいていった。分厚い窓の向こうに、さっきまでケイが泳いでいた池が見える。
 その上にだけ雨が降っているように、吹きあがった水が水面へと落ちていく。
 おそらくケイが爆発に巻き込まれたと思ったのだろう。助けようとしたらしく、客の一人が池の中へと入っていく。
(なんとか、無事にすんだ……)
 ケイは、スマートホンで黒川に連絡をつけようとした。
「ああ、もう……」
 今頃になって爆弾を抱えていたという恐怖がやってきて、スマホを操作する指が震えていた。
「黒川か、爆弾は、ボクが処理した」
 声がなさけなく震えていた。
 それは、爆弾を抱えて走っていた時の恐怖でも、ようやく爆弾を処理したあとの膝をつきそうになるほどの安堵感でもなかった。
 爆弾犯は、ロッカーに入れた広告のヒントを見ると、明らかにケイを意識している。そして、修はきっと利用されてこんな罪を犯したのだ。きっと、自分への嫌がらせのために。
 じゃあ、次に狙われるのは? 
「ごめん、ちょっといったん切る」
 黒川がまだ何か言っていたが、ケイは容赦なく通話を切る。
 ケイは結衣香の連絡先を表示させた。
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