姫と道化師

三塚 章

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三章

茶番劇を書かせてくれますか?

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「ラティラス! 道化!」
 ルイドバードの声がした。うるさい。人がゆっくりと寝ているのに、なぜジャマをするのだろう。ラティラスは寝返りをうって再び眠り込もうとした。
「起きろラティラス! 命令だ!」
 今度はリティシアの声がした。さすがにこれは無視できない。
「姫様(ひいさま)……」
 目を開けるとすぐそばに心配そうなリティシアの顔。
「姫様、そんな顔をなさいますな。あなたのラティラスめはここにおりますよ」
 ラティラスは、蓋の開いたガラスの棺のような箱の底に横たわっていた。
 その棺をルイドバードとリティシア、ファネットが取り囲み、こっちをのぞきこんでいる。どういうわけか、ファネットの服は濡れている。それでは寒いと思ってルイドバードが貸したのだろう、彼の上着を羽織っている。
 起き上がったとき、ラティラスは自分の体に違和感がないことに違和感を持った。
「おかしいですね、てっきりワタシの足は削れてしまったと思ったのですが。出血多量か、墜落して死んだとばかり」
「実際死にかけていたのですよ」
 ファネットが穏やかに微笑んだ。
 その様子に、ラティラスは目をしばたかせた。今までずっとファネットにあった、ためらいがちな雰囲気が、穏やかな自信に変わっている。顔も髪の色も同じだが、まるで別人になったようだ。
 自分がどれくらい気を失っていたのか知らないが、その間に大した変わり様だ。
「でも死にかけていたのなら、どうして今ワタシはぴんぴんしているんです? 通りすがりの名医でも現れましたか」
「というわけではないのですよ。治療機が動いて幸いでした」
「治療機?」
「お前が今寝ているベッドのことだ! すごかったぞ」
 まるで宝物を見つけた子供のように目をキラキラさせて、リティシアが身を乗り出した。
「あっという間とまではいかないが、見る見る足のケガがふさがってな! 真っ青だったお前の顔に赤みがさしてな!」
「はあ。この遺蹟は一体なんなんです? 本当に神の住居ですかね」
 ファネットはクスクスと笑った。
「宇宙船…… あなた方の神話で言えば女神が神界から来る時に使われた船です」
 その言葉にラティラスはまじまじとファネットを見つめた。
「なんでそんなことを知っているんです? ファネットさん」
 ファネットは、どこか淋しそうに言った。
「思い出したのです。私が父に拾われる前に何があったのか」
 ファネットは周りの光景をぐるりと見回した。
「私は、別の星、あなた方の言う神の世界からやってきましたの」
「……普通だったら信じられませんが、フィダールの武器をその血で動かした所を見せられては信じるしかありませんね」
「私は、冷凍睡眠で……つまり仮死状態でこの世界にやってきたの。神界はとても遠いので、そうでもしないと辿り着けないの」
 考え考え話しているところを見ると、難しいことを噛み砕いて話してくれているのが分かった。
「目的地に近付いて、私達は目を覚ました。でも、そのとき船に問題が起きていたの」
「たぶん、それ、私は見たと思う」
 リティシアが少し興奮した様子で言った。
「ヒョウと戦ったとき、幻が浮かび上がった。空を飛ぶ箱が火に包まれていた」
「ホログラムね。まさしくそれが昔何があったかの記録よ」
「でも、女神様。他の神様達はどうしたんです?」
 ラティラスの質問に、ファネットは苦痛を感じたかのように顔を歪めた。
「この地上に降り立とうとした時、船が壊れてしまったの。もう飛び立てなくなってしまって、故郷の星とも連絡が取れなくなった。そして私達の仲間はパニックを起こして、仲間割れをした」
「『女神には弟がいた。女神は人間と共に生きようとしたが、弟は人間を支配しようとした』」
 リティシアが呟いた。
「つまり、現地の者と共に生きるか、自分たちが支配者となって君臨するか、意見が別れたのか」
 ルイドバードの言葉に、ファネットはうなずいた。
「結局、自分達の技術を封印し、この星の民と暮らすことを決めた者達はロアーディアルの王家の祖となり、残りは……」
「ケラス・オルニスの祖となったわけか」
 ルイドバードは溜息をついた。
 そこでファネットは笑ったあと、少し申し訳なさそうな顔になった。
「ロアーディアというのは、私達の仲間の名前ですわ。やさしい、いい娘(こ)でした。お菓子が好きでね」
「でも、『人間と共に生きる』というわりには王族に納まったんですね」
 つい口から出てしまったラティラスの皮肉に、リティシアは苦笑した。
「その時は、あなたがたは今よりもっと獣に近く、もっと純真だったのです」
「なるほど。確かに頭のいい人の下(もと)には人が集まる!」
 ようは自分達の武器を使わず、人々を統治した、というわけだ。
 まあ、ケラス・オルニスの祖先が覇権を握っていたら武器を使って恐怖政治を敷いているだろうから、よっぽどマシだっただろう。
「私はそのどちらにも加わらず、ここで再び眠りにつきました。冷凍睡眠の機械はまだ生きていましたので。どちらの勢力が勝ったのか、遠い未来を見届けるために。そして、どちらが勝ったにせよ、もし未来がデストピアとなっていたら、それを正すために」
「たった一人でか」
 ルイドバードがファネットを見つめる。
 どんな気分なのだろう。永い時間眠り続け、気づいたら記憶を無くし、ようやく思い出したとしたら仲間が全員亡くなっているというのは。きっと冷凍睡眠に入るときに覚悟しただろうが、実際にそうなってみると、想像以上に辛いのではないだろうか。
 それでもファネットは気丈に話続けた。
 ラティラスは、なぜルイドバードがファネットを好きになったのか分かる気がした。
「本来なら、私はまだ眠り続けているはずでした。でも、事故で脆くなっていた壁の一部を、永い間に波が削り取ったのね。そして嵐が来て私を押し流した……」
「ああ、そういえば、ファネットを避難させた部屋には棺のような物があったな」
 ルイドバードが言った。
「ええ。そしてそのショックで記憶をなくし、ヴェインさんに拾われたのですね」
 なんだか話のスケールが多すぎて、ラティラスは頭がくらくらした。
「だからあの銃は、加工しなくてもファネットさんの血で動いたのですね。リティシア様よりもずっとずっと神の血が濃い、というか私達の言う神様そのものなのだから」
 ラティラスの言葉に、ファネットはクスクス笑った。
「本来だったら、あれは私が直接触れれば使える物ですの。わざわざ武器を使うのに、血をつけていたら痛いでしょう? まさか血で作った結晶を触れさせて使えるようにするなんて!」
「弓矢や釣り竿があったのは? これだけの技術があるなら、あんな原始的な物など必要がないように思えますが」
 ファネットはなぜか気まずそうな顔をした。
「なんというか、その、遊びというか、娯楽道具?」
「ああ、そうですか。なるほど。神々でも遊ぶでしょうな」
 ルイドバードは溜息をついた。そしてリティシアに向き直った。
「この遺蹟は封印した方がいい。爆薬と土砂を使って。この島はロアーディアルの領土でしたね」
「これはこれは意外なお言葉で」
 意地の悪い笑みを浮かべてラティラスが言う。
「あの武器があればあなたのバカな弟君も継母もまとめて殺せるでしょうに。それどころか世界征服だって女性を口説くより簡単ですよ」
「だから問題なのだ」
 しかめつらしくルイドバードが言った。
「神々がもたらしたものに頼って世を納めてどうする。お前の言う通り世界制服したとして、行き着くところは幼稚な恐怖政治だ。第一、扱いきれない技術が暴走したらどれだけ犠牲が出るかわからん」
 そしてルイドバードはまた大きな溜め息をついた。
「結局のところ、我々は自力で成長するしかないのだ。無駄な犠牲をたっぷり払ってな。どうした、ラティラス、にやにやして」
「いえ、あなたらしい意見だと思いまして。この治療機を封印するのは惜しい気がしますが」
「残念ながら長い間ほったらかしにしておいたからな。お前を一人治したところで壊れてしまったそうだ」
「そういえば、フィダールは?」
 ルイドバードは不快そうに顔をしかめた。
「下に駆け付けた時はもう死んでいたよ。もっとも、息があっても無事な治療機は一つしかなかったから、順番待ちに耐えられなかっただろうがな」
「私一人が特権を利用したみたいで個人的に少しひっかかりますが、これで心置きなく遺蹟を封印できますね」
 その言葉を聞いて、かすかにリティシアが微笑んだ。
「ああ、そうだな。これで私もルイドバードと心置きなく結婚できる」
 諦めたようにリティシアが言う。
「あ……」
 そうだった。姫が帰ってきて、なんとなく大団円になるような気がしていた。
 だが、実際は何も変わっていない。姫が戻ってきて、悪人が滅んだからといって、リティシアとルイドバードの結婚が取り止めになることはない。
 相変わらずルイドバードは王子で、自分は道化師なのだから。
 ルイドバードも、ファネットと静かに別れを惜しんでいた。
「これであなたが国に帰ったら、会えなくなりますね」
 ファネットはルイドバードを見つめていた。
「しかし……」
 すがりつくようなルイドバードの視線、という珍しいものをラティラスは見ることができた。
「私は、父とともに生きるつもりです。漁師の娘として」
「あなたは神の一族だ。なにもそのような生活をしなくても」
 ファネットは小さく首を振った。
「この世界はもはやあなた方のもの。いまさらどうこうしようとは思いません」
 その言葉を聞き、急にラティラスがぽんと手を打った。
「それだ!」
「なんだ、道化、いきなり脅かすな」
「いいえ! 本当なら手じゃなくて祝砲でもぶち鳴らしたいくらいですよ!」
 ラティラスは両手を大きく開いた。
「どうか、このワタシめに一つ、茶番劇の脚本を書かせてもらえませんか」
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