戸棚の中の骨

三塚 章

文字の大きさ
5 / 31

くま

しおりを挟む
 姪のナオは、クマのぬいぐるみにすっかり夢中になった。自分より一回りも大きいぬいぐるみを床に置き、その前に画用紙にクレヨンで描かれた料理を並べてにこにこしている。スープにサラダに皿に載ったトースト。
「はい、あなた。今日はごちそうよ!」
 どうやらクマが旦那で姪が奥さんの設定らしい。
 今と昔の子供は違うなんて事をよく聞くが、女の子に人形を渡せばおままごとを始まるのは同じらしい。
 私はぬいぐるみの後ろに回ると、チャックの付いた背中に顔を隠し、ふわふわの腕をとって振ってみせた。低い声を作っていう。
「わあ、おいしそうだなあ」
 ナオはきゃっきゃと笑った。
 こんな調子で、少し遊んであげることにする。
「さあ、私達のおやつにしましょう。クッキーを焼いてあげるわ」
「わーい!」
 玉子をといている私に、なおは嬉しそうに話しかけてきた。作るのは、バニラとココアの二種類だ。
「私、おばさんのこと大好き!」
「あらそう? ありがとう」
(まあ、そうでなければ家には来ないでしょうね)
 学校の帰り道、たまたまおばさんに会って家に遊びに来ただけだとナオは思い込んでいる。おばさんから、お母さんに連絡はいっているから、遅くなっても大丈夫だと。
 溶けたチョコレートに、粉にしてあった睡眠薬をとかし込む。これでバニラだけを食べれば私が眠ってしまう事はない。
「ナオちゃん、お母さんの事は好き?」
 そう聞くと、姪はにっこりと微笑んだ。
「うん、大好き!」
 私は、大嫌い。

 義妹は、兄(つまり私の夫)を溺愛していたようだった。だから、兄を盗った私の事が憎くて仕方がないのだろう。それとも、自分は子供を連れて離婚したから、私に嫉妬しているのかもしれない。
 とにかく、夫がいないときを見計らってわざわざ家に来てまで嫌味を言ってくる。
「お兄ちゃんはどうしてこんなあばずれなんかを選んだのかしら」
「あなたのお父さん、ろくな大学出てないんですってね。だからあなたもバカなのね」
 そして、義妹が帰ったあと、母からもらったネックレスや、コツコツ貯めたお金で買ったブランドバッグがなくなっているのに気がついた。夫に訴えたが、「証拠はないだろう。何かの間違いじゃないのか」という返事が返ってきただけだ。
 確かに証拠はない。だけど私は義妹の仕業だと確信していた。
「泥棒に入られたなんて災難ねえ」
 本当に心当りがないのなら、人はそんなに意味ありげにニヤニヤしない。
「生意気に、あんな高価な物を持ってるからよ」
 それだけではなく……

 小さく音を立てて、ナオがテーブルに突っ伏した。睡眠薬が効いてきたようだ。テーブルに載っていたジュースがこぼれなくてよかった。
 私は、すやすや眠るナオの体を抱え、ぬいぐるみの前に横たわらせた。かわいらしい寝顔をしている。
 そして、ぬいぐるみのチャックを開ける。このチャックは飾りではない。本物だ。
 私はあらかじめこのクマと一回り小さい、同じ形のぬいぐるみを作っていた。そして、大きなクマの詰め物をすべて捨て、その中に小さいぬいぐるみを入れていた。ちょうど、手作りのぬいぐるみが着ぐるみを着ているような物だ。
 睡眠薬のおかげで相当なことがないと目を覚ましたりはしないはずだが、それでもできる限り音をたてないよう、私は小型のぬいぐるみを取り出した。
 そして着ぐるみ状態になったクマにナオに着せる。チャックを完全に閉めると、くったりと横たわるその姿は本物のぬいぐるみのようだった。
 義妹には、それとなくこれからの時間私も夫も家にいないと伝えている。それに、ナオがここにいることは義妹には知らせていない。彼女はまだ、自分の娘が学校で遊んでいるとでも思っているはずだ。間違いなくもうしばらくすれば義妹はやってくるだろう。
 義妹は、私大切な物を盗んだ。それだけではなく、壊した。写真立てに飾られていた写真は破られ、服は切り刻まれた。そして、持っていたぬいぐるみは滅多刺しにされた。全部。小さいときからずっと一緒で、結婚するときも離れがたくて持ってきた物なのに。
 押入れを開け、クマになった姪を中に押し込める。ついでに、余った小さなぬいぐるみも。
 大小のぬいぐるみが、薄闇の中で肩を寄せ合って座っている様子はなんだか妙にほほえましくて、私は少し笑ってしまった。
 夫と義妹は今だに仲がいい。夫は、誕生日プレゼントに私が大きなぬいぐるみをねだったこと、それをもらった私がクマに名前をつけてかわいがっていることを義妹に話しているはずだ。それを、義妹が我慢できるはずはない。
 どんな顔をするだろう? ぬいぐるみだと思って突き刺した包丁に重い手ごたえを感じた時は。そして、血があふれてきて、中に入っているのが愛する娘だと知った時は。
警察には、鍵をかけ忘れていたと言おう。遊びに来た姪が、勝手に着ぐるみに入っていた、たぶん私を脅かそうと思っていたのだろう、と。あ、でも睡眠薬に気付かれるか。まあいいや。
 私は、静かに押入れの戸を閉めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

怪異の忘れ物

木全伸治
ホラー
千近くあったショートショートを下記の理由により、ツギクル、ノベルアップ+、カクヨムなどに分散させました。 さて、Webコンテンツより出版申請いただいた 「怪異の忘れ物」につきまして、 審議にお時間をいただいてしまい、申し訳ありませんでした。 ご返信が遅くなりましたことをお詫びいたします。 さて、御著につきまして編集部にて出版化を検討してまいりましたが、 出版化は難しいという結論に至りました。 私どもはこのような結論となりましたが、 当然、出版社により見解は異なります。 是非、他の出版社などに挑戦され、 「怪異の忘れ物」の出版化を 実現されることをお祈りしております。 以上ご連絡申し上げます。 アルファポリス編集部 というお返事をいただいたので、本作品は、一気に全削除はしませんが、ある程度別の投稿サイトに移行しました。 www.youtube.com/@sinzikimata 私、俺、どこかの誰かが体験する怪奇なお話。バットエンド多め。少し不思議な物語もあり。ショートショート集。 いつか、茶風林さんが、主催されていた「大人が楽しむ朗読会」の怪し会みたいに、自分の作品を声優さんに朗読してもらうのが夢。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/30:『かお』の章を追加。2026/2/7の朝頃より公開開始予定。 2026/1/29:『かいもの』の章を追加。2026/2/6の朝頃より公開開始予定。 2026/1/28:『えあこん』の章を追加。2026/2/5の朝頃より公開開始予定。 2026/1/27:『ほうもんしゃ』の章を追加。2026/2/4の朝頃より公開開始予定。 2026/1/26:『きぐるみ』の章を追加。2026/2/3の朝頃より公開開始予定。 2026/1/25:『さむいごご』の章を追加。2026/2/2の朝頃より公開開始予定。 2026/1/24:『うるさいりんじん』の章を追加。2026/1/31の朝頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

怪談

馬骨
ホラー
怪談です。 長編、中編、短編。 実話、創作。 様々です。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

処理中です...