姫と道化師

三塚 章

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二章

ロアーディアルの記録書館

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 河原は風が強かった。川面は冷たく輝き、周りの岸に生える草は立ち枯れていて、気温だけでなく景色までも寒々しい。遠くの空で、名前も知らない鳥が甲高く鳴いた。
 そういえば、最後に師匠と会ったのも河原だった。湧き上りそうになった思い出をラティラスは押し殺す。
「私は行ったことはないが、ロアーディアルの記録書館というのは大きいのか?」
「ええ、結構大きいですよ。子供のころに一度見せてもらった事があります」
 記録書館はソリオン教会の敷地内に建てられ、管理もその教会がしている。
 ソリオン教会は、ロアーディアルから聖書を書き写しての販売や、国公式の年表を記すのを許可されていた。その流れで重要機密とまではいかないまでも、公にできない書類や禁書の類がそこに保管されることになっていた。
「普通の収穫記録から、ちょっと人には見せられないものまであるそうですよ。今までロアーディアルで作られた本もほとんど保存されているとか」
 ちなみに、本当にヤバい記録が、国のどこに保管されているのかはラティラスも知らない。ベイナーなら多分知っているのだろうが。
「ケラス・オルニスという組織の記録が無くても、『二つの角を持つ小鳥』については何かの記載があるかも知れません。カディルもラドレスも口を封じられた以上、正直、そんな方面ぐらいしかアプローチ方法が思いつきません」
 そこでラティラスは意味ありげに笑ってみせた。
「そういえば、今劇団リュイゲは教会のあるソリオンの街にいるそうです。ひょっとしたらあの人質の女の子に再会できるかも知れませんよ。ワタシの見立てが正しければ、彼女、あなたに惚れてましたぜ」
 カディルを襲ったときに少年と間違えて人質に取ってしまった彼女。今元気にしているだろうか。
「なにをバカな。そんなことより、『ちょっと人には見せられないものまである』ということは当然管理が厳しいだろうな」
「ええ。記録書館の扉には二つ鍵穴があります。それぞれの鍵は別の修道士が持っています。その鍵を同時に使わないと扉は開きません」
「つまり、二人からそれぞれ鍵を奪わなければならないのか?」
「おまけに、鍵当番は持ち回り制でして。さすがのワタシも誰と誰が持っているのかは分からないですね」
「そこから調べないとならないのか……結構やっかいだと思うが」
「時間があれば色々調べて鍵を盗み、合い鍵を作るなんてこともできなくは無いでしょうが。いかんせん時間がかかりすぎる。修道士って、お金積んでもなかなか買収できないみたいですし」
 ラティラスは懐からナイフを取り出した。
「まさか、修道士の誰か一人を捕まえて脅す気か? 誰が鍵を持っているのかを聞き出すために?」
「う~ん、背中にナイフを突きつけて案内させたとしても、行先が鍵当番二人の部屋ですからねえ。あれこれやっているうちに追われるハメになりますよ、きっと。またどこかの劇場であったみたいに斬られるのは嫌ですし」
 ラティラスは苦笑した。
「だから、向こうから教えてもらうように仕向けましょう」
 そして肩に触れるほどだった髪をつかみ、一気に切り取った。
「お、おい。何をしている? もったいない気がするが」
「別に野郎の髪なんてどうでもいいでしょ。お尋ね者としては、もっと早く切っておくべきだったんですよ。それだけでも大分雰囲気が変わりますし。それに人毛が必要です」
 ラティラスはその辺りの枯れ草で髪を束ね、しまいこんだ。
「なにも、鍵を奪い取る必要はないんです。開けてもらえさえすれば」
「道化、今度は何を企んでいる?」
 おもしろいことを期待しているような笑顔を向けてくるルイドバードに、ラティラスは精一杯重々しい顔をして見せた。
「そんな他人事じゃダメですよ。あなたにも協力してもらうのですから」
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