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第最終話 カプリシャス・ロード!

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 正午を過ぎてもミルリクの日差しは相変わらず強い。ダイキリはちょっと心配になって、樽の中をそっと覗きこんだ。なかの魚はゆであがることなく元気に泳いでいる。逮捕されたビスラの手下から没収され、戻ってきたペットロボットのカエルが気持ちよさそうに水を切っていた。今はまだ『カエル』のままだが、そのうちマイニャが名前をつけてくれるだろう。
「こら、ダイキリ! サボるな!」
 水を抜いた池の奥で、カシがデッキブラシをシャカシャカいわせながら怒鳴ってきた。
 マイニャの館の池は以外と広く、薄く藻の張った底をきれいにするには時間がかかりそうだった。
 ダイキリが初めてこの館に入り込んだ取水口には、新しく金網がはめられている。もうマイニャの生活が乱される事のないように。
「それにボスも! 貴女様も少々手伝ってもバチは当らないと思うんスけど?」
 ガウランディアは日差しの届かない室内に陣取って、カンバスに向かっていた。ただし、手に持っているのは筆ではなく、一枚の自分のウロコ。
 大きなカンバスには中庭の様子が描きつけられている。下絵なしにいきなり原色の絵具が盛り付けられていて、よく言えば情熱的、悪く言えば暑苦しいタッチ。
「うむ。私にバチは当らないだろうが、貴様にバチが当ると思ってな。か弱い女に重労働をさせるなど、地球の流儀には外れるのだろう?」
「それにしても……」
 カシは立てたブラシの柄に両手と顎を乗っけた。
「そうとう痛んでたんだな、カプリシャス・ロードの奴」
「無理もない。修理中なのにブッ放したのだから」
 ダイキリが不機嫌に言う。
 カシ達がアジトに戻ったとき、カプリシャス・ロードは砂漠に突き刺さったまま煙突よろしく黒い煙を吐いていた。どうも長年の酷使で船体が全体的に弱っていたらしく、メイン砲の反動に耐えられなかったらしい。
 あれから数日間、カシ達はマイニャの館で暮らしていた。修理ロボの立てる騒音と、漏電停電だらけのカプリシャス・ロードではどうやってもくつろげない。
「修理ロボだけでは間に合わない。材料を買って、修理できる人間を雇って……」
「まあ、しばらくはここで足止めか」
「しかし、金が足りるか。借金?」
 ダイキリがついた溜息に、カシとガウランディアも遠慮なく参加する。
「ですから、できるかぎり協力させていただきますわ。早くお金が溜まるように、お掃除代ははずみます」
「マイニャ!」
 カンバスの隣にひょっこり姿を現したのはマイニャだった。珍しくガウランディアのように髪を結い上げている。今までやわらかい髪に隠されていた細い首がむき出しになって、なんだか弱々しく見えた。けれど午後の光のせいか、瞳の輝きは前より増しているように見えた。
「本当は、私が修理代を払って差し上げることができればよいのですが…… 私も、それほどのお金を持っているわけでは」
「寝るところだけを用意してくれるだけで十分だ。そもそも、お前が金を払う必要はない。ユルナンを助け出すことができなかったのだから」
「ダイキリさん、またそんなことを。私はあなた方に感謝していますわ。カシさん、ガウランディアさん、ダイキリさん」
 一人一人の顔を見て、マイニャはにっこりと笑う。
「それにしてもよかったな、おとがめ無しで」
 ビスラがべらべらしゃべったことで、暗殺未遂に使われた物の開発にユルナンが関わっている事はばれてしまった物の、その件に関してジェイソは罪に問わない、とはっきり宣言してくれた。少々お行儀悪かったカシやダイキリの事もまったくの不問。まあ、カシ達がいなければジェイソの命も無かったわけで、当然といえば当然かも知れない。いざという時マイニャを他の星に逃がすため、ガウランディアが立てた計画書もめでたくゴミ箱行きになった。
 「で、どうだった仕事の方は。会議があったんだよな」
 マイニャは手を振って全然ダメ、という仕草をして見せた。
「ほとんど一言もしゃべりませんでしたわ。今までお父様が何を売っていたかもよく知らなかったんですもの。ほとんどナルドにまかせきり」
「それでもいいのですよ」
 後ろにカバンを持って控えていたナルドが慰めた。
「ユルナン様がいなくても、その考えを会社が受け継いでいるということを周り示すことが大切なのです。そうすれば、あとは信頼のできる者に任せてしまえます」
 いったんクビになった者達は、無事屋敷に戻された。会社の内部に出来かけていた方針の違いも、マイニャのおかげでまとまった。商売のことは、しばらく心配がないだろう。
「そうそう、ガウランディアさん。ジェイソ様から、お手紙をあずかってきました。カプリシャス・ロードのアドレスが分からないから、紙に書いたそうです」
 手紙を渡されたガウランディアは、手紙が絵具で汚れるのも気にしないで封を切った。
 視線が便箋の後ろに進むにつれ、への字だったガウランディアの口が真一文字に、そしてにやっとした笑いの形に変わっていく。
「どんな知らせだよ、ガウランディア」
「仕事の依頼だ。ジェイソからじきじきに。かなり報酬もはずんでくれるらしい」
 ガウランディアがカシに手紙を渡した。
 書き出しから三分の一は、ビスラを捉えた事と、落ちていくジョイ・ジェム号の破壊を手伝ってくれた事でしめられていた。
 さすがにジョイ・ジェム号の破片を蒸発させたとはいえ、死傷者ゼロというわけにはいかなかったが、幸い、けがをした人間のほとんどが逃げ惑っている間に倒されたり、物にぶつかったりという地味な物ですんだという。
 肝心の依頼は後半に書いてあって、ビスラが金属細胞を売りつけようとした相手を調べて欲しいという内容だった。おそらく、武器の密売に関わっているだろう。その証拠を手に入れ、取り締まらなくてはならないという。
「はっはあん。けっこうシビアな依頼ですな」
 当然、違法な事をやっている者は周りをかぎまわられることは嫌うわけで、色々妨害をしてくるだろう。
「やはり。終るはずないと思っていた。あのままでは」
 カシから受け取った手紙を、ダイキリは折り畳んで懐にしまった。

 なにやら話し合っている三人を置いて、マイニャはナルドと一緒に二階の自室へむかった。「まさか、こっそりカプリシャス・ロードを壊すわけにはいかないでしょうね」
 小さく呟いたのが聞こえたのだろう。ナルドが微笑んで言う。
「寂しいですか。あの船が直って、三人とお別れするのが」
 マイニャは素直にうなずいた。
「なんでしたら、個人的なボディーガードとしてどなたか一人、雇われたらいかがですか? そう。例えばダイキリさん辺り」
「それは、考えなくもなかったんですけれど」
 マイニャはふるふると首を振った。
「振られてしまいましたわ。彼に」
「告白なさったんですか。いつの間に?」
 声は冷静だが少しは驚いたらしい。ナルドのシッポが一瞬ピンとたった。
「違うわよ。そんなんじゃないの」
 マイニャは、ゆっくりとその時の事を思い出した。

 ダイキリからベッドサイドの通信機に連絡が入ったのは、寝つかれずに小型のプラネタリウムをぼんやりと眺めている時だった。もっとも、彼の第一声が『カシ、修理中の気密ハッチの事だが』だった事から察するに、間違いのようだったが。
「大丈夫。まだ眠っていませんでしたわ。眠れなくて。少し話し相手になっていただけたらありがたいのですけど」
 謝って通信を切ろうとするダイキリを、自分でもなぜか分からないままマイニャは引き止めた。別に用事があったわけてはないのに。
「プラネタリウムを見ていましたの。天の川を。きっと、ダイキリさんが行った事のある星も映っていますわよ」
 天蓋に映った宇宙は、伸ばした手の影に星々が覆い隠されてしまうほど小さい。だけど、天井一つ隔てた空のなんと広く、星々のなんと遠い事。
(ああ、なんでダイキリさんと話をしたかったのか、ようやくわかりましたわ)
 カプリシャス・ロードが直ったら、ダイキリさんは行ってしまう。そうしたら、滅多に――ひょっとしたら永遠に――会えないかも知れない。
(ダイキリさん、旅立つのをやめませんか? 危険な事はやめて)
 言葉にできないまま、マイニャは心の中で語りかけた。
(父の仕事を受け継ごうと思うのです。見守っていてくれませんか)
「天の川か。その一つに行った事がある」
 その話題をきっかけに、ダイキリは今までの冒険をポツポツと語りだした。
 とある星で政府に依頼され、何が住んでいるかわからない草原を歩き、地図を作ったこと。囚われの姫君に化け、いやらしい商人の裏をかいたこと。ちょっとした誤解でカシと一緒に投獄され、ガウランディアの見事な機転で助けられたこと。
 めずらしく長く語り続けるダイキリの声は、笑みが含まれていた。不思議な体験を夢中で語る子供のような目の輝きと、緩やかに弧を描いた唇が思い浮かぶくらい。
 マイニャはゆっくりと目を閉じた。さっき、心の中で思ったことを口にしないでよかったと思いながら。
 前に指さされて宣言された時よりは嫌われてはいないだろうが、ダイキリは、まだそれほどマイニャが好きではないのだ。無限の宇宙や、無数にある未知の物や、ちょっとした命の危険よりは。わがままを言っても、きっとダイキリを困らすだけだったろう。
「ねえ、ダイキリさん」
 話が一段落するのを待って、マイニャは言った。涙がこぼれそうな目を押さえ、声が震えないように注意しながら。
「もし、カプリシャス・ロードが直って、そして他の星に言っても、忘れないでくださいね。そして、きっと戻ってきて、また旅のお話をしてください」
「約束する」
 そう言って、ダイキリは通信を閉じた。

「ダイキリさんは、飛び回るのが面白くて仕方ないんだわ。私の館でボディーガードなんて。すぐに飽きてしまいますわ」
「……。そうかも知れませんね」
 カプリシャス・ロードが直ったら、そうしたら、お見送りのパーティーをしよう。お酒とチキンを並べて、偽物じゃない、本物のブルナージュをデザートに用意して。
 これからカシ達は他の星で私が想像もつかない物を見て、たくさんの冒険をするのだろう。そんな刺激的な記憶に負けない、忘れられない楽しいパーティーを。
 きっと、カシ達はジェイソからの新しい依頼を成功させる。占い師でも予言者でもないけれど、マイニャにははっきりとそれがわかった。
「そうだ、ナルド。取水口の蓋を取ってしまって」
「え、しかし……」
「ダイキリさんやカシさんが、またここを通りたくなったら困るでしょ? それに、私もこの館から逃げ出したくなったら使うかも?」
 もし、どうしても三人に会いたくなったら…… その時は私が出かけるのだ。彼らの噂を辿って、宇宙船を駆って。
「御意」
 計ったように美しい角度でナルドは頭を下げる。角度の関係で、彼の目は垂れた前髪に隠れて見えなくなった。けれど、ナルドの唇がいたずらっぽく笑っているのがマイニャにはハッキリ見えた。
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