姫と道化師

三塚 章

文字の大きさ
4 / 60
一章

牢獄

しおりを挟む
 頭の痛みでリティシアは意識を取り戻した。重くてうっすらとしか開かないまぶたを無理やりこじ開ける。ぼんやりとした物の輪郭がはっきりしてくると、自分が小さな部屋にいる事が分かった。窓はなく、光源は天上から吊るされたランプだけで、今が昼なのか夜なのかすら分からない。
 床には真新しい赤いジュウタンが敷かれていた。汚れて灰色になった壁には、花と草のタペストリーが吊るされている。ベッドが隅に置いてあり、白いシーツがかかっていた。空気はヒンヤリとしていて、カビ臭かった。
 一見ただの物置のようだが、壁の一面についた扉は鉄製だ。扉にはガラスがはまって覗き窓になっているようだが、外側からフタが閉められていて向こうは見えない。
「ここは……」
 牢獄のようだな、とリティシアは思った。ジュウタンやタペストリーなど、出来る限り居心地良くしようという努力が見えるのがかえって不気味だった。
 背中に痛みを感じ、身をよじった時自分がイスに縛り付けられているのに気が付く。
 いまだに婚礼衣装のままだったが、短剣は当然のように没収されてどこかに隠されてしまったようだ。ほつれた髪が一房、目にかかる。
「ラティラス……」
その名を呟いた事をリティシアは後悔した。会いたくてたまらなくなってしまった。
ずっと一緒にいると誓ったのに、彼はなぜここにいないのだろう。今どこにいるのだろう。
きっと心配しているに違いない。いや、そもそももう殺されてしまったのでは。
 扉のむこうから、足音と硬い何かが転がるような音がして、リティシアは身を硬くした。
 小さな悲鳴に似た軋みをあげ、鉄の扉が開かれた。
 入ってきたのは一人の娘だった。よくある町娘の恰好に、メイドのような白いエプロンをしている。赤みの強い金髪と、濃い化粧のせいで下品に見える。口元をニヤつかせているのが余計に不愉快だ。
 彼女は食事でも運ぶようなワゴンを押している。白い布がかぶされていて、何が乗っているのかはわからない。だがそれが料理ではないことは、なんの臭いもしないことから分かった。いや、なにも臭いがしないわけではない。かすかに刺激臭がする。
「お目覚めになりましたか、リティシア様。お噂以上にお美しいですね」
 女はそこで一つ礼をした。
「お初にお目にかかります。フェシーと申します」
 その自己紹介を無視し、できる限りきつくリティシアは女をにらみつけた。
「ここはどこだ。答えよ」
 そのリティシアの視線にフェシーは少しひるんだようだったが、すぐにもとの愛想笑いの表情に戻る。
「お答えできません」
「まだ殺されていないということは、私にまだ利用価値があるのだろう? 何をさせる気だ? 王家相手に金でも要求するつもりか?」
「すぐに、分かると思います」
 フェシーはワゴンを、リティシアの近くに置いた。
 また鉄の扉が開き、今度は男が現われた。どこの街にも居そうな恰好をしていたが、どこかすさんだ雰囲気があった。
「ベルフ、姫にごあいさつを」
「どうも、囚われのお姫様。これからよろしく」
 男はリティシアの真横に立つと、彼女の片腕を押さえ付けた。
「無礼者が! 何をするつもりだ!」
 リティシアの質問に、男はただ一言で答えた。
「痛いことを」
 フェシーが、バサリと音をたててワゴンの白い布を取った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...