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二章
宴の前に
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小さな村ならともかく、ある程度旅人が行き来するような町なら、大抵はその町のシンボルがある物だ。それは誰かの像だったり、噴水だったり、ただの大きな岩だったりする。
ロディンの町の場合は、大きな青灰色の塔だった。飾りのほとんどないシンプルな塔は、街のどこからでも先端が見える。ちょっとした観光地になっていて、その前の通りには屋台が並んでいた。手軽な食べ物や、塔の置物、帽子やマントが並べられている。昼ということもあり、通りは地元の人間と観光客で賑わっていた。
「へえ。ちょっとしたモンですねえ」
ラティラスは昼の光に目を細めて塔を見上げた。
「そうか?」
王宮の敷地にいくつも建っている豪華な建物に見慣れているルイドバードはあまり感動していないようだ。
「それにしても、これのどこが『鏡の塔』なんでしょう? ぜんぜんぴかぴかしてないじゃないですか」
ファネットの言葉に少し残念そうな響きがあるのは、きっと文字通り表面が鏡ばりの塔を期待していたからだろう。気持ちは分からなくもないが、さすがのケラス・オルニスもそんな物を作るには金銭面的に大変だろうとは思う。
改めて塔を見上げる三人に、首から下げた木の箱に色とりどりのキャンディをつめた飴売りのおばちゃんが気さくに声をかけてくる。
「残念でした。鏡張りになるのは塔の中の地下一階部分だけよ」
「へえ?」
ラティラスは小銭をおばちゃんに渡すと、受け取った棒つきの小さな飴をくわえた。
おばちゃんは塔を見上げて続ける。
「その階だけ迷路にして、鏡を貼るんですって。入場料を取って儲けようってわけ。一階、二階、三階にはお店が入るらしいわよ。昔は物見の塔だったのが、今じゃどこかのギルドに買い取られて観光名所よ。時代って変わるのねえ」
「そういえば、小耳に挟んだんですけど、近々この辺りで何かイベントが開かれるんですって?」
「ああ、塔が新しくなるお祝いでね。海竜月の十二日よ」
「十二日? あと三日後ですか」
「それがねえ、おもしろいのよ。仮装、仮面舞踏会ですって!」
「へえ、それはおもしろそうですね!」
割と本気でラティラスはそう考えてしまった。
その塔でパーティーが開かれるのは別に秘密ではないらしく、話上手なラティラスがその辺りの主婦や屋台のオヤジに聞いてみると、飴売りのおばさんと同じような返事が返ってきた。
「仮面舞踏会ですか」
「でも、少し気味が悪いな」
まだ少し顔色の悪いルイドバードが呟く。
「誰もが塔の中でパーティーが行なわれるのを知っている。けれど、集まる人間はみな善良で、その宴もただ新しい商売開始の祝いだと思っている。そいつらがテロリスト集団だということに気づいていないのだ」
「何も珍しいことではありませんよ。皆が皆、当たり前にやっていることです。仮面を被り、着ている衣装でごまかして、自分の正体を隠しっこしているんです」
ラティラスはぴょこぴょことくわえた飴の棒を動かしながら続ける。
「……ケラス・オルニスはお互いの正体を明かさないようにしていました。仮面舞踏会なのも不思議じゃありません。仮装なのも同じ理由でしょう。衣装に気をとられて、顔に目がいかなくなりがちですから」
「まあ、その分忍び込みやすいから感謝しよう」
大きな荷物をもった男を避けながらルイドバードが言った。人が多く、うっかりすると迷子になってしまいそうだ。動物の鳴きマネをする大道芸人に気を取られているファネットの腕を、ルイドバードがそっとつかんだ。
優しさがこもったその仕草に、ラティラスはおや? と思った。
ファネットのルイドバードへの想いは分かっていたから、今までちゃかしていたけれど、まさか冗談が本当になってしまったのだろうか。
リティシアの婚約者でありながら、他の女に心を奪われるなんて。
それこそ婚約者のいるリティシアに想いを寄せているのを棚にあげて、ラティラスは思った。理不尽な怒りを押し殺す。
「さて、これから色々と買物をしなくてはな。パーティーに行くのには準備がいる」
ルイドバードの言葉に我に返る。
「私、仮装パーティーって初めてです!」
ファネットは楽しそうにそう言った後で「もっとも記憶を失う前のことは分からないけど」とつけたした。
「あ、忘れていました。お買い物メモを持ってきたんでした」
言いながら、ラティラスはポケットからメモを取り出した。のぞきこんだルイドバードが眉をひそめる。
「衣装はともかく、玉子とこしょうとトウガラシと絵の具? 何に使うんだ?」
「兵器を作ろうと思いましてね」
中身を抜いた玉子の殻を乾かし、中にスパイスを入れる。それを敵に投げつけて目つぶしにするのは一部の盗賊が使う武器だ。
「……やりたいことは分かったが、この絵の具はなんなんだ?」
「玉子に絵を描くために決まってるでしょう」
「一応、念のために聞いておくが、その行動に何か意味があるのか? 威力があがるとか?」
「あるわけないでしょう? ただ、楽しいからですよ」
何をバカなことを言っているんだといいたげなラティラスに、ルイドバードは無言になった。
「あ、でも色塗り楽しそうですね」
ファネットがごきげんで話にのってくる。
「遊びに行くんじゃないんだぞ……」
少し呆れたようなルイドバードの言葉だった。
ロディンの町の場合は、大きな青灰色の塔だった。飾りのほとんどないシンプルな塔は、街のどこからでも先端が見える。ちょっとした観光地になっていて、その前の通りには屋台が並んでいた。手軽な食べ物や、塔の置物、帽子やマントが並べられている。昼ということもあり、通りは地元の人間と観光客で賑わっていた。
「へえ。ちょっとしたモンですねえ」
ラティラスは昼の光に目を細めて塔を見上げた。
「そうか?」
王宮の敷地にいくつも建っている豪華な建物に見慣れているルイドバードはあまり感動していないようだ。
「それにしても、これのどこが『鏡の塔』なんでしょう? ぜんぜんぴかぴかしてないじゃないですか」
ファネットの言葉に少し残念そうな響きがあるのは、きっと文字通り表面が鏡ばりの塔を期待していたからだろう。気持ちは分からなくもないが、さすがのケラス・オルニスもそんな物を作るには金銭面的に大変だろうとは思う。
改めて塔を見上げる三人に、首から下げた木の箱に色とりどりのキャンディをつめた飴売りのおばちゃんが気さくに声をかけてくる。
「残念でした。鏡張りになるのは塔の中の地下一階部分だけよ」
「へえ?」
ラティラスは小銭をおばちゃんに渡すと、受け取った棒つきの小さな飴をくわえた。
おばちゃんは塔を見上げて続ける。
「その階だけ迷路にして、鏡を貼るんですって。入場料を取って儲けようってわけ。一階、二階、三階にはお店が入るらしいわよ。昔は物見の塔だったのが、今じゃどこかのギルドに買い取られて観光名所よ。時代って変わるのねえ」
「そういえば、小耳に挟んだんですけど、近々この辺りで何かイベントが開かれるんですって?」
「ああ、塔が新しくなるお祝いでね。海竜月の十二日よ」
「十二日? あと三日後ですか」
「それがねえ、おもしろいのよ。仮装、仮面舞踏会ですって!」
「へえ、それはおもしろそうですね!」
割と本気でラティラスはそう考えてしまった。
その塔でパーティーが開かれるのは別に秘密ではないらしく、話上手なラティラスがその辺りの主婦や屋台のオヤジに聞いてみると、飴売りのおばさんと同じような返事が返ってきた。
「仮面舞踏会ですか」
「でも、少し気味が悪いな」
まだ少し顔色の悪いルイドバードが呟く。
「誰もが塔の中でパーティーが行なわれるのを知っている。けれど、集まる人間はみな善良で、その宴もただ新しい商売開始の祝いだと思っている。そいつらがテロリスト集団だということに気づいていないのだ」
「何も珍しいことではありませんよ。皆が皆、当たり前にやっていることです。仮面を被り、着ている衣装でごまかして、自分の正体を隠しっこしているんです」
ラティラスはぴょこぴょことくわえた飴の棒を動かしながら続ける。
「……ケラス・オルニスはお互いの正体を明かさないようにしていました。仮面舞踏会なのも不思議じゃありません。仮装なのも同じ理由でしょう。衣装に気をとられて、顔に目がいかなくなりがちですから」
「まあ、その分忍び込みやすいから感謝しよう」
大きな荷物をもった男を避けながらルイドバードが言った。人が多く、うっかりすると迷子になってしまいそうだ。動物の鳴きマネをする大道芸人に気を取られているファネットの腕を、ルイドバードがそっとつかんだ。
優しさがこもったその仕草に、ラティラスはおや? と思った。
ファネットのルイドバードへの想いは分かっていたから、今までちゃかしていたけれど、まさか冗談が本当になってしまったのだろうか。
リティシアの婚約者でありながら、他の女に心を奪われるなんて。
それこそ婚約者のいるリティシアに想いを寄せているのを棚にあげて、ラティラスは思った。理不尽な怒りを押し殺す。
「さて、これから色々と買物をしなくてはな。パーティーに行くのには準備がいる」
ルイドバードの言葉に我に返る。
「私、仮装パーティーって初めてです!」
ファネットは楽しそうにそう言った後で「もっとも記憶を失う前のことは分からないけど」とつけたした。
「あ、忘れていました。お買い物メモを持ってきたんでした」
言いながら、ラティラスはポケットからメモを取り出した。のぞきこんだルイドバードが眉をひそめる。
「衣装はともかく、玉子とこしょうとトウガラシと絵の具? 何に使うんだ?」
「兵器を作ろうと思いましてね」
中身を抜いた玉子の殻を乾かし、中にスパイスを入れる。それを敵に投げつけて目つぶしにするのは一部の盗賊が使う武器だ。
「……やりたいことは分かったが、この絵の具はなんなんだ?」
「玉子に絵を描くために決まってるでしょう」
「一応、念のために聞いておくが、その行動に何か意味があるのか? 威力があがるとか?」
「あるわけないでしょう? ただ、楽しいからですよ」
何をバカなことを言っているんだといいたげなラティラスに、ルイドバードは無言になった。
「あ、でも色塗り楽しそうですね」
ファネットがごきげんで話にのってくる。
「遊びに行くんじゃないんだぞ……」
少し呆れたようなルイドバードの言葉だった。
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