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Queen of Mermaid
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「凛音。来栖様置いてって良かったの? あの人、かなりガックリ来てそうだけど」
「ちょっと言いすぎた······かも」
目的地まであともう少し。スピードが緩められ、会話ができるようになる。
音を置いていくほどの速さで来てしまったが、果たしてよかったのだろうか。
今宙、いや、水面ギリギリにいる区画――夢海は、とんでもなく広い湖の中に作られており、水中で暮らす妖が多く集う場所だ。エラ呼吸ができなくても、こちら側の水は特殊で、肺呼吸もできる。サンゴ礁のようなものや、水中のみで光る鉱石などがガス灯代わりに使われ、なかなかに幻想的な場所だ。
人魚はこの区画の統治者らしく、奥まったところにいるらしい。
「後で謝んないとかな。転移門から人魚の住処は遠いんでしょ。さすがに来栖様も遅いだろうなぁ」
「むむ。すまない。私が先走りすぎた」
凛音は申し訳なさそうに低く唸る。
大人しめのイメージがある凛音であったが、割と行動に起こすようだ。
よしよし、と波は首元を撫でてやり、独りでに考える。
来栖にとっての凛音は、波と同じ眷属。波にとっては先輩にあたる。凛音から、以前の来栖の様子は聞いていないし、通常がどうなのかも知らない。先ほどのように、冗談を言い合える仲ではあったのだろうか。来栖から滲み出る哀愁は、なんとも言えぬ雰囲気を醸し出している。それがどうにも気になった。
「着いたぞ、波。ここが人魚姫のいる宮だ。態度には気を付けてくれよ」
「わかった。にしても、なんだか物騒な感じが······」
考え始めたところで、夢海の奥、竜宮城ではないが、まさに人魚のいそうな宮殿が見える。淡い紫色の壁で、水の中だと絵になる。美しいが、その宮殿は生気を失っているように見えた。
宮殿の入口付近。僅かに水が淀んでいるように見える。吸血鬼の視力でやっと視える程度だ。
「ローレライの声が失われたということは一大事ですからね」
「そんなに重要なの?」
神妙な面持ちで、等身大サイズになった凛音はそびえ立つ門を見る。
「元々人魚の歌声は、この区画を守る結界の役割を担っている。来栖様から、コンサートを開いてるって話は聞いてたでしょう。あれは、単に妖を癒すのではなく、結界の修復をする役目もある。代々、将来女帝となる人魚は綺麗な歌声を生まれながらに持っていてね。それは女帝を退く際に消えるが、それまでは本当に綺麗な歌声だ。それも今回は特別。ローレライの声と来た。数百年に一人の逸材、まさに誇り。ローレライの声を持つ女帝の時は、悪魔の類が絶対近寄らないから、この区画の安寧も保てている」
「そんなのが無くなったら、結界には綻びが生じるわけか」
「そ、波は飲み込みがはやいですね」
門の隣に門番はいない。それどころではないということだろう。そして、それはこの区画の妖を信頼しているということだ。
心配しているのか、建物から宮殿を見ている妖の気配が多い。
「来栖様が来る前に、話だけでも聞いておこうか」
門に手をかけ、開ける。重そうに見えた門だが、意外と簡単に押せた。だが、触れてみれば、その扉は粉っぽく、ヒビが入っている。人魚姫の歌声の必要性がよくわかる。
「急げ急げっ」
「来栖様が来る前に、はやく済ませなければっ」
「あー、そこ! そこの方っ! 手を貸してくださいませんかっ?!」
「見ての通り我々は忙しいっ。悪魔の手でも借りたいものだっ」
「いや、それはだめでしょう」
静かそうに見えていた門を開けてみれば、中はとても慌ただしかった。
指と指の間には水掻き、肌は足に向けて鱗がある。人魚までは行かなくとも、魚人の類だろう。
さりげなく突っ込んだ凛音だが、困惑の表情が浮かび上がっていた。
「これはまた、大変なことになったようで」
「そう、みたい。とりあえず、来栖様が来るまで手伝おうか。ついでに話も聞いておこう」
「ちょっと言いすぎた······かも」
目的地まであともう少し。スピードが緩められ、会話ができるようになる。
音を置いていくほどの速さで来てしまったが、果たしてよかったのだろうか。
今宙、いや、水面ギリギリにいる区画――夢海は、とんでもなく広い湖の中に作られており、水中で暮らす妖が多く集う場所だ。エラ呼吸ができなくても、こちら側の水は特殊で、肺呼吸もできる。サンゴ礁のようなものや、水中のみで光る鉱石などがガス灯代わりに使われ、なかなかに幻想的な場所だ。
人魚はこの区画の統治者らしく、奥まったところにいるらしい。
「後で謝んないとかな。転移門から人魚の住処は遠いんでしょ。さすがに来栖様も遅いだろうなぁ」
「むむ。すまない。私が先走りすぎた」
凛音は申し訳なさそうに低く唸る。
大人しめのイメージがある凛音であったが、割と行動に起こすようだ。
よしよし、と波は首元を撫でてやり、独りでに考える。
来栖にとっての凛音は、波と同じ眷属。波にとっては先輩にあたる。凛音から、以前の来栖の様子は聞いていないし、通常がどうなのかも知らない。先ほどのように、冗談を言い合える仲ではあったのだろうか。来栖から滲み出る哀愁は、なんとも言えぬ雰囲気を醸し出している。それがどうにも気になった。
「着いたぞ、波。ここが人魚姫のいる宮だ。態度には気を付けてくれよ」
「わかった。にしても、なんだか物騒な感じが······」
考え始めたところで、夢海の奥、竜宮城ではないが、まさに人魚のいそうな宮殿が見える。淡い紫色の壁で、水の中だと絵になる。美しいが、その宮殿は生気を失っているように見えた。
宮殿の入口付近。僅かに水が淀んでいるように見える。吸血鬼の視力でやっと視える程度だ。
「ローレライの声が失われたということは一大事ですからね」
「そんなに重要なの?」
神妙な面持ちで、等身大サイズになった凛音はそびえ立つ門を見る。
「元々人魚の歌声は、この区画を守る結界の役割を担っている。来栖様から、コンサートを開いてるって話は聞いてたでしょう。あれは、単に妖を癒すのではなく、結界の修復をする役目もある。代々、将来女帝となる人魚は綺麗な歌声を生まれながらに持っていてね。それは女帝を退く際に消えるが、それまでは本当に綺麗な歌声だ。それも今回は特別。ローレライの声と来た。数百年に一人の逸材、まさに誇り。ローレライの声を持つ女帝の時は、悪魔の類が絶対近寄らないから、この区画の安寧も保てている」
「そんなのが無くなったら、結界には綻びが生じるわけか」
「そ、波は飲み込みがはやいですね」
門の隣に門番はいない。それどころではないということだろう。そして、それはこの区画の妖を信頼しているということだ。
心配しているのか、建物から宮殿を見ている妖の気配が多い。
「来栖様が来る前に、話だけでも聞いておこうか」
門に手をかけ、開ける。重そうに見えた門だが、意外と簡単に押せた。だが、触れてみれば、その扉は粉っぽく、ヒビが入っている。人魚姫の歌声の必要性がよくわかる。
「急げ急げっ」
「来栖様が来る前に、はやく済ませなければっ」
「あー、そこ! そこの方っ! 手を貸してくださいませんかっ?!」
「見ての通り我々は忙しいっ。悪魔の手でも借りたいものだっ」
「いや、それはだめでしょう」
静かそうに見えていた門を開けてみれば、中はとても慌ただしかった。
指と指の間には水掻き、肌は足に向けて鱗がある。人魚までは行かなくとも、魚人の類だろう。
さりげなく突っ込んだ凛音だが、困惑の表情が浮かび上がっていた。
「これはまた、大変なことになったようで」
「そう、みたい。とりあえず、来栖様が来るまで手伝おうか。ついでに話も聞いておこう」
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