6 / 34
ハーミットの研究所
しおりを挟む
ハーミットの研究所こと『ハーミットの巣』の実験室は、大きなテーブルがいくつも並んでいた。その上には、水晶の器やアルコールランプ、ビーカーなどが並んでいる。
ガラスが触れ合う音や、沸騰する音が途切れることなく響いていて、仮面姿の研究員が作業していた。かすかに、なんともいえない臭いがする。 部屋の隅では、小さな暖炉のようなものがあり、いつでも火が使えるように種火が燃えていた。空気は暖かいを通り越し汗ばむくらいだ。
仮面の男が一人、アシェルに近寄ってきた。
「あれ、副隊長は?」
仮面でくぐもっているが、声から知り合いのハーミット、ミドウィンだと分かった。
こげ茶の髪と、そばかすを持った青年なのだが、いつも仕事中マスクをしているので、あまり素顔を見たことがない。
「ファーラ? 今聞き込みに行ってるよ」
「なんだよ、あの美女を見るのが密かな楽しみなのに」
「残念だったな。で、何かわかったか?」
「まったく気が早いね、早朝に起きた事件の進捗(しんちょく)をもう聞きに来るなんて」
ミドウィンが、一枚の報告書を手渡した。
「お前こそ、朝一の鑑定をもうまとめるとは仕事が早いな」
アシェルはさっそく目を通し始めた。
「残念だけど、犯人の足跡は取れなかった」
どこかすまなそうにミドウィンが言う。
「いいって。あれだけ落ち葉だらけだったんだから仕方ない。倉庫の入り口も舗装されてたしな。それで、凶器のビンに指紋は?」
「今時そんなものを残すマヌケはいないって」
ミドウィンの言葉には苦笑いが含まれていた。
「犯罪モノの舞台をやるのも考えものだな。こっちの捜査の手口がばれる」
「『手口』ってアシェル、こっちの捜査は別に犯罪じゃないんだから。はい、これが燃やされた物の一覧だよ」
ミドウィンが今度は分厚い書類の束を渡してきた。
ぱらぱらと書類をめくる。
「えーと、『紙、ガラスの破片、肉と思われるもの、卵と思われるもの、チーズと思われる……』なんか『思われる』ばっかりだな」
「仕方ないだろう、黒焦げなんだから」
ミドウィンは、少しむっとしたようだが、すぐに気を取り直して続けた。
「サイラス君がディウィンの倉庫から借りて送ってきた、『物置にあるはずの物リスト』と、倉庫に今有るものとを重ね合わせてみたんだけど……」
「『あるはずの物リスト』って。なんだかずいぶんいい加減なリスト名だな」
「そう? 『現在倉庫にあると思われる保管物一覧』とかより親しみ安くていいと思うけど。とにかく、それによると燃やされた物は倉庫にあったものに間違いないね」
「依頼主の共通点は? 同じ店が頼んだ品物ばっかり焼かれていたとか」
「それはなかった。手あたり次第、というか死体の近場にあったものを適当に、っていった感じだね。そうそう、おもしろいことが分かったんだ」
今度渡された書類には、単純化された人の形が描かれていた。被害者が受けた傷の位置が塗りつぶされて示されている。その横の余白には被害者の身長や体重、年齢、傷の特徴などが書かれていた。
ミドウィンの手が、その中の一文を指さす。
「ほら、ここ読んでごらん」
「何? 被害者肺には、ほとんど煙の痕がなかった?」
「つまり、被害者が殺されてから、犯人だか誰だかが棚にあった食材を缶に入れて、強い酒をかけてファイヤー! ってわけ。ちょっとおかしくない? 人を殺しておいて、棚の物を無意味に焼いた? そんなことしてないでとっとと逃げればいいのに」
「おそらく、何かしら証拠隠滅したんだろうが……」
「正直、その証拠が紙とか布とかだったらお手上げ。すっかり燃えちゃってるからね」
ミドウィンが肩をすくめておどけてみせた。
「とりあえず、今のところはこんなものだね」
「分かった。もう倉庫の立ち入り禁止は解いていいだろう」
アシェルは報告書類をまとめ始める。
「もう帰るのかい? もっとゆっくりしていけばいいのに」
「いや、これから皆の報告を聞かないといけないからな」
そろそろ、二人も戻ってくるはずだ。
なにか、有力な情報があるといいのだが。
ガラスが触れ合う音や、沸騰する音が途切れることなく響いていて、仮面姿の研究員が作業していた。かすかに、なんともいえない臭いがする。 部屋の隅では、小さな暖炉のようなものがあり、いつでも火が使えるように種火が燃えていた。空気は暖かいを通り越し汗ばむくらいだ。
仮面の男が一人、アシェルに近寄ってきた。
「あれ、副隊長は?」
仮面でくぐもっているが、声から知り合いのハーミット、ミドウィンだと分かった。
こげ茶の髪と、そばかすを持った青年なのだが、いつも仕事中マスクをしているので、あまり素顔を見たことがない。
「ファーラ? 今聞き込みに行ってるよ」
「なんだよ、あの美女を見るのが密かな楽しみなのに」
「残念だったな。で、何かわかったか?」
「まったく気が早いね、早朝に起きた事件の進捗(しんちょく)をもう聞きに来るなんて」
ミドウィンが、一枚の報告書を手渡した。
「お前こそ、朝一の鑑定をもうまとめるとは仕事が早いな」
アシェルはさっそく目を通し始めた。
「残念だけど、犯人の足跡は取れなかった」
どこかすまなそうにミドウィンが言う。
「いいって。あれだけ落ち葉だらけだったんだから仕方ない。倉庫の入り口も舗装されてたしな。それで、凶器のビンに指紋は?」
「今時そんなものを残すマヌケはいないって」
ミドウィンの言葉には苦笑いが含まれていた。
「犯罪モノの舞台をやるのも考えものだな。こっちの捜査の手口がばれる」
「『手口』ってアシェル、こっちの捜査は別に犯罪じゃないんだから。はい、これが燃やされた物の一覧だよ」
ミドウィンが今度は分厚い書類の束を渡してきた。
ぱらぱらと書類をめくる。
「えーと、『紙、ガラスの破片、肉と思われるもの、卵と思われるもの、チーズと思われる……』なんか『思われる』ばっかりだな」
「仕方ないだろう、黒焦げなんだから」
ミドウィンは、少しむっとしたようだが、すぐに気を取り直して続けた。
「サイラス君がディウィンの倉庫から借りて送ってきた、『物置にあるはずの物リスト』と、倉庫に今有るものとを重ね合わせてみたんだけど……」
「『あるはずの物リスト』って。なんだかずいぶんいい加減なリスト名だな」
「そう? 『現在倉庫にあると思われる保管物一覧』とかより親しみ安くていいと思うけど。とにかく、それによると燃やされた物は倉庫にあったものに間違いないね」
「依頼主の共通点は? 同じ店が頼んだ品物ばっかり焼かれていたとか」
「それはなかった。手あたり次第、というか死体の近場にあったものを適当に、っていった感じだね。そうそう、おもしろいことが分かったんだ」
今度渡された書類には、単純化された人の形が描かれていた。被害者が受けた傷の位置が塗りつぶされて示されている。その横の余白には被害者の身長や体重、年齢、傷の特徴などが書かれていた。
ミドウィンの手が、その中の一文を指さす。
「ほら、ここ読んでごらん」
「何? 被害者肺には、ほとんど煙の痕がなかった?」
「つまり、被害者が殺されてから、犯人だか誰だかが棚にあった食材を缶に入れて、強い酒をかけてファイヤー! ってわけ。ちょっとおかしくない? 人を殺しておいて、棚の物を無意味に焼いた? そんなことしてないでとっとと逃げればいいのに」
「おそらく、何かしら証拠隠滅したんだろうが……」
「正直、その証拠が紙とか布とかだったらお手上げ。すっかり燃えちゃってるからね」
ミドウィンが肩をすくめておどけてみせた。
「とりあえず、今のところはこんなものだね」
「分かった。もう倉庫の立ち入り禁止は解いていいだろう」
アシェルは報告書類をまとめ始める。
「もう帰るのかい? もっとゆっくりしていけばいいのに」
「いや、これから皆の報告を聞かないといけないからな」
そろそろ、二人も戻ってくるはずだ。
なにか、有力な情報があるといいのだが。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
辺境追放された「植物魔導師」の領地開拓 ~枯れ果てた死の大地は、俺の魔力で聖域(楽園)へと変貌する~
リーフレット
ファンタジー
「植物魔法? ああ、農作業にしか使えないあの地味な魔法か」
帝国騎士団の専属魔導師だったアルトは、無能な二世皇太子レオンによって、一方的に追放を言い渡された。
アルトがどれほど魔導植物を駆使し、帝国の食糧難を裏から支えていたかを知らぬまま、彼は「戦闘に役立たない役立たず」という烙印を押されたのだ。
帝国を出て行き着いた先は、魔物が跋扈し、草一本生えないと言われる最果ての荒野。
死を待つだけの地。しかし、アルトは絶望するどころか、晴れやかな顔で笑っていた。
「やっと、気兼ねなく『植物』を愛でられる。……よし、ここを世界一の庭(楽園)にしよう」
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる