姫と道化師

三塚 章

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二章

招待状がもらえませんでしたので

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 馬車の中で、ケラス・オルニスのメンバーであるエリバーはしかめっ面をしていた。仮装用に用意した魔術師のローブも我ながら滑稽(こっけい)で、よけいに不愉快になる。
 針の塔の完成祝いのパーティー。それが今回呼び出された目的のはずだ。確かに、鏡の塔にはかなりの投資をしている。その代わり、塔に店を構える権利は優先的にもらえるし、迷路の入場料も一部入ってくる。十分元は取れるだろう。塔がうまく完成したのなら、確かに喜ぶべきことだ。
 しかし、エリバーはこのパーティーにどこか不穏な物を感じていた。金を出せば非合法な事もしてくれる闇のギルド、ケラス・オルニス。今まではメンバーの名前も教えられなかったのに、仮面を付け、仮装をしてとはいえ、全員集めてのパーティーだなんて。
 それに、ケラス・オルニスの上層部は何かを企んでいるような気がする。計算高い商人だったらやらないような、破滅的な事を。証拠も何もなく、ただの印象でしかないけれど、そういったものをないがしろにしなかったからこそここまでやってこられたのだ。
今まで利用させてもらっていたが、そろそろ潮時かも知れない。
 急に馬車が止まり、エリバーの考えは中断させられた。
「なんだ一体!」
 隣に座っていた魔女姿の妻も「なんなのよ、もう!」と不機嫌にどなった。
 窓を空け、外をのぞく。
「すみません、前に誰かが倒れていて」
 煙突掃除人に仮装をした御者(ぎょしゃ)が申し訳なさそうに報告した。
 馬車の内からでは馬の影になって全体見えないが、確かに道の真ん中に少女が倒れている。
道の端を歩いていたタレ目の青年が慌てて少女に駆け寄っていくのが見えた。
「大方、貧血ででも倒れたんだろう。おい、とっととそいつをどかせ! パーティーに間に合わん!」
 エリバーは窓から顔を出し、御者と青年に命じた。
 座り直そうとしたとき、青年の悲鳴が聞こえた。
「血! 血が! この女の子、誰かに刺されて……」
「ああ?」
 さすがに気になって、馬車の鍵を外して外へ出る。
 確かに、少女の腹にはナイフが突き立っていた。その周りはドス黒い血で濡れている。
「と、とにかく手当てを……」
 ナイフを抜こうと、御者が両手を伸ばした瞬間、うろたえていたタレ目の青年が動いた。
すばやく御者を羽交(はが)い締めにする。
「な、何を!」
 御者がもがく。
 何が起こっているのか分からず、エリバーは立ちすくんだ。
 突然はりつめた雰囲気に、馬が驚いて身を震わせていなないた。その振動が馬車を揺らす。妻のかん高い悲鳴があがった。
倒れていた少女が、ゆっくりと起き上がった。胸を血に濡らしたまま、にんまりと笑顔を浮かべる。そして、胸のナイフもそのままに、馬をやさしくなだめ始めた。
「どうどう、大丈夫だからね~」
 死人が起き上がって馬をなでるなんてありえない。それを見て、エリバーは何が起こっているのかようやく理解した。
 馬車強盗だ!
 御者を縛り終わったタレ目が、こっちに視線をむけた。
(殺される!)
 馬車に逃げ込もうと振り返った先に、金髪の青年が立っていた。
「すまない、とは言わないぞ」
 どこかの王子のように尊大な態度で青年は言う。
「お前もケラス・オルニスの一員なのだからな」
 大きな手が伸びてきた、と思うと視界が回転し、真っ暗になった。
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