38 / 60
二章
招待状がもらえませんでしたので
しおりを挟む
馬車の中で、ケラス・オルニスのメンバーであるエリバーはしかめっ面をしていた。仮装用に用意した魔術師のローブも我ながら滑稽(こっけい)で、よけいに不愉快になる。
針の塔の完成祝いのパーティー。それが今回呼び出された目的のはずだ。確かに、鏡の塔にはかなりの投資をしている。その代わり、塔に店を構える権利は優先的にもらえるし、迷路の入場料も一部入ってくる。十分元は取れるだろう。塔がうまく完成したのなら、確かに喜ぶべきことだ。
しかし、エリバーはこのパーティーにどこか不穏な物を感じていた。金を出せば非合法な事もしてくれる闇のギルド、ケラス・オルニス。今まではメンバーの名前も教えられなかったのに、仮面を付け、仮装をしてとはいえ、全員集めてのパーティーだなんて。
それに、ケラス・オルニスの上層部は何かを企んでいるような気がする。計算高い商人だったらやらないような、破滅的な事を。証拠も何もなく、ただの印象でしかないけれど、そういったものをないがしろにしなかったからこそここまでやってこられたのだ。
今まで利用させてもらっていたが、そろそろ潮時かも知れない。
急に馬車が止まり、エリバーの考えは中断させられた。
「なんだ一体!」
隣に座っていた魔女姿の妻も「なんなのよ、もう!」と不機嫌にどなった。
窓を空け、外をのぞく。
「すみません、前に誰かが倒れていて」
煙突掃除人に仮装をした御者(ぎょしゃ)が申し訳なさそうに報告した。
馬車の内からでは馬の影になって全体見えないが、確かに道の真ん中に少女が倒れている。
道の端を歩いていたタレ目の青年が慌てて少女に駆け寄っていくのが見えた。
「大方、貧血ででも倒れたんだろう。おい、とっととそいつをどかせ! パーティーに間に合わん!」
エリバーは窓から顔を出し、御者と青年に命じた。
座り直そうとしたとき、青年の悲鳴が聞こえた。
「血! 血が! この女の子、誰かに刺されて……」
「ああ?」
さすがに気になって、馬車の鍵を外して外へ出る。
確かに、少女の腹にはナイフが突き立っていた。その周りはドス黒い血で濡れている。
「と、とにかく手当てを……」
ナイフを抜こうと、御者が両手を伸ばした瞬間、うろたえていたタレ目の青年が動いた。
すばやく御者を羽交(はが)い締めにする。
「な、何を!」
御者がもがく。
何が起こっているのか分からず、エリバーは立ちすくんだ。
突然はりつめた雰囲気に、馬が驚いて身を震わせていなないた。その振動が馬車を揺らす。妻のかん高い悲鳴があがった。
倒れていた少女が、ゆっくりと起き上がった。胸を血に濡らしたまま、にんまりと笑顔を浮かべる。そして、胸のナイフもそのままに、馬をやさしくなだめ始めた。
「どうどう、大丈夫だからね~」
死人が起き上がって馬をなでるなんてありえない。それを見て、エリバーは何が起こっているのかようやく理解した。
馬車強盗だ!
御者を縛り終わったタレ目が、こっちに視線をむけた。
(殺される!)
馬車に逃げ込もうと振り返った先に、金髪の青年が立っていた。
「すまない、とは言わないぞ」
どこかの王子のように尊大な態度で青年は言う。
「お前もケラス・オルニスの一員なのだからな」
大きな手が伸びてきた、と思うと視界が回転し、真っ暗になった。
針の塔の完成祝いのパーティー。それが今回呼び出された目的のはずだ。確かに、鏡の塔にはかなりの投資をしている。その代わり、塔に店を構える権利は優先的にもらえるし、迷路の入場料も一部入ってくる。十分元は取れるだろう。塔がうまく完成したのなら、確かに喜ぶべきことだ。
しかし、エリバーはこのパーティーにどこか不穏な物を感じていた。金を出せば非合法な事もしてくれる闇のギルド、ケラス・オルニス。今まではメンバーの名前も教えられなかったのに、仮面を付け、仮装をしてとはいえ、全員集めてのパーティーだなんて。
それに、ケラス・オルニスの上層部は何かを企んでいるような気がする。計算高い商人だったらやらないような、破滅的な事を。証拠も何もなく、ただの印象でしかないけれど、そういったものをないがしろにしなかったからこそここまでやってこられたのだ。
今まで利用させてもらっていたが、そろそろ潮時かも知れない。
急に馬車が止まり、エリバーの考えは中断させられた。
「なんだ一体!」
隣に座っていた魔女姿の妻も「なんなのよ、もう!」と不機嫌にどなった。
窓を空け、外をのぞく。
「すみません、前に誰かが倒れていて」
煙突掃除人に仮装をした御者(ぎょしゃ)が申し訳なさそうに報告した。
馬車の内からでは馬の影になって全体見えないが、確かに道の真ん中に少女が倒れている。
道の端を歩いていたタレ目の青年が慌てて少女に駆け寄っていくのが見えた。
「大方、貧血ででも倒れたんだろう。おい、とっととそいつをどかせ! パーティーに間に合わん!」
エリバーは窓から顔を出し、御者と青年に命じた。
座り直そうとしたとき、青年の悲鳴が聞こえた。
「血! 血が! この女の子、誰かに刺されて……」
「ああ?」
さすがに気になって、馬車の鍵を外して外へ出る。
確かに、少女の腹にはナイフが突き立っていた。その周りはドス黒い血で濡れている。
「と、とにかく手当てを……」
ナイフを抜こうと、御者が両手を伸ばした瞬間、うろたえていたタレ目の青年が動いた。
すばやく御者を羽交(はが)い締めにする。
「な、何を!」
御者がもがく。
何が起こっているのか分からず、エリバーは立ちすくんだ。
突然はりつめた雰囲気に、馬が驚いて身を震わせていなないた。その振動が馬車を揺らす。妻のかん高い悲鳴があがった。
倒れていた少女が、ゆっくりと起き上がった。胸を血に濡らしたまま、にんまりと笑顔を浮かべる。そして、胸のナイフもそのままに、馬をやさしくなだめ始めた。
「どうどう、大丈夫だからね~」
死人が起き上がって馬をなでるなんてありえない。それを見て、エリバーは何が起こっているのかようやく理解した。
馬車強盗だ!
御者を縛り終わったタレ目が、こっちに視線をむけた。
(殺される!)
馬車に逃げ込もうと振り返った先に、金髪の青年が立っていた。
「すまない、とは言わないぞ」
どこかの王子のように尊大な態度で青年は言う。
「お前もケラス・オルニスの一員なのだからな」
大きな手が伸びてきた、と思うと視界が回転し、真っ暗になった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる