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二章
神の家侵す者は2
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持ったランタンの明かりを反射して、記録館に舞う埃が金色に輝いた。薄暗がりの中に、重厚な表紙をまとった本が並んでいる。
修道士のローブを身にまとったラティラスとルイドバードは、記録館の入口でその静けさに圧倒されたようにしばらく佇んでいた。
床の辺りから咎めるような呻き声が湧き上る。さるぐつわをされ、しばられて床に転がされたロエリドとフナークが、水揚げされた魚のようにもがいていた。
「申し訳ない。神に仕える身の方々をこんな目に遭わせるのは本意ではないのだが。無事王座についたらこの教会に寄付をはずむことにしよう。許せ」
多少信仰深いらしいルイドバードがすまなそうに言った。
ラティラスは懐から残った油が入ったビンをつまみ出し、ちゃぷちゃぷと振ってみせた。
「小さな火と、髪を燃やした臭い煙で偽の火事を起こして、駆けつけてきた修道士達にこっそりまぎれ込む。そして当番二人が扉を開けて館の中を調べていたスキに鍵穴に砂を入れて破壊。そして見張りを倒して館に不法侵入……こりゃ、二人ともだいぶ寄付はずまないと贖罪できないかもしれませんねえ」
「悪怯(わるび)れもせず言うんじゃない! すべてお前が仕組んだことだろうが!」
「ええ、ごもっとも。それに、あなたも共犯じゃないですか。もし審判の時、神様に責められたら『情報を得るため、他にどんな手があったでしょう?』って聞いてみましょうよ」
靴音を忍ばせ、奥に足を進める。
すでに亡き者が書き遺した日記。欲と怒りと悲しみが記録されているだろう裁判記録。貴族達の家系図を写した物。どれもこれも、誰かが必死に生きた証。
そう考えると、ラティラスにはここに並ぶ本や資料が、整然と並んでこちらをうかがっている亡霊達の群れに見えた。
二つの角のある小鳥について、この亡霊達の誰かから聞きださなければならない。
ラティラスは分厚い本の一冊を手に取った。『主な王族、貴族の紋章について その一』というそのままのタイトルが付けられたその本には鷲、盾、獅子、旗など、様々な紋章がフルカラーで描かれていた。その横にはその紋章を使う一族の歴史が書かれている。
二本角の小鳥を掲げる集団が昔からある物なら、ここに載っているかも知れない。索引の中に目当ての物を見つけ、ラティラスは思わず呟いた。
「あった」
まさか一冊目で見つかるとは思わなかった。少し拍子抜けした気分でそのページを読み始める。
『ロアーディアル王国が築かれた直後、わずかに使われた痕跡あり。傍系の一部が使っていたと思われる』
それは短い文だったが、ラティラスを驚かせるには充分だった。
(傍系? じゃあ姫様の親戚が黒幕?)
今まで宴やリティシア達王家の方から聞き知った知識を総動員して、該当しそうな王族がいないか考えてみる。だが、心当りは無かった。
もちろん、王家の傍系というのはたくさんあるが、ラティラスが把握していないものもすべて公式に記録が残っているはず。念のためにロアーディアル家の家系図も他の棚から引っ張りだしてみたが、それらしい者はない。
「おい、これ」
ルイドバードが声をあげた。
「これ、こんな話だったか? 私が知っているのとだいぶ違うのだが」
ルイドバードが見せたのはロアーディアル王家発祥の由来が書かれた神話の本だった。
天上に住まう神々の長に命じられ、女神ロアーディアが一人、イディル島を含むこの世界を作り出した。そして女神はイディルの島に降りたち、作ったばかりの世界を整えた。仕事を終えた女神に、長は神々が住む園へ帰るよう言った。しかし、自分の作り上げた世界と人間を愛した女神は、地上に残った。そのロアーディアと人間の間に生まれたのがロアーディアル王家初代である……
そこまではラティラス含めロアーディアルの国の人間なら誰でも知っている。だが、この記録館に収められている神話には、ラティラスも知らない続きがあった、
『女神には、世界の創造を手伝った弟、リアードがいた。弟神は、自分達が作った下等な人間達と共に生きようとした姉神を恨んだ。そして一度は神の武器を持って、人間達を滅ぼそうとまでした。ロアーディアは激怒し、弟から神の力と武器を取り上げ、イディル島に封印した。そして事の次第を天界へ報告した。リアードの所業を憎んだ神々は、彼を天界に戻ることを二度と許さなかったという』
「あの女神様に、こんな仲の悪い弟がいたなんて聞いていませんよ」
「まるでどっかの親戚相手みたいな感想だな。おそらくは、神話の一部をロアーディアル王家が記録から消したのだろうよ。始祖神の弟が、作ったばかりの人類を滅ぼそうとしたなど、褒められたことではないからな」
「たぶん、王国設立直後に、一族から抹消された血筋がいたのでしょうね。権力争いに負けた結果か、何か時の王の怒りを買ったのか分かりませんが」
こういった神話は、実際の歴史を基にしていることが案外ある物だ。
その血筋がケラス・オルニスを率いているのだとしたら、今までの辻褄(つじつま)があう。あのベイナーの無残な死体。おそらく、ケラス・オルニスはやはり何か武器でも開発をしているのだろう。そして王位を簒奪しようとしている。
相変わらずトルバドで見つかった血を抜き取られた死体と、リティシア姫の誘拐がどう関わっているかわからないが……
修道士のローブを身にまとったラティラスとルイドバードは、記録館の入口でその静けさに圧倒されたようにしばらく佇んでいた。
床の辺りから咎めるような呻き声が湧き上る。さるぐつわをされ、しばられて床に転がされたロエリドとフナークが、水揚げされた魚のようにもがいていた。
「申し訳ない。神に仕える身の方々をこんな目に遭わせるのは本意ではないのだが。無事王座についたらこの教会に寄付をはずむことにしよう。許せ」
多少信仰深いらしいルイドバードがすまなそうに言った。
ラティラスは懐から残った油が入ったビンをつまみ出し、ちゃぷちゃぷと振ってみせた。
「小さな火と、髪を燃やした臭い煙で偽の火事を起こして、駆けつけてきた修道士達にこっそりまぎれ込む。そして当番二人が扉を開けて館の中を調べていたスキに鍵穴に砂を入れて破壊。そして見張りを倒して館に不法侵入……こりゃ、二人ともだいぶ寄付はずまないと贖罪できないかもしれませんねえ」
「悪怯(わるび)れもせず言うんじゃない! すべてお前が仕組んだことだろうが!」
「ええ、ごもっとも。それに、あなたも共犯じゃないですか。もし審判の時、神様に責められたら『情報を得るため、他にどんな手があったでしょう?』って聞いてみましょうよ」
靴音を忍ばせ、奥に足を進める。
すでに亡き者が書き遺した日記。欲と怒りと悲しみが記録されているだろう裁判記録。貴族達の家系図を写した物。どれもこれも、誰かが必死に生きた証。
そう考えると、ラティラスにはここに並ぶ本や資料が、整然と並んでこちらをうかがっている亡霊達の群れに見えた。
二つの角のある小鳥について、この亡霊達の誰かから聞きださなければならない。
ラティラスは分厚い本の一冊を手に取った。『主な王族、貴族の紋章について その一』というそのままのタイトルが付けられたその本には鷲、盾、獅子、旗など、様々な紋章がフルカラーで描かれていた。その横にはその紋章を使う一族の歴史が書かれている。
二本角の小鳥を掲げる集団が昔からある物なら、ここに載っているかも知れない。索引の中に目当ての物を見つけ、ラティラスは思わず呟いた。
「あった」
まさか一冊目で見つかるとは思わなかった。少し拍子抜けした気分でそのページを読み始める。
『ロアーディアル王国が築かれた直後、わずかに使われた痕跡あり。傍系の一部が使っていたと思われる』
それは短い文だったが、ラティラスを驚かせるには充分だった。
(傍系? じゃあ姫様の親戚が黒幕?)
今まで宴やリティシア達王家の方から聞き知った知識を総動員して、該当しそうな王族がいないか考えてみる。だが、心当りは無かった。
もちろん、王家の傍系というのはたくさんあるが、ラティラスが把握していないものもすべて公式に記録が残っているはず。念のためにロアーディアル家の家系図も他の棚から引っ張りだしてみたが、それらしい者はない。
「おい、これ」
ルイドバードが声をあげた。
「これ、こんな話だったか? 私が知っているのとだいぶ違うのだが」
ルイドバードが見せたのはロアーディアル王家発祥の由来が書かれた神話の本だった。
天上に住まう神々の長に命じられ、女神ロアーディアが一人、イディル島を含むこの世界を作り出した。そして女神はイディルの島に降りたち、作ったばかりの世界を整えた。仕事を終えた女神に、長は神々が住む園へ帰るよう言った。しかし、自分の作り上げた世界と人間を愛した女神は、地上に残った。そのロアーディアと人間の間に生まれたのがロアーディアル王家初代である……
そこまではラティラス含めロアーディアルの国の人間なら誰でも知っている。だが、この記録館に収められている神話には、ラティラスも知らない続きがあった、
『女神には、世界の創造を手伝った弟、リアードがいた。弟神は、自分達が作った下等な人間達と共に生きようとした姉神を恨んだ。そして一度は神の武器を持って、人間達を滅ぼそうとまでした。ロアーディアは激怒し、弟から神の力と武器を取り上げ、イディル島に封印した。そして事の次第を天界へ報告した。リアードの所業を憎んだ神々は、彼を天界に戻ることを二度と許さなかったという』
「あの女神様に、こんな仲の悪い弟がいたなんて聞いていませんよ」
「まるでどっかの親戚相手みたいな感想だな。おそらくは、神話の一部をロアーディアル王家が記録から消したのだろうよ。始祖神の弟が、作ったばかりの人類を滅ぼそうとしたなど、褒められたことではないからな」
「たぶん、王国設立直後に、一族から抹消された血筋がいたのでしょうね。権力争いに負けた結果か、何か時の王の怒りを買ったのか分かりませんが」
こういった神話は、実際の歴史を基にしていることが案外ある物だ。
その血筋がケラス・オルニスを率いているのだとしたら、今までの辻褄(つじつま)があう。あのベイナーの無残な死体。おそらく、ケラス・オルニスはやはり何か武器でも開発をしているのだろう。そして王位を簒奪しようとしている。
相変わらずトルバドで見つかった血を抜き取られた死体と、リティシア姫の誘拐がどう関わっているかわからないが……
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