姫と道化師

三塚 章

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一章

彼はまるで屍食鬼(グール)のように

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 気絶から目が覚めたとき、頭蓋骨にヒビでも入っているのかと思うほど頭が痛かった。目の前は、一面の闇。腰の痛みから、ラティラスは自分が怯えた子供のように手足をまるめ、どこか狭い所に座り込んでいるのを知った。体がだるく、動きたくなかった。
 ひどく空気がホコリっぽい。実際、息を吸うと鼻から細かな砂が入り込んできた。口の中にも、なにか異物が入り込んでいて、土の味がする。全身がなぜかチクチクした。額がむず痒く、手でこすると、カサカサと音がする。
 その音で、ラティラスはついさっきまで自分が激しく落葉を蹴散らしていた事を思い出した。そして人を刺したときの感触。銀色の刃の輝き。
(そうだ。ワタシは姫様を守ろうと……)
「姫(ひい)様!」
 ラティラスは勢い良く立ち上がった。ばさばさと落葉が舞い上がる。ラティラスは胸ほどの深さの穴にしゃがみこんでいたらしい。あの賊が婚礼の列を襲うため、隠れ場所に用意していた物に違いない。
 穴の中は落葉で埋まっていた。それがラティラスの体をすっかり隠し、今の今まで止めも刺されなければ救出もされなかったのだろう。
 どれくらい気を失っていたのか、血を含んだように赤い夕日が地面を照らしだしていた。ラティラスは穴からはい出た。口に入った葉と土を吐き捨てる。気を失っていたからか、ひどく寒かった。
 外は、ちょっとした地獄だった。近衛兵の制服を着た死体と、黒ずくめの服を着た死体が地面の上に転がっている。倒れた馬はいななきもしない。
 生き残った者はそれぞれの居場所に移動した後のようで、ラティラスの他に動いている人間はいなかった。
 この惨劇をどこで聞き付けたのか、カラスが早くも死体をついばんでいた。
「くそ……」
 リティシアが倒れていないかと、ラティラスは転がる死体を確認していった。死体が転がる地面に影を伸ばし、うつむき加減でふらふらとうろつくラティラスの様(さま)は、はたからみれば屍食鬼のように見えただろう。
 途中、自分が刺し殺した男の姿を見付け、ラティラスは軽い吐き気を感じた。今まで、姫の世話をし、道化として宴を盛り上げ、それなりに楽しかった日常が、この男と一緒に死んでしまったのをラティラスは感じていた。平穏だった世界が、一気に血塗られた物に変わってしまったようだった。
 どこを探しても、リティシアの姿はなかった。無事に城に避難したのだろうか? 賊の『生け捕りにしろ』と言う言葉を思い出す。まさか囚われた? どちらにしても死体がないということは、生きている可能性はかなり高い。そう思わないと気が狂ってしまいそうだった。
 しかし、この男達は一体何者なのだろう。今この状態でリティシアを襲えば、ロアーディアルとトルバドの両方を敵に回すことになる。そんなリスクを犯してまでリティシアを襲ったこいつらの目的は?
 カラスを追い払い、嫌悪感を押さえながら、ラティラスは黒づくめの男達の体を探った。しかし、身元が分かる物は持っていなかった。この賊を率いているのが誰か知らないが、そんなヘマはしないというわけか。
「どうやらこれ以上ここにいても、意味ないみたいですねぇ」
 ため息をついて、自分が倒れていた穴に戻ると落ちていた剣拾いあげる。
 額の傷の血は固まりかけていたが、まだ完全に止まったわけではない。
 死体の黒いマントを切り細い布を作ると、包帯がわりに額に巻いた。ついでに寒さ凌ぎに黒いマントを体に巻きつける。剣を鞘におさめ、ラティラスは頼りない足取りでもと来た道を戻り始めた。
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