姫と道化師

三塚 章

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二章

このような物はあってはならぬ

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 塔の吹き抜けから、空を刺す一本の針のように紫色の光が立ち昇った。だが、それは目的地に到達することなくインクがかすれるように空の途中で消えていく。
「な……」
 あっという間に光が消え、科学者達は驚きの声をあげた。
「増幅不足です、出力が足りません!」
 科学者の一人が大声で上に報告をする。
「ひょっとして、増幅装置というのはあの迷路の鏡のことか?」 
 ルイドバードがにやりと笑った。
「もしそうなら悪かったな。ほとんど壊させてもらった」
 迷子脱出のために割った、ということは黙っていたほうがいいだろう。
「ふざけるな! ここまで来るのにどれだけ苦労と金と時間がかかっていると思っている!」
 老科学者が、妙に俗っぽい内容の怒りをぶつけてくる。
「ふん、ターゲットが他国とはいえ、このルイドバードが虐殺を許すわけがあるまい」
 剣を突きつけ、ルイドバードは啖呵(タンカ)をきった。
「くそ!」
 老科学者は金属性の筒のような物をルイドバードにむけた。
 普通ならそんな筒にそれほど警戒しなかっただろう。だが、物騒な花やら塔から発射される光の矢やらを見た後では、呑気に構えている気にはならない。
 ルイドバードは向けられた孔の直線上から体をそらせた。
 短い口笛のような音がして、壁に小さな穴が空く。
 ルイドバードは筒に赤黒い宝石がついているのを見て取った。
 そういえば、ロルオンの持っていた花の杖にも同じ物がついていた。弟神リアードの武器が、王家の血を燃料とするものなら、この宝石は、リティシア姫の血で作られた物なのだろう。
 人を殺めるのに、さらに別の誰かの血を必要とするとは、なんと忌まわしい武器なのだろう。
 老科学者が再び筒を向けてきた。
「くっ」
 避けようとしたが、ロルオンとの戦いでついた傷が痛み、体の反応がわずかに遅れた。筒の孔がルイドバードの左胸に向けられた。
 爆発音とともに床が揺れる。老科学者の狙いがずれ、床に新しい穴が空いた。
 炉から立ち上った鉄錆(てつさび)臭い赤い煙が、視界を横切っていく。
 また突き上げられるような振動。天井からガラス管が外れ、床に落ちて割れた。
「ノシド様、炉に異常が!」
 若い科学者がいわずもがなの報告をする。
 揺れはますます激しくなり、天井から小石が落ちてきた。金属製のバケツを転がすような音があちらこちらから聞こえてくる。
「ひっ」
 一人の科学者が持場を離れ、ルイドバードを押し退けるように廊下へと逃げ出した。
 それをきっかけになって、床に散ったガラスを踏みながら科学者達が出口へ殺到していく。隠し通路もあったらしく、いつの間にか壁に新しい出口が出き、そこにも白衣がなだれ込んでいく。
 一際(ひときわ)大きく床が揺れ、ルイドバードはつんのめった。
(ここでモタモタしてたらまずい!)
「おい、こら、待たんか!」
 老科学者が叫んだが、ルイドバードも他の科学者達も、もちろん聞くはずはなかった。
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