19 / 31
着信ランプ
しおりを挟む
着信のランプが光り、ナオは息を呑んだ。怯えた視線を机に置かれたままの携帯に向ける。とても手をのばす事はできなかった。
そのうちに着信メロディが鳴り止むのを待って、留守番電話接続サービスに接続する。
『こんにちは。今日もお仕事ご苦労様。あの上司、むかつくよね』
若い、というより少し幼い感じの男の声だ。
『確かに仕事失敗したのはナオが悪いけどさ、あんなに怒鳴る事ないよな』
普通なら、はげましに聞こえる言葉だった。しかし、ナオにはこの声の持ち主に心当たりはない。当然、同僚の中にもこういった電話をかけてくる者もいない。着信拒否をしても、毎回違う番号でかけてくるので意味がない。こんな電話がもう数ヵ月間も続いていた。
『後さ、何度も言うけどあの男とは別れた方がいいよ。なんだよ、昨日のあの店。久しぶりのデートであの店はないわ~』
強くナオの心臓が跳ね上がった。このストーカーは、こんな風にナオしか知らないはずの事を知っている。見ているのだ。どこかで、こちらの事を。
この男は、直接顔を見せる事はないし、物を送りつける事もない。だがそれが逆に不気味だ。何を企んでいるのかと余計に不安になる。
『じゃあ、またね。今度は居留守使わないで、電話に出てよ。愛しているよ。いつでも君を見ているから』
メッセージは以上です、とアナウンスが流れる。ナオは震える指で留守番電話サービスとの接続を切った。
ゆっくりとため息をつきかけた時、再び着信メロディが鳴った。思わず携帯を取り落としそうになる。
画面に表示された発信者の名前は恋人のヒロトだった。気がゆるんでポロポロの涙がこぼれる。
「ヒロト! さっき、ストーカーから電話が!」
『本当か?』
ヒロトの声には隠しきれない怒りがこもっていた
「どうしよう、私の事、全部見られてる」
『もう、警察に話した方がいいな。あと、いったん家から出ろ。気づかれないように、ホテルかなんかに泊まるんだ』
「うん、うん」
うなずきながら、心の中の不安が軽くなっていくのを感じた。本当にヒロトがいてくれてよかった。なんとかなりそうな気がする。携帯を切ったあと、ナオは荷物をまとめ始めた。
『引越しご苦労様。逃げても無駄だよ』
携帯から聞こえるストーカーの声は、おもしろがっているようだった。
ホテルのカーテンの隅から外をのぞいても、不審な人間はいない。
『家から逃げたって、ボクは君の傍にいる。ちょっと殺風景だけど設備のしっかりしたホテルだね』
ふうっと目の前が暗くなったような気がした。逃げ出した事に気付かれないよう、真夜中に家を出たのに。いつ見られていたのだろう?
『ずっと一緒だよ。君だってそれをのぞんでいるんだろ?』
「そんなわけないでしょう!」
相手を喜ばすだけだから、ストーカー相手に感情的になってはならない。わかっていても、ついどなってしまった。
「なんで私があなたと一緒にいたがるのよ!」
その問いには答えず、ストーカーは言った。
『それから、まだヒロトと別れないの? あんな奴君にふさわしくないよ。ボクが消してしてあげる』
ナオは荒々しく携帯を切った。怒りと恐怖で呼吸が荒くなる。その息が落ち着いてきた頃、玄関のチャイムが鳴った。
「ヒロト!」
抱きつくようにして駆け寄ると、ナオはヒロトにさっきあった電話の事を説明した。
「あのストーカー、あなたを消すと言っていた……心配だわ。気をつけてね」
「大丈夫、俺は殺されたりしないさ」
安心させるように、ヒロトは笑った。
「その携帯、あずかっておこうか。そうすれば、ストーカーの声を聞かないですむから怖い思いもしなくてすむだろ」
「え、ええ」
いい加減、着信音に怯えるのも限界だった。おとなしく、ナオは携帯を渡した。
それから数日後、ヒロトは死体になって見つかった。犯人は捕まったが、ナオにその男の見覚えはなかった。
返ってきた時、ナオの携帯はヒロトの遺留品として小さなビニール袋に入れられていた。
「ヒロトさんは、この携帯から闇サイトにアクセスしていたのです」
警官は、汚い物でも見るようにその携帯をみつめた。
「彼は、そのサイトで知り合った者に自分自身の殺害を依頼したのです。その記録も携帯に残っていました」
確かにあずけていたのだから、ナオの携帯からアクセスがあっても不思議ではない。しかし、自分の殺害を依頼するなんて、自殺と同じではないか。ヒロトには自殺するような理由はない。絶対に。
「そんな事……ありえない」
「後で、詳しく話を聞く事になるかも知れません。もっとも、ホテルの監視カメラから、犯行時刻にあなたが外出していない証明されていますので、犯人として疑われているわけではありませんが」
「それでは」と警察が出ていったのを見計らったかのように、着信メロディが鳴った。小さなランプが点滅を始める。
ナオは恐る恐るビニール袋を開け、携帯を取り出した。
『約束通り、彼を消してしてあげたよ』
カチカチとナオの歯が鳴った。
いったい、誰なのだろう。ナオの行動をすべて知っている奴。ヒロトに知られず、ナオの携帯を使って、闇サイトにアクセスできる奴。そんな人間がいるとは、どうしても思えない。そう、そんな人間がいるとは……
『でもごめんね、ここ数日はそばにいられなかった。今日、ようやく帰って来られてよかったよ』
ナオの手から、空っぽのビニール袋がすべり落ちた。今日、ようやく返って来た携帯が入っていたビニール袋。
『また、色々な所に連れて行ってね。この間のホテルも気分が変わって良かったけど、今度は大きな旅館にでも行きたいな』
悲鳴をあげたいのに、声が出ない。
『愛しているよ。前に君がくれたシルバーのアクセサリー、本当に気にいってるんだ』
着信中を示すランプは、点滅を続けている。まるで、なにか生き物の鼓動か呼吸を表しているように、規則正しく。
その明かりに照らされ、ハート形のストラップがキラリと輝いた。銀色のストラップが。
そのうちに着信メロディが鳴り止むのを待って、留守番電話接続サービスに接続する。
『こんにちは。今日もお仕事ご苦労様。あの上司、むかつくよね』
若い、というより少し幼い感じの男の声だ。
『確かに仕事失敗したのはナオが悪いけどさ、あんなに怒鳴る事ないよな』
普通なら、はげましに聞こえる言葉だった。しかし、ナオにはこの声の持ち主に心当たりはない。当然、同僚の中にもこういった電話をかけてくる者もいない。着信拒否をしても、毎回違う番号でかけてくるので意味がない。こんな電話がもう数ヵ月間も続いていた。
『後さ、何度も言うけどあの男とは別れた方がいいよ。なんだよ、昨日のあの店。久しぶりのデートであの店はないわ~』
強くナオの心臓が跳ね上がった。このストーカーは、こんな風にナオしか知らないはずの事を知っている。見ているのだ。どこかで、こちらの事を。
この男は、直接顔を見せる事はないし、物を送りつける事もない。だがそれが逆に不気味だ。何を企んでいるのかと余計に不安になる。
『じゃあ、またね。今度は居留守使わないで、電話に出てよ。愛しているよ。いつでも君を見ているから』
メッセージは以上です、とアナウンスが流れる。ナオは震える指で留守番電話サービスとの接続を切った。
ゆっくりとため息をつきかけた時、再び着信メロディが鳴った。思わず携帯を取り落としそうになる。
画面に表示された発信者の名前は恋人のヒロトだった。気がゆるんでポロポロの涙がこぼれる。
「ヒロト! さっき、ストーカーから電話が!」
『本当か?』
ヒロトの声には隠しきれない怒りがこもっていた
「どうしよう、私の事、全部見られてる」
『もう、警察に話した方がいいな。あと、いったん家から出ろ。気づかれないように、ホテルかなんかに泊まるんだ』
「うん、うん」
うなずきながら、心の中の不安が軽くなっていくのを感じた。本当にヒロトがいてくれてよかった。なんとかなりそうな気がする。携帯を切ったあと、ナオは荷物をまとめ始めた。
『引越しご苦労様。逃げても無駄だよ』
携帯から聞こえるストーカーの声は、おもしろがっているようだった。
ホテルのカーテンの隅から外をのぞいても、不審な人間はいない。
『家から逃げたって、ボクは君の傍にいる。ちょっと殺風景だけど設備のしっかりしたホテルだね』
ふうっと目の前が暗くなったような気がした。逃げ出した事に気付かれないよう、真夜中に家を出たのに。いつ見られていたのだろう?
『ずっと一緒だよ。君だってそれをのぞんでいるんだろ?』
「そんなわけないでしょう!」
相手を喜ばすだけだから、ストーカー相手に感情的になってはならない。わかっていても、ついどなってしまった。
「なんで私があなたと一緒にいたがるのよ!」
その問いには答えず、ストーカーは言った。
『それから、まだヒロトと別れないの? あんな奴君にふさわしくないよ。ボクが消してしてあげる』
ナオは荒々しく携帯を切った。怒りと恐怖で呼吸が荒くなる。その息が落ち着いてきた頃、玄関のチャイムが鳴った。
「ヒロト!」
抱きつくようにして駆け寄ると、ナオはヒロトにさっきあった電話の事を説明した。
「あのストーカー、あなたを消すと言っていた……心配だわ。気をつけてね」
「大丈夫、俺は殺されたりしないさ」
安心させるように、ヒロトは笑った。
「その携帯、あずかっておこうか。そうすれば、ストーカーの声を聞かないですむから怖い思いもしなくてすむだろ」
「え、ええ」
いい加減、着信音に怯えるのも限界だった。おとなしく、ナオは携帯を渡した。
それから数日後、ヒロトは死体になって見つかった。犯人は捕まったが、ナオにその男の見覚えはなかった。
返ってきた時、ナオの携帯はヒロトの遺留品として小さなビニール袋に入れられていた。
「ヒロトさんは、この携帯から闇サイトにアクセスしていたのです」
警官は、汚い物でも見るようにその携帯をみつめた。
「彼は、そのサイトで知り合った者に自分自身の殺害を依頼したのです。その記録も携帯に残っていました」
確かにあずけていたのだから、ナオの携帯からアクセスがあっても不思議ではない。しかし、自分の殺害を依頼するなんて、自殺と同じではないか。ヒロトには自殺するような理由はない。絶対に。
「そんな事……ありえない」
「後で、詳しく話を聞く事になるかも知れません。もっとも、ホテルの監視カメラから、犯行時刻にあなたが外出していない証明されていますので、犯人として疑われているわけではありませんが」
「それでは」と警察が出ていったのを見計らったかのように、着信メロディが鳴った。小さなランプが点滅を始める。
ナオは恐る恐るビニール袋を開け、携帯を取り出した。
『約束通り、彼を消してしてあげたよ』
カチカチとナオの歯が鳴った。
いったい、誰なのだろう。ナオの行動をすべて知っている奴。ヒロトに知られず、ナオの携帯を使って、闇サイトにアクセスできる奴。そんな人間がいるとは、どうしても思えない。そう、そんな人間がいるとは……
『でもごめんね、ここ数日はそばにいられなかった。今日、ようやく帰って来られてよかったよ』
ナオの手から、空っぽのビニール袋がすべり落ちた。今日、ようやく返って来た携帯が入っていたビニール袋。
『また、色々な所に連れて行ってね。この間のホテルも気分が変わって良かったけど、今度は大きな旅館にでも行きたいな』
悲鳴をあげたいのに、声が出ない。
『愛しているよ。前に君がくれたシルバーのアクセサリー、本当に気にいってるんだ』
着信中を示すランプは、点滅を続けている。まるで、なにか生き物の鼓動か呼吸を表しているように、規則正しく。
その明かりに照らされ、ハート形のストラップがキラリと輝いた。銀色のストラップが。
0
あなたにおすすめの小説
怪異の忘れ物
木全伸治
ホラー
千近くあったショートショートを下記の理由により、ツギクル、ノベルアップ+、カクヨムなどに分散させました。
さて、Webコンテンツより出版申請いただいた
「怪異の忘れ物」につきまして、
審議にお時間をいただいてしまい、申し訳ありませんでした。
ご返信が遅くなりましたことをお詫びいたします。
さて、御著につきまして編集部にて出版化を検討してまいりましたが、
出版化は難しいという結論に至りました。
私どもはこのような結論となりましたが、
当然、出版社により見解は異なります。
是非、他の出版社などに挑戦され、
「怪異の忘れ物」の出版化を
実現されることをお祈りしております。
以上ご連絡申し上げます。
アルファポリス編集部
というお返事をいただいたので、本作品は、一気に全削除はしませんが、ある程度別の投稿サイトに移行しました。
www.youtube.com/@sinzikimata
私、俺、どこかの誰かが体験する怪奇なお話。バットエンド多め。少し不思議な物語もあり。ショートショート集。
いつか、茶風林さんが、主催されていた「大人が楽しむ朗読会」の怪し会みたいに、自分の作品を声優さんに朗読してもらうのが夢。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/30:『かお』の章を追加。2026/2/7の朝頃より公開開始予定。
2026/1/29:『かいもの』の章を追加。2026/2/6の朝頃より公開開始予定。
2026/1/28:『えあこん』の章を追加。2026/2/5の朝頃より公開開始予定。
2026/1/27:『ほうもんしゃ』の章を追加。2026/2/4の朝頃より公開開始予定。
2026/1/26:『きぐるみ』の章を追加。2026/2/3の朝頃より公開開始予定。
2026/1/25:『さむいごご』の章を追加。2026/2/2の朝頃より公開開始予定。
2026/1/24:『うるさいりんじん』の章を追加。2026/1/31の朝頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる