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08,発破と奮起
しおりを挟む……ん? んん……?
なん、だ? 後頭部が、痛い、石で打たれた様な……
うッ……それに、腹も痛い。思いっきり蹴り飛ばされた様な……
「ぶッ、はぁ……!?」
ッ……!?
ぁ僕、は……気絶、していたのか……?
辺りはまだ暗い……体の節々が痛むものの、筋肉が固まっている感じはしないし……気を失ってから、そんなに時間は経っていない様だ。
一体何が……いや、それよりも……ジュリは、どこだ……!?
「……お目覚めですか?」
――聞き覚えのある、女性の声。
だが、ジュリの声じゃあない。
この落ち着きはらった、貴品あふれる声は……
「ブ、ルム……ハート……!?」
ルウン魔術を使うドレス姿の麗人、三魔将・崖上のブルムハート。
お、追い付かれた……いや、見つかった……!?
「安心してください。私は今の貴方に危害を加えるつもりは無いので」
「え……?」
「今の貴方には、何の価値も無い。聖剣を持たず、心も折れ、地に膝をつけた。そんな貴方に、一体どこの誰がどう脅威を抱くと言うのでしょう」
……相手にもされない、か。
ああ、まさしく、それはそうだろう。
「じゃあ、何をしに……」
「別に。ただ、今の貴方の様は少々不憫に見えたので、せめて教えてあげようと思っただけですよ。貴方と一緒にいた少女の行方を」
「……!? ジュリの事を、知っているのか……!?」
「ええ、彼女は王下三魔将のひとりに、聖剣の使い手として捕らえられ、王の元に連れて行かれました」
……は?
「なんで……聖剣の使い手は、僕なのに……?」
「ええ、不思議ですね。そも、仮に彼女が本当に聖剣の使い手だったとしても、気を失っていた貴方をそうだと偽って引き渡してしまえば良かったものを」
……ジュリが……僕を、庇った……?
「もしかしたら、王の元へ行き、隙を突いて王を殺す算段なのかも知れませんね。まったくの無駄ですが」
「……な、何でそう言い切れるんだ……?」
確かに、相手は伝説の極竜魔王……無謀にも程があるとは思うが……
万が一くらいの可能性すら、一切考慮しないのか……?
「例え彼女が聖剣の真の使い手で、聖剣の力を十全に使いこなせたとしても、無駄なんです」
「いや、でも、いくらファヴニルが強くたって、可能性がゼロと言う事は……」
「ゼロですよ。強いとか弱いとか、隙があればどうとか、そう言う次元の問題ではありませんので」
それは、一体どう言う……
「奴は、聖剣だけでは殺せません。ファヴニルの鱗には、【呪い】がかかっています」
「呪い……?」
「魔術による加護と言っても良いでしょう。どこの物好きが刻んだ物かは知りませんが……あの鱗は、この世のあらゆる全てを問答無用で弾く。威力の強弱など関係なく、小石の投擲も大砲の砲撃も等しく無効化する。例え聖剣の光が雨の様に降り注ごうとも、ファヴニルの鱗には傷の一筋も付かない」
「そ、そんな……じゃあ、伝承の英雄は、どうやって奴を……」
「魔剣ブリュンヒルド――無数のルウン魔術が刻まれた剣。かの魔剣による【魔術妨害】の術式を以て奴の鱗にかかった加護を無効化し、聖剣の一撃を加える。それが、ファヴニルを殺す唯一の方法」
「でも、魔剣は……」
「ええ、かつての戦いにて、ファヴニル最期の足掻きにより、ファヴニルに取り込まれ、共に消滅しました」
例え、ジュリがどれだけ上手く立ち回っても……ファヴニルは、殺せない。
じゃあ、ジュリは……
「無意味な死。哀れみすら覚える最期ですね。今の貴方に勝るとも劣らない惨めさです」
「……ッ……」
思わず、ブルムハートの胸ぐらに掴みかかっていた。自分でも、驚いた。何て無謀な事をしたものかと。
ブルムハートがその気になれば僕なんて一瞬で消し飛ばされてしまうのに、それでも、掴みかかってしまった。
……だって、あんまりだ。あんまりじゃあないか。
ジュリは、確かに頭がおかしい。サイコだ。変態だ。危ない子だ。
でも、無為な殺生を嫌い、魔物の死ですら無意味に終わらせまいと試行錯誤をする様な子だ。
それでも有効に活用する術は見つからず、せめてもと手間を惜しまず墓穴を掘ってやる様な子だ。
何故、そんな子が、無意味に殺されなければならない。
理不尽だ、ああ、理不尽だ。今まで、貴族の子息としての人生で、幾度となく味わってきたそれらとは比べものにならない程の、理不尽だ。
「悔しがる様がよく馴染んでいますね。無様な。かの英雄を思い出します」
「……かの、英雄……?」
「ファヴニルを討ち払った男の事です」
……何で、今、英雄の話が出てくる……?
「笑い話をおひとつ。かの英雄も、貴方とほぼ同類でしたよ」
「……え……?」
「立派なのは生まれと育ちだけ。度胸も無ければ信念も無い。無理な事は仕方無いとへらへら笑ってすぐに諦める。極めて凡庸、下手すればそれ以下とも言える男でした。それが何の因果か、ジークを……聖剣を見つけてしまった。そして、聖剣に誓いを立ててしまった。……ジークもジークで男なら誰でも良いと……まぁ、とにかく。あの男は無知なまま、その誓いの意味と実行の困難さを知らぬまま、ただ……『愛する人々が、これから愛していくだろう人々が、安心して笑い、生きていける世界』を望んで、あの男は聖剣を引き抜いた。――はてさて、そんな男が……順風満帆、何の苦労も無く、挫折も無く、世界を救えたと思いますか?」
「………………」
「当然、答えは否。……ファヴニルを討つまでの旅路で、あの凡夫が何度膝をついたか、一〇度を越えた時から、呆れて数えるのをやめてしまいました」
まるで、見てきた様な口振りだ。……ああ、まぁ、この女はファヴニルの配下。件の戦いでも、敵将として英雄の事をよく見ていたのかも知れない。
「でも、あの男と貴方には決定的な違いがあります。あの男は、何度も膝をついた。何度も、何度も。飽きもせずに」
「……何度も……」
「ええ、何度も。日課の様に。笑える程に」
……何度も、膝をついた。
立っていなければ、膝をつく事などできない。
それはつまり、膝をつく度に、また立ち上がったと言う事だ。
何度も膝をついたと言う事は、それと同じ回数だけ、立ち上がったと言う事だ。
「あの男には度胸も信念も無かった。ただあの男は、言い訳だけはとても上手かった。膝をつく度に、立ち上がる理由を、屁理屈こねくり回してでも引っ張り出してきた。自分の事は何でもすぐ諦めるくせに、世界を救うと言う誓いだけは、絶対に諦めようとはしなかった……最後の辺りは本当に笑えましたよ。流石にネタ切れと言う奴で。『まだ立てるから立とう』だなんて、真面目な顔でそんな事を言うのです。そして、本当に立ち上がる」
絵本の主人公になる様な英雄が、言い訳が上手いだけの凡夫だった?
ああ、確かに笑える。
酷い話もあったものだ。
……でも、それは良い。吉報だ。
そんな男でも、ファヴニルを討つと言う大業を為せたと言うのだから。
なら――僕にだって、それなりにやれる事はあるんじゃあないか?
英雄とは状況が違うのはわかっている。魔剣が無い以上、どう足掻いてもファヴニルは倒せない。
でも、魔剣が無くとも、できる事はある。
それはもう、わかっている。わかりきっている、最初から。
あとは、自分を奮い立たせるだけだ。
ジュリを助けに行く、その合理的理由を考える。
そして、助けに行くための算段を考える。
ジュリを助ける理由、簡単だ。
彼女を、放っておけない。
自身に降りかかる理不尽なら、諦めもつく。
理不尽の前に膝をつくのは得意だ。経験し過ぎて、慣れた。
でも、他人に降りかかる理不尽を看過するのは苦手だ。
何せ、そう言う経験は余り無い。
困っている人を見たら、いつの間にか体が勝手に助けに行っている――なんて程ではないが、未だ、困り人を放っておく罪悪感に勝つためのコツが、掴めないでいる。
だからいつも、悩みに悩んだ末、結局、最後は突発的感情に任せて行動してしまう。
その悪癖を今日、今、突然に克服できる訳が無いし――別にできなくても良い。
じゃあ、行こう。
助けに行くための算段。これも単純だ。
ただジュリの元へ行って、その手を掴んで、指を堅く交わして、引きずってでも走って逃げ出す。
逆立ちしたってファヴニルは倒せないんだ。
じゃあ尻尾を巻いて逃げ出して、何が悪い?
僕は、貴族だが、凡夫だ。大した事はできない。
でも、女の子ひとり、手を引いて逃げるくらいなら、やってやれない事はないはずだ。
僕は臆病者だ。甲斐性無しだ。どうしようもない程に格好悪い奴だ。
自分より強い奴との戦いになんて、行けない。
でも、逃げる事ならできる。
無様でも、敵に背を向けて走るくらいなら、僕にだってできる。
僕はこれから、ファヴニルと戦いに行くんじゃあない。
ジュリと一緒に、逃げに行くんだ。
じゃあ、大丈夫だろ。
――立て。行け。
「どこへ行くんです?」
「……僕に危害を加える気は無いんだろ、なら、放っていてくれ」
「そうですね。ですがまぁ、彼女の所へ行くと言うのであれば、連れて行ってさしあげましょうか?」
「!」
「私のルウン魔術は御存知でしょう。馬にでもなって、貴方を乗せて運ぶくらい、できますよ」
僕に脅威を覚えないから放っておく……それはわかる。
だがしかし、何でわざわざ僕に協力してくれるんだ……?
いや、でも、乗せてもらえれば自力で走るより断然早く辿り着けるだろう。
一刻も早い救出が望ましい現状、願ってもない提案ではある。
「……信用して、良いのかい?」
「……………………馬鹿なんですか?」
おぉう!?
「それは私が言葉を尽くした所で意味が無いでしょう。信用できるかどうか不明の者の言葉を参考にするおつもりですか? 愉快にも程がある」
「た、確かにド正論……む、むぅ……」
「……はぁ……つくづくあの男に似て……どうにも不安であれば『信用しても良い言い訳』を考えてみては?」
…………そうだな。
ブルムハートがその気になれば、僕なんて片手間以下の労力でどうとでもできるはずだ。
何らかの企みがあって僕をファヴニルの所に行かせたいなら、それこそ力づくで引きずっていけば良い。
わざわざ言葉巧みに騙してどうこうする必要は無い。
ならば、
「……ミス・ブルムハート。僕と一緒に、ジュリの元へと行きませんか?」
「律儀ですね。まぁ良いでしょう……ええ、謹んで、御一緒するとしましょう」
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