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海豹

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41 誤ち

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「なぬ、お前まさか、、」
「ホープ所持者だな。」
「ああ、何か問題か?」
「いや、いや、問題などない。」
信者の男は一瞬怯んだ様子を見せたが、すぐに体勢を取り戻し、顰めっ面と拳を威嚇するように向けてくる。
「残念だが、俺は馬場司令直々に殺人格闘術を学んでいるB級ホープ所持者だ。」
「お前のように銃をへし曲げたからといって、いい気になるような亜流とは違う。」
「そうか、なるほど、」
「なら、真っ向から素手でやり合うのはどうだ?」
「ああ、構わん。まぁ、勝負は見えているがな。」
「やった!」
そう言って、破損した個室から姿を見せる柊さんは、喜びのあまりガッツポーズで飛び上がる。
信者の男は戦闘体勢のまま素早いフットワークで狭い空間を俊敏に動く。しかし、教祖の女とやり合った自分にとってそれは足踏み程度にしか感じず、煽るように頬を上げ笑みを作る。
「お前、何笑ってやがる。」
「舐めた真似しやがって!」
そう言って怒り狂った男は、物凄い勢いで自分の肋に蹴りを打ち込む。
そして、自分が蹌踉ける間に両肘を首の付け根に叩きつけ顔面に数十発の打撃を入れる。
鎖骨が肩から飛び出し、鼻の骨が粉砕された自分は、首を強く締められ、鏡に押し付けられる。
陶器でできた洗面台は自分の衝撃で粉々に砕き散り、鏡には大きく亀裂が入る。
一瞬何が起こったか分からず、視界の揺れが収まるのを待つ。
どうやら、油断し過ぎたらしくほんの数秒で相当な損傷を負う自分。
視界の安定と共に組織修復が行われ、傷が癒える。
ふと、個室に目をやると引き攣った表情で柊さんが自分を見つめている。
そんな彼女に対し、出血して、血液が下垂れ落ちる真っ赤な口を少し上げ、ウインクを返す自分。
そして、信者の男の目を睨みつける。
男は眉間に皺を寄せて、物凄い握力で首を締め付けるが厳然とした様子でびくともしない自分。
苦しくないわけではないが、これといって大騒ぎするほどのパワーが出せていない、いや、もっというと、彼の握力が自分の首の筋力に比例していない。
「なぜだ、なぜ効かない。」
ギチギチと歯を擦り合わせ目を見開きながら首を締め付ける信者の男は、焦りと恐怖で自我を失う。
そろそろ潮時かと感じた自分は、壁に沿えていた手を持ち上げ指を鳴らす。
「マイターンだ。」
「何!?なんだと!」
首に纏わり付いた太い腕を掴み、四割ほどの力を入れる。
「バキバキ、ゴギゴギ」
物凄い音を立ててぐにゃぐにゃに変形する男の両腕は、カマキリの鎌のように垂れ下がる。
「うがぁ、ぐぁあああ」
獣のような悲鳴を上げて泣き叫ぶ男は、後退りをしながら転げ回り、壁に背をつけ唇を強く噛む。
すると、ズボンのポケットから何かを必死に取り出そうとする信者の男。
そして、何やら注射器のようなものを損傷した手で挟み取り出す。
「凄い力だ、、みくびっていたことは謝ろう。」
「ただな、お前は今ここで死ぬ。」
「残念だが、俺が、この教祖様の血液から作られた血清を打ち、超人的パワーを手に入れた後で生き残ったものは誰一人としていない。」
「それ故にお前は虫けらの如く潰される。」
「もう少し遊びたかったが、俺は、、うゎグギ!?」
「ググゴギィ」
「え、、」
「あ、やべ、間違えた。」
長ったらしい前振りが面倒だったため、少し気絶させようと腹部に一発入れたつもりが思っていた以上に柔らかく、気づけばそのまま貫通していた。
「お前、今俺が話して、、、」
「ドサ」
困惑した様子で血を吐き倒れる男。
それから数秒間無言の時間が流れ柊さんが話し出す。
「うわー、佐海くんそれは鬼畜ですよ。」
そう言って引いた目で自分を幻滅する柊さん。
「いや、自分も殺すつもりはなかったんですけど、、」
「いや、だとしても佐海くん、あのセリフと妙な注射器からしてメタモルフォーゼの足掛かりであり、確定演出ですよ。」
「それなのに、変身する直前に攻撃するなんてアクション世界に置いてあってはならない非人道的行為です。」
「皆、暗黙の了解で、破っては非難される一種の掟のようなものなんです。」
「いや、そんなこと言われても、もう手遅れですし、、」
「あー、今のはやはり腑に落ちません。」
そう言って憂鬱そうな表情でわかりやすく肩を落とす柊さん。おそらく彼女は教祖の女の時のように劇的な戦闘シーンが見たかったのだろう。
「いやいや、いいじゃないか勝てたんだから。」
そうやって苦笑いを浮かべながら藤森が汗だくで個室から姿を見せる。
血の気の引いていた彼の顔は穏やかな顔つきに変化していた。そして、藤森は信者の男の脈を確認し、破損した鏡に興味を持った様子で洗面台の方へと近寄る。
「ありがとう、佐海くん。」
そう、黄昏た表情で髪をかきあげ、粉々になった鏡の破片を触り手遊びをする藤森。
「ああ、今実感している。生きるということがこんなに素晴らしいことだということを。」
「いつだってそうだ。最後に必ず光が勝つ。闇は葬られ、そこには一つの平和が訪れる。」
そう、少し泣きながら語り出す藤森の姿にほんの少し哀れみを感じる。
ただ、柊さんは少したりと耳を傾けることなく捻じ曲がった猟銃を興味深そうに眺める。
「最後にこれだけ伝えさせてくれ。」
そう言って涙を拭い神妙な面持ちになる藤森。
「本当に感謝している。」
「君のおかげで無事今を生きていら、ググガ!?」
「ウガ!」
「え!?」
「動くな!打つぞ!」
藤森が感謝の意を伝えている真っ只中に猟銃を構えた信者の男達が藤森をこれでもかと押さえつけ拘束する。」
それに続いて自分も柊さんも瞬く間に拘束され銃を額に突きつけられる。
巫さんが言っていたことから察するに、自分の脳内には機械が埋め込まれており、それを破壊されれば、いくら再生能力に長けているからといえど死ぬ確率が高い。
よって、額に銃を突きつけられている状況で妙な動きをとるのはリスクが高過ぎる。
言われるがままに手枷をかけられ跪く自分。
一方で藤森は無駄な抵抗を続け、最終的には5人掛かりで上に乗られ押さえつけられている。
ただ、鼻血を出しながら、窒息しかけ、白目を剥く藤森を見て柊さんはニヤついている。その様子から、正常状態の柊さんであることに少し安心したが、それよりも、これからどうなるのかという心配がネガティブな思考を蘇らせる。













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