戸棚の中の骨

三塚 章

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夕暮れの時に

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キレイに化粧をした後で、カホは死ぬ準備に取り掛かった。いらない物、他人に見せたくない物はもうゴミとして出してある。薬はもう用意済み。あとは、捨てきれなかった洋服や本やインテリアの数々を、あるべき場所に片付けるだけだ。
 さっきからひっきりなしにスマホが震えている。辰森がかけてきているに違いない。
何度も、何度も。

 辰森は彼女の幼なじみだった。二人ともいなか育ちで、仲が良かった。小さいころからお互いの家でゲームをしたり、近所の浅い小川で水遊びをして遊んだりもした。
 それがどうして、成長するにつれ関係がおかしくなってしまったのだろう。カホにとって、辰森は仲のいい男友達だった。けれど、彼はいつからかカホの事を自分の恋人だと思い込んでしまったようだった。
 他の同年代と同じように都会の大学に通うようになって、カホは好きな人ができた。しかし、追い掛けるように同じ大学に入った辰森はそれが気にいらなかったらしい。
 その男にカホは自分と付き合っているとか、辰森との赤ん坊を堕ろしたことがあるとか、有ること無いことを吹き込んでくれた。当然、そんなことをされては相手に想いを伝えることさえできない。
 それから辰森は狂ったようにメールを送り付けたり、家に押し掛けたりするようになった。
『カホだってボクのことが好きなはずだ』
『二人のジャマをする奴は許さないから』
 もちろんカホも色々と対策はしたが、犯罪の決定的な証拠になるモノがないとかで、警察は軽い注意しかしてくれなかった。
 逃げるように遠くに就職して、しばらくは穏やかな日々が続いた。結婚を考えるヨシアキという男性もできた。
 しかし、その婚約者は夜道で何者かに金属パイプで襲われて、顎の骨を折る重傷を負った。
 例によって証拠はなかったが、カホには辰森の仕業だと分かった。自分のトラブルにヨシアキを巻き込んでしまったのだと。
 まるでドラマか映画のようにゴテゴテと包帯にまみれ、病院のベッドに横たわったヨシアキの姿。口からもれるうめき声は「お前のせいだ」カホを責めているように聞こえた。愛する人のそんな様子を見るのは、自分が殺されるよりもつらかった。
 どうやってこちらの居場所を知ったのか、見舞いから帰った家の前に辰森が立っていた。
「どこに逃げても無駄だよ。君の居場所はすぐわかるんだ。どういうわけか、努力しなくても勝手に情報が集まって来るから」
 こうやって大事な人が犠牲になるのも、辰森に殺されるのもまっぴらだ。だから、カホは自分で自分の命を断つことにした。もう、この世からも辰森からも逃げてしまおう。

 クローゼットの奧にある箱を開け、中に入っていたポストカードや卒業文集などを並べ直していく。何かのおまけでもらった小さなアルバムから写真が一枚ひらりと落ちた。木々を背景に、子供のころの辰森とカホが笑顔で映っている。
「ああ……」
 あの時はあんなに仲がよかったのに、今は変わらない辰森の目を見ただけで吐き気がした。
 辰森はどうして変わってしまったのだろう。それとも、知らないうちにカホが変わってしまったのだろうか?
 写真を撮った場所には覚えがあった。生れ故郷の町の小川で、辰森の母親に撮ってもらったものだ。写真には映っていないけれど、もう少し川下にいけば何を祭ったのかわからないほこらがあったっけ。大雨で流れて、今はもうなくなってしまったけれど。
 夕暮時にそのほこらに祈れば、願い事が叶う。急に、カホは小さい時に聞いたそんな話を思い出した。
(そう、私はこのほこらにお願いしたことがある)
 オレンジ色の空の下、水面の輝きに照らされながら、カホはほこらに手を合わせていた。そう、その隣には、確かに同じように手を合わせる辰森がいた。仲のよかった二人は、話合って同じお願い事をしたのだった。
『死ぬまで、ううん、死んでも二人一緒にいられますように』
 写真を持つカホの手が震えた。急になり始めた耳鳴りと一緒に、辰森の声が聞こえて来た。
『君の居場所はすぐわかるんだ。どういうわけか、努力しなくても勝手に情報が集まって来るから』
 目の前が暗くなった気がした。ひどく殴られたようにめまいがした。胸に何かがつまったようになり、うまく呼吸ができない。強引に息を吸う。喉がおかしな音をたてた。
 確かに願いは叶った。そして今も叶い続けている。今はもう、二人の心も状況も変わってしまったのに。
(おそらく、私は辰森から逃げることはできないのだろう。たぶん、死んでも)
 ゆるく開いたカホの唇から細い笑い声がもれた。それは力なく、切れ目なくずっと続いていた。

 夕暮にはまだ早いが、日差しにオレンジ色が増して来るような時間帯で、河の土手に造られた散歩道は、家にむかう学生やジョギングをするおじさんがちらほら見えた。
 カホの手を取って歩く辰森に、近所の主婦二人組が声をかけてきた。
「あら、辰森さん」
「奥さんとおさんぽ?」
 辰森はにっこりと微笑んだ。
「ええ、天気がいいもので」
「そうねえ。奧さんも今日は機嫌がよさそうだわ」
 空を見上げたカホは、くすくす、くすくすとひっきりなしに笑い声をたてている。
 それじゃあ、とあいさつをして、主婦二人組は辰森とすれ違っていった。
 まだ続いているカホの笑い声が十分に遠ざかったあと、一人が連れに声をかけた。
「しかし、奇特な人もいるものねえ。辰森さんの奥さん、結婚する前から、そのう、病気だったんでしょう?」
「そうそう。それでも一生世話をしてあげたいって結婚したんですって。偉いわよねえ。死が二人を分かつまでって奴ね」
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