月下の麗人・黒衣の魔術師

三塚 章

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 †陸の不知火(しらぬい)

陸の不知火2

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 通された娘の寝室は、淡い花の模様が入ったジュウタンが敷かれていた。窓には高そうなフリルつきのカーテンが揺れている。その窓辺に、ベッドがおかれていた。柔らかな枕に半分埋もれるようにして、女性が横たわっている。
 領主の娘はフィルナという名前だった。歳は二十歳ぐらいだろう。話かければ応えは返ってくるものの、高い熱と痛みのせいで目がうつろだ。巻かれた包帯で、寝間着の右肩が膨らんでいた。
 その隣で、領主のディクストがしかめ面をして立っている。ディクストは初老といってもいい年齢だった。どことなく傲慢な雰囲気があり、ハディスはあまり気に入らなかった。
 フィルナの寝間着をはだけさせ、包帯を外すと、肩は赤黒く腫れ上がっていた。その真ん中に大きな切れ目が入って、透明な膿を垂らしていた。
 見るからに痛そうで、ハディスは思わず顔をしかめる。
「しかし、なにがあったんだ」
「夜に賊が忍び込んだ。薄汚い泥棒だよ。運悪くフィルナは廊下で賊と鉢合わせしたんだ」
 その盗賊がそうとう憎いらしく、ディクストはぎりっと歯を食いしばった。こめかみに浮かんだ血管が切れるんじゃないかとハディスは心配した。この上また病人がでたらめんどうくさい。
「で、驚いたその賊が刃を振り回したと」
 とりあえず、呪いにかけられた者が発する弱い魔力は感じられない。
 暗殺者ではあるまいし、まさかこんな田舎の盗賊が刃に毒を塗っているとは思わなかったが、念のためハディスはフィルナの血を採ってみた。薬を混ぜ、それをつけたガラス板をロウソクの火にかざし、炎の色を調べる。 
「ただの傷だな、こりゃ。呪いでも毒でもねえよ」
 ハディスは断言した。
「ここまで悪化したのは最初の治療が悪かったんだ。おおかた、古くて劣化した消毒液を使ったんだろう」
「そうか、呪いでないならよかった。早く治してくれ」
「はいはい、わかりましたよ」
 ハディスは懐から丸薬の入った袋を取り出した。その薬には魔法文字が彫り込まれている。魔法で薬効を強化してある魔法薬は結構値の張る物だが、まがりなりにも領主なのだからそれぐらいの金はあるだろう。
 エリケが気を利かせてサイドテーブルの上にあった水差しとコップを手に取った。
 薬を飲むと、フィルナの傷は目に見えて癒えていく。腫れは引き、血の混じった膿が乾く。だがまだ完全に治ったわけではなく、傷の形のかさぶたが貼りついている。
「あとは、何回か薬を飲ませりゃいい」
 魔法薬は効果が強い分、副作用も強い。魔法のかかった薬で無理やり治すのだから、その分生命力を削られる。早い話がとても疲れるのだ。一瞬で怪我を治すことも可能だが、衰弱死させてしまっては意味がない。様子を見ながら、薬を飲ませるしかないだろう。
フィルナが眠り込んだのを見届けて、ハディス達は食事部屋へ移ることにした。
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