姫と道化師

三塚 章

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二章

このまま逃げることなんて

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 ルイドバードは無事だろうか。ファネットは玄関から離れた一階の隅で、まだ主のいない店の影に隠れていた。
 もし戦う術(すべ)を持っていたなら、ルイドバードの力になれたのに。それとも、記憶を失う前は剣でもあつかえたのだろうか?
 いや、劇団にいる時、ふざけて殺陣(たて)のマネをしたことがあったけれど、まともに動けなかったから、持ったことさえないのだろう。
(私はただの小娘だ。ルイドバードさんの傍にいたところで足手まといにしかならない)
 そう自分にいい聞かせて、ルイドバードの後を追いたい気持ちを押し殺す。計画通り、このまま脱出するべきだ。
 二人の気配がなくなったころを見計らって、足音を忍ばせ入口に戻る。
 そっと扉を押し、隙間から外をのぞく。そこには剣を携えたケラス・オルニスが並んで塔の出入口を守っていた。
 ダメだ、出られない。音がしないよう扉を閉める。
 一度、ラティラスの所へ戻らないと。
(それで?)
 心の中で、もう一人の自分が聞いてきた。
(ラティラスと合流して? ただ、ルイドバードさんとラティラスさんに任せておくだけいいの?)
 また、宿屋で感じたのと同じ、自分でも理由の分からない焦りが心をむしばんでくる。
 ケラス・オルニスを放っておくわけにはいかない。リティシアを守らなければ。
 さっきの声と足音からして、ルイドバードとあのネコの姿をした男は地下へ下りていったようだ。そこには近寄らない方がいいとして、では上の階には何があるのだろう? そこでルイドバードのためになる情報を手に入れることができないだろうか。
 もし捕まったら、足手纏いになる。でも、仮面を被っているから、自分がラティラスやルイドバードの仲間だとばれないかも知れない。見つかったとしても、ごまかせるのでは?
 ラティラスに見つかるわけにはいかない。きっと止められるだろう。気づいたらファネットは足早に吹き抜けの階段へ歩き出していた。
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