ピエタ古美術・古道具店

三塚 章

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美女の油絵

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 触らないで! 失礼。その絵はまだ絵具が乾いていないのですよ。え? 私が描いたわけではありません。それにしても美しい女性ですよね。伏せた目といい、輝く栗色の髪といい、憂いをおびた表情といい……右肩の辺りが完成していないのが残念ですが。
 この店の商品としては新しい物で、とある無名の画家が描いた物です。その画家は内気な性格で、体が弱く外へあまり出られなかったこともあり、あまり他人と接することがありませんでした。ですから、女性と付き合うこともできません。
 ですから、キャンバスに理想の女性を描こうとしたのです。もちろん、完全に納得のいく物を描くには時間がかかります。
 何日何日も線を描き直し、色を作り直しているうちに、不思議な夢を見るようになった、とその画家は日記に書き遺しています。夢の中で、何者かが傍に立っていると。最初は気配を感じるだけだったのが、現実の絵が描き進められるのと平行して、夢の中の誰かは少しずつ姿をはっきりとさせていきました。
 それは、描こうとしている理想の女性だったのです。画家と彼女は毎晩夢で色々な話をしたそうです。そして彼女はいつも目覚める間際に自分の絵を早く完成させて欲しいとねだったそうです。今描いている理想の女性の絵を。
 その期待に応えようと、画家は必死に絵筆を走らせました。しかしその無理が祟ったのでしょう。画家は絵を描いている途中に病に倒れたのです。ほら、キャンバスの隅にその瞬間の絵筆の跡が、下へ伸びるでしょう。そして彼は息を引き取りました。
 それから、数少ない画家仲間の一人が、不思議な事に気付きます。画家が倒れた時の状態から、いつまで経っても絵具が乾かないのです。絵を完成できなかった想いがそうさせているのかと、友人は筆を加えようとしました。しかし、乗せた絵の具は熱した鉄板に塗った水のように、色が飛び、消えてしまうのです。
 原因が分からないので完成させる事はできず、かといって燃やしてしまうのも何かがありそうで気味が悪く、あちこち押しつけられ、流れ流れてこの店にやってきたのです。
 ここからは私の推測ですが、絵の中の彼女は画家を深く愛していたのでしょう。ですから、自分を完成させるのは愛する男の手でなければならず、他の者では駄目なのです。
 恐らく彼女は、いつか愛した画家の絵筆が訪れ、自分を完成させるのを永遠に待ち続けるのでしょう。
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