姫と道化師

三塚 章

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一章

恋煩いを装うのはなんと簡単なことか

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 ラドレイが住むファディンの街の酒場に、見慣れない男がやってきたのは、それから数日後の事だった。泣きぼくろとたれ目が印象的なやさ男は、酒をすすりながら、明日自分の死刑が決まっているかのように重いため息をついた。
「どうしたい、兄ちゃん、ため息なんてついて。女にでもフられたかい」
 酒で頬と鼻の頭を紅くした常連客らしき男が、いい肴(からかいあいて)をみつけたとばかりに声をかけてきた。
「フられたなんて縁起の悪いことを言わないでくださいよ。まだ告白もしてないんですから。こちとら昨日この街に来て、通りすがりの女性に一目惚れ。結果末期の恋わずらいでさ」
 ラティラスはカウンターの上につっぷしてみせた。
 常連客だけでなく、他の客も興味を持ったらしく、近くのテーブルに座る男達が身を乗り出してくる。
「へえ、その女ってのはどんなだい。もし知ってる奴なら取り持ってやってもいいぜ。こんな酒臭いキューピッドでよけりゃな」
「さあ、名前は知らないんで。ただ、持ち物にラミリアの紋章がついていました」
 その言葉にドッと笑いが起こった。客達が口々に声をかけてくる。
「間違いねえや兄ちゃん、そいつはラドレイさん所の一人娘、レーネス嬢だよ。『ひだまり小道』に行ってみな、でっけえお屋敷が建ってるから」
「いや、レーネスでなく奥方の方かも知れないぞ」
「ゲ、あのおばはんかい? この兄ちゃんは熟女好きには見えねえよ!」
「かわいそうに、どちらにしても沼の魚が空飛ぶ小鳥に恋をしたってわけだ」
 つっぷしていた顔をあげ、うかがうように常連客を見上げる。
「どこに行きゃお近付きになれますかね? 直(じか)にお屋敷にうかがっても、門前払いに決まってますし……」
「彼女なら、日曜日の午後に『散財通り』に買物に行くよ。その時に告白でもしたらどうだい」
 それを聞いた旅人のほほ笑みが、意外と邪悪だったのに客達は気づかなかった。
「へえ……日曜の午後ですか」
「やめとけ、やめとけ、使用人にケツけられて追い返されるのがオチだ!」
 酒場の中に、また笑い声が満ちた。
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