姫と道化師

三塚 章

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一章

偽りの運命を語る者 

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 のどかな名前に似合わず、『ひだまり小道』は立派な造りの屋敷が立ち並び、どこか重々しい雰囲気だった。舗装された大きな通りに面するすべての家に門があり、どこかで番犬が吠えている。その中でも指折りの豪商の家だけあって、ラドレイ邸は周囲の家々を茶色い塀で押しのけるようにして建っていた。
 さっき『散財通り』でレーネスが買物を終えたのは確認済みだ。先回りしたラティラスは、ラドレイの門が見える通りをゆっくりと歩きながら、獲物が帰って来るのを待ち構えていた。 
(それにしても……この恰好は動きづらい!)
 黒に近い紺色の、長いローブの裾が足にまとわりつく。頭からかぶった薄く黒いベールは、暑苦しく視界が不明瞭になる。今のラティラスは、典型的な女占い師の恰好をしていた。買ってきた古着に、ラティラスが自分用に改良を加えた物だ。
 手配中の身なので顔が隠せるのはありがたいが、スカートよりもズボンになれている身としては引きずるほどの裾は辛い。
 そんなことを思っていると、淡い落ち葉色のドレスを来た女性が歩いてきた。ラドレイの娘、レーネスに間違いないだろう。前に宴会で見たことのある父親と、目つきがそっくりだ。後に、荷物を抱えたメイドを従えている。
 緊張を抑え、長い袖に付けた隠しポケットを探り、必要なものがすべてそろっていることを手探りで確認する。なんとかしてラドレイの屋敷に入り込み、姫を襲い、娼館を襲った奴らの手掛かりを見つけなければ。
ラティラスは、一度大きく息を吸い、心を落ち着かせた。覚悟を決めて、さり気なくレーネスに近付く。
 そしてすれ違おうかというときに、手に持っていた占い用のカードを一枚、はらりと落とした。
「落ちましたよ」
 メイドが拾って差し出してくれた。本当はレーネス本人に拾ってもらいたかったのだが、まあ贅沢は言っていられない。
「ありがとうございます」
 カードを受け取って、じっとレーネスをみつめる。そして思わず、と言った感じで呟く。
「あら……」
「なにか?」
 メイドは少し怪訝そうな顔をむけてきた。きっと、主人が怪しい占い師に「これを買わないと不幸になる」とかなんとか、怪しげな物を売りつけられないか警戒しているのだろう。
 レーネスを見つめながら、ラティラスはかすかに微笑んだ。
「あなたは花の精霊の加護を受けているわ。花畑とか、花の咲く森とかに行くのが好きなのではなくて?」
「花畑も何も! ラドレス様の温室は有名ですわ!」
 メイドが小馬鹿にしたように言った。
「あら、あなたはラドレス様のお嬢様だったのね。温室のことなら私も噂で聞いたことがありますわ。ぜひ見てみたい、と思ったもの」
 そこで初めてレーネスが直々に口を開いた。
「見せてあげたいですけど、父は本当に親しい友人か、大切なお客様にしか温室に入れるのを許さないのです。希望者を皆入れていてはキリがありませんもの」
「あら、そう……残念ですわ。特にラミリアは、召使に頼らずにお母様が植えたのでしょう? とても見事だとか。ぜひ見たかったのに」
 メイドとレーネスがびっくりした顔をした。
 貴婦人は、――少なくとも自分をそう思っている金持ちの女性は――自ら手を汚しての土いじりはしないものだ。仮にそんな下品なことをしたとしても、人に話したりしない。それこそ、宴で浮かれて漏らしたりしなければ。
「どうして母が自ら花を植えたと知っていますの?」
「知っていたのではなく、分かったのです。占い師ですもの」
 そこでラティラスは意味ありげな微笑みを浮かべてみせた。
「でも、いくらかわいいお花でも、あまり無理をして世話をなさらない方がいいですわ。お母様、少し前、腰を痛めてしまったでしょう」
 目を円くして、レーネスとメイドが顔を見合わせている。
 ラティラスは優雅にお辞儀をした。
「では、私はこれで」
 立ち去ろうとしたところを、レーネスに呼び止められる。
「あ、あの!」
「はい?」
「もしよろしければ占ってくれませんか?」
「ええ、喜んで」
 ようやく目当ての言葉を引き出せて、ラティラスは内心ほっとした。これで何事もなく別れるハメになったら、また最初から作戦を練り直さないとならなかった。
 ラティラスが浮かべた笑いは、演技にしては真に迫っていた。
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