姫と道化師

三塚 章

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二章

招待状がもらえませんでしたので2

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 縛られ、さるぐつわをされた夫妻と御者(ぎょしゃ)兼(けん)従者(じゅうしゃ)は、近くの農具小屋に転がされた。小屋はクワやスキ、ザルなどがしまわれていて、三人転がすとだいぶ狭くなってしまった。
 床に残る足跡や濡れた桶から、この小屋は頻繁に使われているようだ。ある程度経てば誰かに発見されて、飢えで死ぬことはないだろう。
「どうやらうまくいったようですね」
ラティラスは、殺気を込めてにらみつけてくる商人の男をなだめた。
「ここなら風も雨も入り込みませんし、しばらくしたら人が来ますから。肥料のせいで多少空気が悪いのはご勘弁ください。息はできますよね?」
 手の平を捕虜達の口元に近付け呼吸を確認する。
 ルイドバードは従者の懐を探り、招待状を見つけ出した。
「ふう、これでもし『従者が持ってくるのを忘れてました』では今までの苦労の意味がなくなる」
 ラティラスはルイドバードから受け取った招待状を開いて名前を確認した。 
「ちょっと馬車をお借りしますよ。ええと、エリバーさん。代わりに、私達がパーティーに出席させていただきます」
 大きな布の袋から、各々自分の衣装を取り出す。
 さすがにレディであるファネットは人前で着替えるわけにはいかず、奪い取ったばかりの馬車に着替えに行っている。刃のないイタズラ用のナイフも、血のりのついた服も、もう処分してくれているだろう。
 狭い小屋の中で、転がされている三人を踏みそうになりながら男二人は着替えを終える。
「それにしても、それはなんの扮装だ? 妙に似合ってはいるが」
 悪しきドラゴンを倒したという銀騎士団の騎士団長の恰好をしたルイドバードが聞いてくる。紋章を胸につけた、儀礼用の装束は、背が高くがっしりとした体格の彼に似合っていた。
 ラティラスが着ているのは、一見青を基調にした貴族の普段着のようだった。だが、右肩を覆うように赤い羽根飾りがふさふさとついている。おまけに髪は整髪油でツンツンと
逆立てられていた。
「ああ、これは妖精のチーパックと言いましてね」
「聞いたことがないな。お前の国のおとぎ話か何かか」
「ええ。何を隠そう、作者はこの私。まだ子供だったとき、風邪気味で退屈をもてあましておられた姫(ひめ)様をお慰めするために、二人で一緒に作ったお話しの主人公です。まあ、羽を染めてくっつけ、髪をいじればいいだけですから簡単ですし」
 肩につけた魔法の羽の力で空を飛び、どんな怪物も一撃で倒す力を持つ妖精。
 どんな仮装をしようか考えたとき、ラティラスにはこれしか思い浮かばなかった。もちろん、姫(ひい)様以外には何が基となっているのか分からないだろうが。
「姫とはそうとう仲がよかったようだな」
 ルイドバードが、憐れむような視線を向けてきた。正統な婚約者が恋敵にむけるのには正しい視線かもしれなかった。
「似合いますかね?」
 ラティラスはその質問には答えず、荷物から取り出した顔の上半分を覆う仮面を顔にあ
ててみせた。
「あら、とってもステキですわ。なんの格好ですの?」
 扉が開き、森の聖霊に扮したファネットが姿を現わした。深緑色の、裾の長いドレスを着て、木製の冠には造花と本物の花がたっぷりと付けられている。
「おお、とってもかわいらしい! こんな可憐な聖霊に会えるのだったら、飲まず食わずで三日は森をさ迷ってもかまわない!」
「ふふ、口が上手いんですわね。お世辞も気をつけないと、純な女性に恨まれますわよ」
「本当の事を言っただけですよ、ねえ」
 同意を求めてルイドバードに顔を向けると、彼の視線はファネットに注がれていた。その視線に、何やら特別な熱があるように見えた。
ラティラスが見ていることに気づくと、ルイドバードはさっと顔をそむける。
 その一連の出来事を、ラティラスはとりあえず見なかった事にした。
「わかっていますね、ファネットさん。会場に入ったらすぐに外へ出るんですよ。入るときのチェックは厳しいですが、出る時は簡単ですから」
「はい」、と森の聖霊は微笑んだ。
 農具小屋を出ると、巨大な布のように畑が広がる先に、まいた砂利のように散らばる街の屋根がみえた。その中に塔の先端も見える。これから乗り込む、偽りの姿をまとった魔物達が集まる場所が。
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